PvP(5)
──たわいもないマジックだ。
風圧だけを最大限に高めた風の魔法を足下で発生させる。
自分に向かって。
その風圧を蹴り返すようにして、空中へと跳ね飛ばされる。
言ってみればただそれだけのことを、少しばかり体裁付けてやってるだけだ。
一歩、二歩と、同じ方法で、何もない空間を蹴りつけるように見せて、俺はアルフレッドを追っかけた。
青空に漂うアルフレッドは、焦っているようだった。
腹を上に、背を下にして、両手両足をばたつかせていた。
彼のレベルなら、空中浮遊とか、あるいは減速落下の魔法や、装具品くらいのものなんて、いくらでも持っているんだろうにな。
しかし、現実としての滞空時間は、数秒だ。
よっぽどでなきゃあ、落ち着いてアイテムウィンドウを開いて、間に合わせることなんてできないだろう。
『よう』
俺は、落下を始めた彼の隣に並び浮かんで、にやりとしてやった。
彼は驚愕と恐怖から、表情をこわばらせる。
『また会ったな』
そのまま、またなにもない空間を蹴って、前転し、一蹴、踵を無防備な腹へと、上から下へ打ち込んでやった。
彼の身が、速度を付けて落下する。
これによる結果は攻撃判定となる。墜落死は消える……はずだ。
だが、建物の何階もある高さからの墜落だ。
恐怖心は拭えるもんじゃないだろう。
俺は、逆に、蹴った反動で、また少し浮きあがっていた。
ゆっくりと漂いながら、地に落ちたアルフレッドの体が舞い上げた土埃を見やった。
俺は、足の裏から自分へ向けて、風魔法を発動させた。
その風を、足の裏で受けて、くるりと姿勢を上下に反転させる。
そしてまた風魔法を、足の裏に向かって打ち出し、受け止める。
一度、二度、三度と、まるで空を駆けるように、舞い踊るように体勢を入れ替える。
発生させた風魔法を足の裏で受け止め、蹴り返し、速度を付けて降下する。
──ノックバック。
それが俺の魔法の正体だ。
物理演算エンジンが搭載されたドラゴンレジェンドでは、武器や魔法の威力によっては、敵がたたらを踏んで、わずかに下がることがある。
スキルの中には、そういう効果を起こすものもある。魔法にもだ。
俺が風の魔法を選んだのは、ノックバックを起こしやすいからだった。
炎では爆発させないといけないし、その衝撃も四方に散ってしまう。
なによりも、ダメージをゼロに押さえることができなかった。
だから、風だ。
風魔法を自分に向けて放つ。
ダメージが発生しないように調節し、ただし衝撃だけは最大で。
ただ、この衝撃がくせ者で、うまく受け止めないと、明後日の方向に飛ばされることになってしまう。
これはノックバックによる強制移動であるから、攻撃とはみなされない。
もし空中へと高々と跳ね上げられたら、墜落死をしてしまうことになる。
俺は、そんなことにはならないように、その方向を、膝と足首によって補正していた。
ゲーム中ではこの技を、ここまで使いこなすことは出来なかった。
自分に撃っても、細かい調整が効かなかったからだ。
自分のように錯覚して動かすことができる、VRMMORPGのキャラクターであっても、やはりアバターはアバターであって、本当の人間じゃない。
足首の角度なんて、エミュレートしてはくれなかったんだ。
そしてゲームでは、攻撃がどこに当たっているかなんて、頭、胴、腕、足なんかの、大ざっぱな範囲で判定することしかなかったんだ。
だから、この技も、上下前後左右の直進性を強めるだけのものにしか過ぎなかった。
そういう使い方しかできなかった。
だけどこの世界なら!
背中から落下して、しこたま体を打ちつけ、もだえているアルフレッドの上に、右足を突き出し突貫する。
「フラグ・ファイナル・アターック!」
背中に二度三度と風魔法を受け、速度を上げる。
これで終わりだと、俺は、いつもの調子に戻そうとした。
だけど、まだ早かった。
アルフレッドは、落下してくるフラグに気がついた。
「ラ○ダーキックのつもりか!」
ドンッと、彼の下で爆発が起こる。炎の爆発だった。
アルフレッドはフラグを真似た。
自身で放った魔法が起こしたノックバックを利用して、自爆気味にごろごろとはじき飛ばされ、転がり逃げた。
直後、ズドムっと、彼が落ちてことによってできた、小さな窪みに、フラグの蹴りが突き刺さる。
より大きな陥没が生まれた。
衝撃に小石が跳ね上がり、雑草が円を描いて広がり揺れる。
「ちっ!」
フラグは、そのまま彼へと斬りかかった。
その行為に、アルフは驚く。
「いまさら、ただの攻撃なんて!」
「さっそく真似しやがって!」
「違う! 彼女の真似だ! あなたじゃない!」
ロングソードでは受けきれないと、アルフレッドは装備をショートソードに変更する。
それも両手に。
そしてヒュンヒュンと振り回し、フラグの短刀をはじき返す。
その脳裏には、空を舞うディーナの姿があった。
風の妖精、精霊たちの手を借りて、ひらりひらりと舞い踊るプレイヤーの姿があった。
「あれは彼女の技だ! 君のじゃない!」
「オリジナルは、俺なんだよ!」
武具に道具にスキルに魔法。
思いついたもの、吟味すべきもの。
ディーナに持たせるかどうかという判断においては、まずはフラグというキャラクターによって、運用テストが行っていた。
スキルや魔法を用いた、スキル外の特殊な技、なんでもである。
その中の一つに、ノックバックの利用闘法というものがあったのだ。
(だって、かっこわりーだろうが!)
