第七十五話 王都の小さな改革
王都から届いた王妃の手紙には、珍しく疲れがにじんでいた。
地方教育と救恤倉の仕組みを、王都周辺の直轄地でも試すことになったらしい。ところが、王都の官吏たちは地方より手強かった。
帳簿はすでにある。
規則もある。
今さら村の者へ見せる必要はない。
そう主張する者が多いのだという。
私は手紙を読み、思わず苦笑した。
規則があることと、規則が届いていることは違う。
王宮で育った私なら、以前はその違いを見落としたかもしれない。
◇
王妃は、ミレイユから数人を王都へ招きたいと書いていた。
制度を作った者の説明より、実際に使った者の声が必要だと。
選ばれたのは、私、フローラ、ミリア、サラの母、そしてアニエスだった。
サラは自分が呼ばれなかったことに不満そうだった。
「私は?」
「今回は大人の会議です」
「半分先生です」
「半分なので、次回です」
彼女は納得しきれない顔をしたが、王女への猫の札を託すことで折り合った。
王都の会議室で、サラの母は最初こわばっていた。けれど官吏の一人が「平民に帳簿を見せても理解できないのでは」と言った瞬間、表情が変わった。
「全部はわかりません」
彼女は静かに答えた。
「でも、毛布の数ならわかります。薬草の束も、灯油の樽も。わからない言葉は、聞けばいい。聞ける場所がなかったのが問題でした」
会議室が静まった。
◇
アニエスは、作業場の賃金表を見せた。
「最初は、私も数字なんて難しいと思っていました。でも、自分が百袋作ったのか、八十袋なのかは知りたい。銅貨が何枚になるのかも知りたい。それを知るのは、欲張りではありません」
官吏たちは、彼女の言葉を記録していた。
ミリアが会計の側から補足する。
「支払う側にとっても、説明できる記録は守りになります。疑われないためではなく、疑問が出た時に確認できるためです」
フローラは現場記録の重要性を話した。
「数字だけでは、人が来ない理由を見落とします。来られない距離、灯油の不足、子どもの世話。記録欄を一つ増やすだけで、対策が変わります」
私はその三人を見ながら、胸が熱くなった。
かつて王宮で声を持たなかった人たちが、今、王都の会議室で話している。
◇
会議の後、王妃は私を別室へ呼んだ。
「よい一日でした」
「王妃様の官吏の方々は、だいぶ疲れておいででした」
「疲れればよろしい。机の上の規則が、床の上でどう見えるかを知るには、疲れが必要です」
王妃らしい言葉だった。
彼女は窓の外を見た。
「王都は変わりにくい場所です。古い石ほど、動かすのに力がいる」
「ミレイユも、動き始めるまでは重かったです」
「ええ。だから、動いた石を見せる必要があります」
王妃は私を見た。
「リディアさん。あなたが王宮を去ったことは、王宮にとって損失でした。けれど、去ったあなたが外から持ってくるものは、今の王宮に必要です」
以前なら、その言葉に自分の価値を求めただろう。
今は、役目として受け取れた。
「必要な時は、契約と予算を添えてお呼びください」
王妃は笑った。
「本当に、あなたは変わりましたね」
「はい」
私は迷わず答えた。
「変わりました」




