PvP(6)
(タダオじゃねぇっ! フラグだっつーの!)
そこにこだわりがあるらしい。
キャラリメイクとか、できないのかな……タダオはそう考えた。
自分ではない。レイシアの中の少女のためだ。
演技状態のままなら問題は無かったが、今は中身と外側が乖離してしまっているように感じられた。
それは精神のバランスも壊す。
吹っ飛ばされたように見えて、その実は自分で跳んで転がっていた。
だからこそ、そんなことを考える余裕もあったのだ。
「げ」
しかし、転がり止まったところで、フラグはその余裕を失った。
ひざ立ちになって、なにか軽いなと左腕を見て、バックラーが壊れていることに気がついたからだ。
「なんで」
このゲームには、武具に関する項目に、耐久度という設定はない。
だが、現実であるのなら、壊れると言うことはあるだろう。
(これもゲームとの違い? けど……一撃で?)
アルフレッドを見る。
奇抜な剣だ。確かに自ら跳んでいないと、それなりに痛めつけられていたかもしれない。
しかし、腕で感じた衝撃は、盾を壊すほどのものでは無かった……なら?
「武具破壊?」
「ご明察」
「なんだよ、その剣」
「剣だけじゃありませんよ」
白銀のオーラが彼を包み込む。
それらは立ち上った後で、彼を中心に渦を巻いて凝縮し、結集する。
「派手なエフェクトだなぁ」
それらが収まると、そこにはこれまでとは違う全身鎧に身を包んでいるアルフレッドの姿があった。
「なんだ……それ? そんな装備、見たことねぇぞ」
必死に記憶を探っているフラグに、アルフレッドは、それはそうでしょうねと答えた。
「一品ものです。それも、未発表のね」
その言葉に、フラグは考えを巡らせた。
「追加プログラムか? ……いや、違う、か?」
MODと呼ばれるものがある。
それは追加プログラムの総称である。
VRMMORPGが開発された当初、問題となったのはその精細な世界を作り出すテクスチャの膨大なデータ量であった。
プレイヤー側の端末では収まらず、処理することもできなかったからである。
VR以前のゲームでは、端末となるパソコンにメインプログラムがインストールされ、ネットワーク上は数値のやりとりだけで、後の処理は個々人の端末によって行われていた。
しかし、VRMMORPGでは、映像を作りだし、さらには神経伝達用の信号への変換など、複雑かつ重い処理が必要とされ、すべてを担わせることは不可能だったのである。
このため、個人端末には、位置情報などの最低限の情報処理機能だけがインストールされ、それ以外のものについては、ネットワークを介して処理され、配信される形式が取られていた。
脳神経に対して、信号を発信するだけなら、それほど多くのデータ量には達しなかったからだ。
それでも少なくない基本プログラムのインストールが、個人端末には要求された。プログラムに詳しい者たちは、そこに改造の余地を見つけ、MODと呼ばれる追加プログラムの開発に勤しんだ。
しかしながら、旧作として位置づけられているドラゴンレジェンドでは、まだVRMMOのシステム全般が試行錯誤の域を出ていなかったこともあり、MODについては、個人の制作、搭載を推奨していなかった。
MODは、装備、キャラクター、シナリオと、多岐に渡っての追加プログラムの総称である。
MMORPGのような、オンラインゲームだと、個人で制作しても、無意味となることが多かった。
自分が追加したものと同じMODをインストールしている人間が相手でなければ、それらは有効とみなされず、エラー判定を受けるからだ。
よくて、ゲームから落とされる。
下手をすると、情報の齟齬からプレイヤー自身が障害などのダメージを負うケースも見られた。
これは、追加していない人との間に生じる、不整合が理由であった。
特に、ホストであるメーカーに存在しているプログラムとの不一致が致命的だった。
ホストプログラムが持ち合わせていない情報を、神経伝達情報へと変換することはできない。それが強制されてしまったために、プレイヤー自身へとダメージを負わせてしまうような、ジャンクデータが生み出されてしまったのだ。
元々壊れているような、人間の脳が理解できない情報であるのに、直接脳へと送られてしまったために、人の脳はそれを処理しようとして、障害を負うのである。
しかし、例外もあった。
個人で制作し、メーカーの審査を受けて、公式に追加プログラムとしてバージョンアップ時に導入されたものたちである。
──その最たるものが。
「コンペものか!」
「ご明察」
それでも良いアイディアや、作り出す腕を持っている、埋もれた職人は多いのだ。
だから、定期的にクローズドでのコンペが行われ、動作に問題がないと判断をされた優秀作品たちは、色々な形で普及された。
それはイベントの景品や報酬としてであったり、特定のモンスターを退治したときに手に入るレアアイテムとしてであったり、あるいはレシピの形で配布されることもあったのだ。
フラグが、その中の一つかと疑っていると、彼は苦笑して、剣を掲げて見せた。
「まだ、未発表のものなんです」
「未発表?」
「次のコンペに出そうと思って、作ってたものなんですよ」
フラグは、「げぇ」っと、顔を歪めた。
「お前……、MOD屋か」
「はい」
フラグは、くそぉっと、毒づいた。
「それも、実装されてない未発表のものを、持ち込んだってのか?」
アルフレッドは剣をかざし、刃に光を当てて反射させる。
まぶしさに彼は目を細めた。
「不思議ですよね。製作支援用のオフラインプログラムの中のものなのに……」
製作支援用のオフラインで動くプログラムというものが用意されている。
しかしながら、それはパソコンのモニターに表示されるものであった。
つまり、五感のうちのいくつかに訴える神経接続方式ではなくて、ただ目で見るだけの、VR以前の仕様で動くものであったのだ。
そこで、動作チェックのみができるようになっていた。
(うそだろ……)
フラグは、レイドたちに確認を取りたくなってしまったのだった。
しかしアルフレッドからは目をそらすわけにもいかず、その衝動を抑えるのに苦労した。
オンラインのゲーム中の世界へと、紛れ込んだはずだった。
オンラインゲームと酷似した世界に迷い込んだはずだった。
ドラゴンレジェンドとそっくりのシステムが生きている世界の中で、使っていたキャラクターとまったく同じだった者の中へと、入り込んでしまったはずだったのに。
(なのに、そのさらに外にある、まったく別個のソフトにあったデータが持ち込まれてるって、どういうことだよ?)
