エピローグ「会いに来るための、迷子だったのかも」
それから、季節は巡った。
冬が過ぎ、春が来て、夏が過ぎ。そして再びの秋。セレスがいなくなってから、初めての収穫祭が巡ってきた。ローエン村はすっかり活気を取り戻していた。神殿には遠くからも参拝者が訪れる。「願いを聞いてくれる、優しい女神さまの神殿」としてすっかり有名になったのだ。村は見違えるように豊かになった。
私はテオと結婚した。ささやかな、けれどあたたかい式。ハンナが自分のことのように泣きながら祝ってくれた。村のみんなも集まってくれた。きっとセレスがいたら、いちばん大きな声ではしゃいでいただろう。「リーゼちゃん、おめでとー!」って。
その日。収穫祭の夜だった。
一年前と同じように広場に灯がともり、村人たちが踊っていた。あの、セレスが光を降らせた収穫祭。私は祭りの喧騒を離れて、ひとり神殿の石段に座っていた。あの夜、セレスと並んで星を見た、あの石段に。
なんとなく空を見上げる。一年前と同じ星空がそこにあった。
その、ときだった。
ふわり、と。どこからか金色の光の粒が、ひとつ舞い降りてきた。蛍のような、星のかけらのような。あの祭りの夜にセレスが降らせた、あの光にそっくりな。
「……セレス様?」
返事はなかった。けれど頬を撫でる夜風が、なぜだかとてもあたたかかった。冬でもないのに、ひなたみたいなぬくもり。聞こえるはずのない声が、ふっと耳元で囁いた気がした。あの、間延びした優しい声が。
『リーゼちゃん、おめでとう』
涙がこぼれた。会いに来てくれた。きっと。一年に一度くらいは、神様にも里帰りが許されるのかもしれない。約束どおり見守っていてくれたのだ。空の上から、ずっと。
光の粒はしばらく私のまわりを踊って。それから名残惜しそうに、ふわりと空へ昇っていった。私は見えなくなるまでその光を見送った。
そして、ふと思い出した。
初めて会ったあの日。セレスは言っていた。「どうして、ここに落ちてきたのか、思い出せない」と。行き場を失って地に落ちた、迷子の女神。ドアも開けられず、お腹を空かせて困っていたあの人。
でも今なら、わかる気がする。
あれはきっと偶然なんかじゃなかった。何百年もの祈りに引かれて。ハンナの家系が灯し続けた、あの灯に導かれて。そして、たぶん――私に会うため。
打算だらけの嫌われ者の令嬢だった私を。誰も必要としてくれないと心を閉ざしていた私を。変えてくれるために。あの人は空から、私の頭の上に、どしゃっと落ちてきた。
「……ふふ。会いに来るための、迷子だったのかも、ね」
誰にも聞こえないようにそっと呟く。
空のどこかで。あのポンコツな女神が「正解!」と得意げに笑った気がした。胸を張って、えっへんと。
頼りたい女神がポンコツすぎて泣きそうだった、あの日々。ドアも開けられない神様に頭を抱えた、あの日々。今はそのぜんぶがいとおしい。かけがえのない宝物だ。
また、来年。あなたに会えますように。
私は満ちていく月にそっと手を合わせた。今度は打算じゃない。何かを叶えてほしいわけでもない。ただ、もう一度あの笑顔に会いたくて。
――おかえり、セレス。そして、いってらっしゃい。
また、いつでも迷子になって、帰っておいで。ここがあなたの、帰る場所だから。
<了>




