第84話 覚醒ライブ ― 第一夜 ―
静かだったはずの物語が、
ついに音を立てて崩れ始めます。
これは事故なのか、奇跡なのか。
境界は、まだ明かされません。
鼓動と同じ速さで、
世界が走り出す。
照明が落ちる。
一瞬の静寂。
そして低いシンセが空間を震わせる。
ステージ中央。
ノアールが立つ。
長い黒髪が風を受ける。
レンがゆっくりと横に現れる。
観客の歓声。
——だが。
その空気の奥に、別の振動が混ざっていた。
ビートが落ちる。
四つ打ち。
重低音。
ノアールが歌い出す。
“I’m not the girl
I used to be”
透明な声。
なのに、奥に黒い熱を含んでいる。
レンがラップを重ねる。
挑発。
攻撃。
視線がぶつかる。
ぶつかったはずの旋律が、次の瞬間には絡み合う。
逃げ場がない。
二人の声は競り合い、
奪い合い、
そして同時に引き寄せ合う。
背後の巨大LEDが、桜の映像から闇色へと変わる。
黒い粒子が空中を舞う。
プロジェクションマッピングが足元から立ち上がる。
魔法陣のようにも見える。
だが観客は歓声を上げる。
「神演出!」
「やばい!」
誰も疑わない。
事故ではない。
演出だと信じている。
だが。
ノアールの瞳が、ほんの一瞬だけ深く染まる。
赤ではない。
でも、光を吸い込む色。
レンがそれを見る。
一拍遅れて、息が合う。
いや、合わせたのではない。
勝手に噛み合う。
危険なほど。
サビ。
二人の声が真正面から衝突する。
火花。
音が空気を切り裂く。
観客が総立ちになる。
ノアールが一歩前に出る。
レンが笑う。
闇は美しく、
濃く、
そして残酷だった。
それでも。
それでも音楽は崩れない。
むしろ完成度を上げていく。
事故のはずの熱が、
奇跡の精度に変わる。
会場が震える。
圧倒。
歓声。
絶叫。
関係者席。
海斗の動きが止まる。
凛の指先がわずかに強張る。
だが誰も言葉にしない。
あの日の川沿い。
桜の下。
思い出しかける。
でも、ここでは何も明かされない。
ステージでは二人が笑っている。
挑発し、絡み、引き寄せる。
闇が舞台装置と融合し、
映像と混ざり、
本物と虚構の境界を消していく。
最後のフレーズ。
“Don’t look away”
照明が爆ぜる。
暗転。
数秒の沈黙。
そして——
爆発的な歓声。
誰も気づかない。
何かが目覚めたことを。
覚醒ライブ ― 第一夜 ―
見えたものは演出か、
それとも。
関係者の胸にだけ残る違和感。
答えはまだ出ません。
第二夜へ。