技というものは、いきなりやってみせるからこそ格好良いのであって、地味に練習しているところを見られていたのでは、華麗でも可憐でもなんでもなくなってしまう。
それはディーナに対しての、タダオなりのこだわりで。
そしてフラグは、そのためのテストベッドなのであった。
その様子を横に、レイシアはディーナに詰め寄っていた。
「どうして……」
だが、ディーナは、こてんと首をかしげるだけだった。
その通じなさに、彼女は苛立ちを募らせる。
「だから、どうして、タダオって、知ってるのって」
どう尋ねれば良いのかわからない。
だがディーナは、目を見開いて驚きをあらわにした。
「アルタイユさんまで……?」
「……え?」
ディーナは語り出す。
曰く、ディーナは、夢の世界で、自分の姿を見るという。
それは自分の記憶にはない自分で、実在はしているけれど、行ったことのない場所での姿だったというのだ。
その自分には、タダオという人が魂として宿っていたと。
そして、自分にはとうてい及びもつかない、技や術を披露していたのだと。
じぶんも、ああなれるだろうか?
ああなることができるのだろうか?
そして自分は、その力の一端を手に入れることができたという。
なら、同じように、タダオという人が宿った自分の姿を夢に見たというフラグはどうだろうか?
自分のように、フラグもまた強くなれるのではないだろうか?
そう思って、ずっとハッパをかけていたという。
「アルタイユさんも、夢で?」
同じような夢を、タダオという人が宿っている夢を見たのかと問い返されて、彼女は咄嗟に答えられなかった。
まさか、現在進行形で、フラグにタダオが宿っているとも言えない。
「けどフラグ……」
ディーナは、ちょっとだけ頬を膨らませた。
「隠してたの?」
実力を……と彼女は思ったらしい。
自分は、夢の中で見せられた自分の姿を現実のものとするために努力した。
努力すれば、同じように、フラグだってと考えた。
だけど、現実のフラグは、すでに凄くて……。
ならば、今まで実力を隠していたとしか思えなかったのだ。
そのために、彼女は少しだけ腹を立ててしまい、ホームでフラグと二人きりの時に見せていたような、素の姿を見せてしまっていた。
一方で、そんなやり取りを盗み聞いていたレイドとシルフィードは、眉間にしわを寄せて、呟きあうのだった。
『プレイヤーが宿る自分の夢を見ただと?』
それは間違いなく、ドラゴンレジェンドというゲームの話で。
『おかしいですね』
シルフィードの言葉に、レイドは頷く。
『ああ。こいつらがやってたゲームと、この疑似惑星とは、別物のはずだ。なのに、別惑星のゲーム上でのキャラクターから、夢って形でフィードバックを受けていた? どうやって』
それができるというのなら、双方向の送受信がなりたっているという話になるのだ。
『先にこの惑星があったわけではないのでしょうか? ゲームに合わせて惑星が作られた?』
『それだと、プレイヤーの世代が合わないだろう。姫様は十世代前後、キャラクターを乗り移ってたって言ってたしな』
『だったら、先にこの惑星があって、その様子を彼らが夢にでも見て、ゲームに?』
『フィードバックを受けるために、近くの知的生命体の文化圏へ、何らかの形でイメージを送りつけて、ゲームって形に昇華させたってことか? だとしても』
『しかし、そうであれば、アクターやキャラクターの勝手な行動には説明がつきます。彼らのゲームと同一であるのなら、プレイヤーキャラクターは、プレイヤー不在の状態で外出することはもちろん、クエストの受注などと言った行為を行うことはできません。待機状態が基本であるはずです』
『こっちの連中には、行動制限はかけられてないみたいだもんな』
『しかし、彼らがゲームで使っていたキャラクターが、そのまま存在していると言うことについては』
『サンプルとして繋げていたゲームから、精神体を引っこ抜いて転移させるために、わざわざ作り出したって可能性もある』
『外的因子、外的要因、トラブルメイカー、トラブルファクター……』
『事故じゃない可能性、か』
そこに、なにがあるのかと考えて、彼は盛大にため息をこぼした。
『こりゃあ、やっぱり黒幕が居るな』
横に聞き、レイシア・アルタイユの中の少女は、混乱した。
しかし、その混乱を忘れるほどの光景が、彼女のアバターの瞳に映り込む。
「タダオ!」
彼女の知らないアイテム──装飾過多のロングソードで斬り払われたタダオが、強く吹っ飛び、転がった。