表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の長女は婚約解消されました、家族の期待を置いて新しい私を生きます  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/74

第七十二話 巡回授業の道

 白楡学び舎の最初の難題は、遠い村へどうやって授業を届けるかだった。


 白楡館しらにれかんへ来られる者はいい。けれど山裾の家や石切場の近くに住む子どもたちは、片道だけで半日かかる。冬になれば道は凍り、春には泥で車輪が埋まる。


 学び舎を開いたと喜んだ翌週、私は地図の前で腕を組んでいた。


「来られない人を、来ない人として数えないこと」


 そう書いたのは、フローラだった。


 報告書の端に小さく添えられたその一文が、私の胸に残っている。


「では、こちらから行くしかありません」


 サラは当然のように言った。


「道が悪いです」


 ガスパルが渋い顔をする。


「雨の後など、荷馬車でも危ない。子どもを連れて行くには向きません」


「だから大人が行くんです」


 サラは負けない。


「私も行けます」


「あなたはまだ子どもです」


「半分先生です」


 その返事に、広間で笑いが起きた。


    ◇


 巡回授業は、三人一組に決まった。


 読み書きを教える者、記録を取る者、道と安全を見る者。最初の組は、私、サラ、トマになった。メイは大反対したが、私は最初の道を自分の目で見たかった。


 セドリックは地図に赤い線を引いた。


「ここは雨の後に崩れやすい。ここは獣道と混じる。ここで休めます」


「まるで戦の準備ですね」


「道を甘く見ると負けます」


 彼は真面目だった。


 出発の日、マルタが鍋ではなく、携帯用の焼き菓子を持たせてくれた。


「学ぶにも歩くにも腹がいる」


 この言葉は、白楡学び舎の標語にしてもよいかもしれない。


    ◇


 山裾の集会小屋には、十人ほどが集まっていた。


 子どもだけではない。羊飼いの老女、石切場で働く青年、赤子を抱いた母親。皆、少し警戒している。


 私は王宮風の挨拶をやめた。


「今日は、自分の名前と、数を一緒に書きます。途中で帰っても構いません。わからない時は、わからないと言ってください」


 老女が笑った。


「領主様に、わからないと言っていいのかい」


「言ってもらわないと、こちらもわかりません」


 その返事で、場が少し緩んだ。


 サラは石板を配り、トマは薪を足した。最初の字は曲がり、数字は逆になり、赤子は途中で泣いた。授業は何度も止まった。


 けれど、一人の青年が自分の名を書けた時、集会小屋の空気が変わった。


「これで、採石場の賃金表に署名できます」


 彼はそう言った。


 名前を書くことは、ただの練習ではない。


 その人が、自分の働きに自分で印をつけるための手段だ。


    ◇


 帰り道、泥で靴が重くなった。


 サラは疲れた顔をしていたが、口だけは元気だった。


「奥様、巡回授業は大変です」


「ええ」


「でも、行かないとわからないことがありました」


「何がわかりましたか」


「白楡館に来られる人は、もう半分来られる人です」


 私は足を止めた。


 子どもの言葉は、また核心を突いた。


 来られない人を、来ない人として数えない。


 その意味が、泥の重さと一緒に足に残った。


 巡回授業は、予定表よりずっと大変だ。


 けれど、白楡学び舎が本当に入口になるには、扉の前まで来られない人のところへ、こちらから道を伸ばす必要があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