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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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赦しを待つ夏1

〈二章 赦しを待つ夏〉は全四話です。よろしくお願いします。



 温かい日差しが新緑を透かし、柔らかな木洩れ日が満ちていた。長閑な森の中、踏み固められた土の道を幌なしの荷馬車はゆっくりと進む。ごとごとした揺れが心地よく、足を組み積み荷に背を預けていると瞼が下りてしまう。


「団長〜、もう直ぐ着きますよ〜」


 部下のジャックの声に落ちていた意識が浮上する。


「ん〜〜」

「あ、寝てやがりますね。人に御者させてー」


 瞼を透かす光を感じながら、俺は静かに笑った。


「寝てない、寝てない」

「ウソばっか。昨夜はミランダちゃんと過ごして夜更かしして眠いんでしょ」


 ミランダは行きつけのバーで働く女性だ。お持ち帰り出来るバーで、俺の指名はいつもミランダだった。だがそんな生活も終わりだ。


「ま、最後だからな。別れも告げてきた」

「えー? 団長もう店に行かないつもりですか?」

「いや、俺既婚者になるんだぞ? 浮気はしない主義なんだ」

「とか言って〜。高飛車なお貴族の娘様なんて絶対嫌になるね」


 しかもブスだったらどうします? なんてジャックが「もっとお菓子を持ってきなさい」と女性の口調でふざけているが、俺は笑って流した。

 今回の結婚は王命だったが、俺は喜んでいた。戦災孤児で根無草の傭兵で、ずっとフラフラした生活だったから家族に憧れがあったのだ。

 しかも孤児の間で英雄として語り継がれるユーゲリウス殿の後継として! その孫との結婚!

 喜ばないはずがないのだ。


(そりゃ可愛い嫁さんだったら尚のこと嬉しいが)


「まぁ金は無いけど、大事にはしたいよ」

「オレは無理な方に賭けましたけどねー」

「お前なぁ」


 無駄話をしていると、森を抜けて村の入り口に着いた。簡単な木の柵と木枠があり、この木枠が多分門なのだろう。扉は付いておらず、兵士どころか獣だって退けられない、ただの目標の様な境界に、二人で怪訝な顔をした。


「この辺は平和なんすかね」

「俺も初めてで知らないが……不安になる柵だな」


 荷台から飛び降りて村に足を踏み入れると、家の陰から子供達が顔を覗かせた。


「おい坊主、ちょっと聞きたいんだが村長とか領主の家とかわかるか?」


 そう聞くと子供達は顔を見合わせて恐る恐る近寄ってきた。


「おじちゃん達、もしかして新しい領主様?」

「おじっ……!? お、おう、そうだ」


 地味にショックだ。俺結構年齢より若く見えるとか言われてたのになぁ。ジャックが忍び笑いしているが、お前もだぞ? 達って言ったからな?


「オレ村長のとこいってくる。お前はエラ様に知らせて来て」

「わかった」


 残った子供達を見ると、向こうも興味深々にこちらを見ていた。折角なので質問させてもらう。


「エラ様って?」

「領主の奥さんになる人だよ。合格したんだ」

「つまり俺の嫁さんか?」

「合格したらね」

「合格?」

 

 ジャックと二人目を合わせて首を傾げる。話がわからない。

 会話をしているとすぐに子供に連れられて、女がひとり走って向かって来た。腰まで伸びた豊かな茶髪をハーフアップにしていて、若葉色の目は真面目そうだ。走る為に少しスカートを持ち上げているのだが、下から見える足首は白く華奢だ。