彼の頬を冷や汗が伝う。
その理由がわかるのか、アルフレッドは安心して欲しいと告げてきた。
「コンペ用の品ですからね。ゲームバランスを崩すような仕様にはなっていませんよ」
「でも、レアアイテムクラスなんだろう?」
「もちろん、自慢の一品です」
「その鎧もか?」
「そうですよ」
「それを、俺なんかに使ってくれるってわけだ……過大評価に泣けてくるね」
おそらくは、反則級と呼ばれるにふさわしいものなのだろう。
だけど、フラグというキャラクター、タダオというプレイヤー、その両方である自分に使ってくれるとあって……フラグはおかしさからこみ上げてくるものを堪えられず、口元に笑みを浮かべてしまっていた。
「なにを笑っているんですか?」
「おかしいだろうが」
フラグはアルフレッドに向けて、短刀の先をゆらゆらと振った。
「なぁ? 聞いて良いか?」
「はい?」
「あと何回……変身を残してるんだ?」
「は?」
まるっきり魔王じゃないかと、フラグは嘲る。
なるほどなと、アルフレッドはきょとんとした後で、吹きだした。
「そういえば、僕は魔王って話でしたね」
「お姫様をさらおうとしている魔王だ。そのものじゃないか」
そうですねと、アルフレッドはばさりと大きなマントを羽織った。
表は黒く、裏地は赤く、金色の刺繍が施されていた。
「だけど、お姫様の幸せを願ってる、魔王です」
その刺繍は、ディーナとして所属していたギルドの紋章だ。
「ギルドの代表として、ギルドの、彼女を思うみんなを代表して」
「違う、それはお前の幸せだ、ディーナのじゃない」
「いいえ。譲れない想いです。彼女のための」
「願い、の、間違いだろう? お前の願望だ」
(こっちは、お前らが影でどんな妄想してたか、知ってんだよ)
童貞野郎がと、自分を棚上げして吐き捨てる。
再びの緊張感が漂い出す。
二人の間にあるものが張り詰めていく。
フラグは無意識のうちに、両足を肩幅に開いて足場を均していた。
いつでも動けるように、足場を整えていた。
アルフレッドもまた、釣られるまでもなく、剣を引いていた。
笑みを消して、フラグを睨み付けていた。
「あと何回、変身を残しているか、その身をもって確かめてください」
「何度だって立ち上がってやるよ。その度に強くなったお前を倒してやるさ」
「自信過剰なんですね」
「良いことを教えてやるぜ?」
「なんですか?」
「魔王ってのは、主人公より強くって、だけど」
腰を落として二刀を構える。
「絶対に、勝てない。そう、相場が決まってるモンなんだよ?」
ぴくりと、アルフレッドの目の端が引きつった。
二人の間には、倍以上のレベル差という現実が横たわっていた。
本来ならば、この|PvP《プレイヤーvsプレイヤー》戦は、アルフレッドの圧勝で終わり、一方的な弱いものいじめとなるべき流れであるはずであった。
フラグは思う。
(それって、悪役そのものだろう?)
横恋慕のあげくの行為なのだから。
(だけど、実際にはそうはならなくて、俺はあらがい続けてる)
ここまで拮抗されるなんて、彼も思っては居なかっただろうな、と、フラグは心の中で苦笑する。
ドラゴンレジェンドというゲームは色々と自由で、制限事項も少なかった。
それは悪く考えれば、VRMMORPGとしては初期作品であるために、手が回っていなかったとも言えるのだ。
そんなドラゴンレジェンドであったとしても、ここまでのことは無理であったと、フラグは回想する。
(彼にしてみれば、ディーナと釣り合うために努力した結果のレベルだって言いたいところだろうけどさ)
若いなぁ……と、彼は思う。
(……努力なんてのはさ、自己満足に過ぎないんだよな。それだけじゃあ、ヒーローにはなれないんだよ)
意図的に、彼はレイシアの顔を視界に入れない。
助けられたと思ってくれている、だけど、実際には別の人たちが協力して守ってくれた子の顔を、彼は見ることができない。
だが、思考がそんな後ろ向きの場所にまでたどり着く前に、さあ! っと彼は挑発した。
「魔王らしく、黒いオーラとか、立ち上らせろよ」
苛立ちを、彼にぶつける。
それは八つ当たりだが、わかっていて、フラグはやる。
「お前のフラグ、回収してやるぜ」
そんなフラグの安い挑発に、それでもアルフレッドは乗ることを選んだ。
「そんなものは、幻想ですよ!」
だからこそ、自分は彼女を支えられるくらいに強くなったのだと、アルフレッドは咆えた。
「やってやるさ!」
「行きます!」
「行っくぜぇ!!」
そうして、二人は激突する。
好きなんです…た○みよしひさw




