PvP(7)
俺たちの戦いはここからだ!
「「お、お、お!」」
互いに雄叫びを上げ、得物を握る。
彼は剣を振り上げて、俺は両の刃を交差させて、駆け走る。
一歩か二歩分。それでもダッシュの判定を生み出すには十分だ。
その後の大ぶりの一撃は、ダッシュ攻撃とのスキル判定を受けて、攻撃力が倍加する。
俺は両腕を開くと、右……と見せかけて左に軌道を変更し、右手の短刀で彼の脇腹へと薙ぐように斬りつけた。
しかし、彼の鎧は、刃を弾く。
その上、俺の体にしびれが走った。
符呪装備であることはわかっていたけど、まずい!
大上段から、俺の頭に、剣が落とされる。
俺は何とか、左手の短刀を持ち上げ、彼の剣を受けとめた。
体に走ったしびれは抜けていなくても、防御には成功した。
しかしそれでも、彼の武器の特性は、破壊だ。
「ぐっ!」
刃が砕けた。
符呪付きの魔法の品だってのによ!
慌ててバックラーを両手に装備する。
こちらは、生産スキル上げのために大量に制作したアイテムだ。在庫はいくらでもあるけど、これはきつい!
一撃、二撃と、受ける度に破壊され、その都度再装備を強いられる。
(追い付けねぇ!?)
左右に盾を持って、右、左と突き出し、剣を受ける。
ジムトレーナーじゃねぇっつーの!
今、俺は、俺がやったことを、そのままやり替えされていた。
衝撃が腕を痛めつける。はね飛ばされて、姿勢を崩されていく。
たとえマクロの使用で装備時間を短縮していても、姿勢を正すのが間に合わなくなる。
腕を戻して、盾を構える時間が惜しい!
どうする、どうする?
気ばかりが焦る。ねえさんの言葉がよみがえる。
俺には、攻防を組み立てて、相手をはめることなんてできない……とかな。
そのことには、自覚があった。
俺には、先を読むゲーム、将棋やチェスなんてのが、まるで理解できなかった。
二手先すら読むことができなくて、自滅する。
そもそも、二手先って言葉の意味がわからない。
何個もあるコマのどれが選ばれて、どう動くかなんて、何十何百ってパターンじゃ収まらないだろう?
どう想像すれば良いんだよ?
いけない、と思う。
歯を食いしばりながら、叩きつけられる衝撃に耐えていたからか、酸欠で思考が跳んでいた。
別のことを考えていた。
一発受ける度に、衝撃で後ずさる。もう中腰のままだ。腰を落として、一つのバックラーを、両手で構えないと、耐えられない。
草原の中、もはや防御なんて考えずに、ブンブンと彼が武器を振り回す。
バックラーが壊れ、はじけるように消滅し、気ばかりが焦る俺の無様な姿に……。
(笑ってる?)
どうしてだろうか?
いつの間にだろうか?
ディーナが、視界の隅に入る位置に居た。
そして、笑ってんだ。
まるで、俺の勝利を確信しているかのように。
笑ってた。
無様な姿を笑うんじゃなくて。
期待してた。
わずかだけど、意識が飛んだ。
俺は、ディーナに、不審を感じてた。
メンバーに組み込んでからこっち、旅の途中のディーナの言動は、俺たちのホーム、宿での態度とかけ離れたものになっていた。
猫なで声で甘えてくるのはどういうことなんだ?
宿じゃ、けっこうきつかったじゃないか。
ギガンディアスじゃ、もっとわがままで、ツンデレっぽかった。
他の人間も居るから、ブリってるのかなって、思ってたんだ。
俺自身が、あの子を使って、そう演じてたこともあったからさ。
ねえさんとの会話ログは、こっちにも表示されていた。
だとして、だ。
(ディーナは俺のことを、どう思ってるんだ?)
神様じゃない。
ただのプレイヤーだ。
夢で見たというのなら、ディーナは、俺って人間が、自分の姿でなにをしてきたのか、知ってるはずじゃないのか?
それを……、悪意を持って、受け止めては居ないんだろうか?
どうして真似をすることができるんだろうか?
猫なで声で甘えるところまで……。
ゾッとする。
もしも、ここで負けたら、どうなる?
(ディーナには、いろいろと、させてたもんなぁ……)
好意は、簡単に翻るものだ。
俺は、そういうものだって知っている。
強ければ強いほど、好意や好感は、悪感情へと変転する。
なぜならそれは、自己防衛の本能が働くからだ。
人としての機能だからだ。
好意を寄せていた相手が蔑まれることになったとき、自分も同一に見られてしまうと、恐れるからだ。
そのための逃避行動だ。
身を守るためには、拒絶するのが正しいんだ。
そんな感情の発生を押さえ込んでまで、俺のことを想ってくれるとは思えない。
もしそれができるとしたら、それはきっと愛だろう。
だけど、そんなもん、あるはずがない。
あんなもん、空想だ。
信じた奴は、馬鹿を見る。
俺はねえさんすら、信用してない。
ねえさんを助けるようなことはしたけれど、だからって、好いてくれているだなんて、思えない。
俺は、笑われるのが、蔑まれるのが……。
辛いんだ。
ねえさんには、俺についてなにかを思われるのが嫌だから、見てわかる以上のことは話してないんだ。
俺がどんな人間なのか、卒業した学校名は? 就業の経験は? 知人友人関係は?
自分から教えたことなんて、なにひとつないさ。
気づかれて、話すことになったことはいくつかあるけど、それだけだ。
しょせんは上手くつきあえなくて、上手く立ち回れなくて、上手く話すこともできない、人見知りのヒキオタだ。
三十越えたおっさんが、アパートの部屋からろくに外にも出ないんだ。
誰が好感なんて持ってくれるよ?
そんな俺が、自分のやったことを、ネガティブに受け止めたって、しかたないだろう?
ねえさんへのことも、ディーナのことも……。
実際、誇れるようなことを、ディーナにさせていたわけじゃない。
自覚してる。
だけど、あれは遊びだ、シャレの範疇に納めた、冗談だったはずなんだ。
その理屈は……きっと、現実のディーナには通じないだろうけどさ。
そんなディーナが、もし俺のことを認めてくれているのだとしたら、それは結果があるからってだけのことでしかないんだろう。
ここで負けたら、その結果も覆るに違いない。
経過に対する印象だって、翻る。
つまり、俺は……。
「負けられないんだよ!」
ディーナのためじゃない。
他の誰のためでもない。
引きこもりの、タダオって人間の、卑怯で臆病で鬱屈したものが、そんな状況には耐えきれないってわかっているから。
俺は怖くて、前に出る。
…なにがあったんでしょうね、こいつ。