 女は俺の前で止まり、スカートを摘み上げて淑女の挨拶をした。指先からスカートの角度まで、洗練されて美しいと感じる。こんな丁寧な挨拶されたのは初めてだ。


「お出迎えが遅くなり申し訳ありません。初めてご挨拶いたします。エラ・ランパードと申します」

「褒章として、この村の次期領主になったフィンだ。お前が俺の妻か?」

「はい、そうです」


 真っ直ぐに目が合うと心臓が高鳴った。左右で均整のとれた美しい顔に明るい黄緑色の瞳がキラキラと宝石の様に輝いている。

 この人が俺の、妻。

 にやけそうになると、エラにまとわり付いていた子供達が「ダメだよ」と言った。


「まだ違うでしょ? ちゃんと認められなきゃあ」

「追い出されちゃうよ」

「それは村の決め事でしょう? たとえこの方が駄目でも婚姻はしなければならないのよ。そうでないと王様に反意ありとみなされてしまうのよ」


 ぶうぶう文句を言う子供の言ってる事が分からずに眉間に皺が寄ると、エラは苦笑した。


「ひとまず婚姻届にサインをしてしまいましょう。えーと」


 エラが俺の後ろにいるジャックに視線を移したので、紹介する。


「俺の傭兵団員のジャックだ。こいつが婚姻届を代理で町の教会まで提出してくれる手筈になっている」

「わかりました。よろしくお願いします」


 エラに微笑まれたジャックは照れて、俺にこっそり耳打ちした。


「美人で良かったですね」


 ジャックに軽い蹴りを入れて、荷台に向かった。婚姻届を出してその場でサインする。振り返ると、エラが並び立って待っていた。


「ほら」

「はい」


 ペンを手渡すとささくれひとつない白くすらりとした指がペンを摘み上げて迷いなくサインを書いた。俺との婚姻に躊躇はないらしい。


「出来ました」

「ジャック、頼む」

「はーい! んじゃ団長、また仕事の時に」

「おう、気をつけて帰れよ」


 荷馬車を見送り、エラへと視線を移すと、気がついたらエラがにこりと微笑んだ。


「まず村をご案内いたしますね、旦那様」


(っ、だ、旦那様……!)


 素敵な響きを胸中で反芻する。夢見ていた幸せな家族とは一体どんなものなのだろう。


 村の真ん中に小さな広場がある。井戸があり、パン焼き用の共同竈がある。


「広場から一番近い彼方の大きなお家が村長の家ですわ」


 一軒だけ大きめの家があり、あとは一回り小さい同じくらいの大きさの家が広場をぐるりと囲う様に建ててある。どの家も横に小さな畑を作っていて、各家庭で食べる分の豆や野菜を育てているらしい。


「南の小道を使って森へ入ると村の果樹園に繋がっています。税として納める大切な果物です。今丁度収穫期で、村に子供達しかいなくて驚いたでしょう? 途中の分れ道を行くと小川に繋がってて、普段はそっちで女性達が洗濯をしています」

「果樹園には柵とかなくて大丈夫なのか?獣被害とか、盗みとか」

「ええ、この辺りではあまりそのようなことは無いそうです。過去の収穫量も安定しておりまして、村の倉庫に多少の備蓄もございますわ」

「へぇ」


 平和だ。すげー平和な村だ。

 傭兵生活だった俺には驚く事ばかりだ。

 エラは次に村の反対側へと足を向けた。


「領主邸は村の北西にございます」


 進むエラの後をついて行くと、途中で森へと続く細い小道に気がついた。


「エラ、あれは?」

「あぁ、あの先にはお試しの小屋があるのです。しばらく私が使っていたので道が出来てしまっていたのね」

「“お試しの小屋”?」


 首を傾げてエラを見れば、彼女は睨みつけるように険しい表情で森の奥を見ていた。だがその顔は一瞬で、ぱっと笑顔を俺に向けてエラは言った。


「旦那様は妖精はお好きですか?」

「は?」

「妖精です。お好きですか?」


 聞こえなかった訳じゃない。意味がわからず聞き返したのだが、同じことを聞かれてしまった。


「いや、別に。好きも嫌いも、ないかな」

「嫌いでないならようございました。こちらの村は昔からの風習により、妖精の存在を信じて生活しております」

「はぁ」

「旦那様は領主になるのですから、こちらの村の風習を守りつつ生活していただきたく思います」

「はぁ」

「大丈夫、難しいことはひとつもございませんわ。さぁ領主邸へ到着です」


 正直「アホか」って思ったわ。いや、そうだろ? 俺普通だろ? 子供じゃねんだからよ。


 領主邸は目立つオレンジ色にテラスまである恐ろしい建物だった。見つけやすさ、侵入のしやすさ、共に満点だろ? このご時世によく建てたもんだ。

 だけど、傭兵の英雄ユーゲリウスの家なんだよな?


「あのさ、今の領主のユーゲリウス殿に挨拶したいんだけど」


 この地域の孤児は大体、傭兵から成り上がったユーゲリウスの英雄譚を聞いて育つ。出世すれば王様に認めてもらえるぞ、と憧れて育つのだ。

 内心のわくわくを抑えてエラに聞いたが、言われたエラの顔から表情がすとんと抜け落ちた。


「申し訳ございません、旦那様。祖父は……ひと月ほど前に他界いたしました」

「え?」

「病で。お墓でしたらご案内出来ますがいかがいたしますか?」

「あ、いや……いいや」

「そうですか? ではどうぞ中へ」


 既に死んだと聞かされた驚きとショックでつい断ってしまった。混乱して今直ぐに墓なんて行けやしない。気持ちが落ち着いてから、行かせてもらおう。


 そう切り替えて邸に入る。貴族になったと思ったが、中は煌びやかで豪華な訳ではなかった。


「案外普通の家なんだな」

「ふふ、この村は食糧不足こそありませんが裕福な訳ではありませんから。使用人も執事が一人居るだけで、家政婦どころかメイドもおりません。村の女性が掃除や洗濯の手伝いに来て下さいますが」


 ちょっと派手なのを期待していた分がっかりだった。今までと大して変わらないのか。


 それから執事を紹介してもらい、邸の中を案内された。何故か使用人部屋の辺りだけ窓がぼろぼろだが、その他は普通に整っていた。俺の部屋は二階で、エラの隣の部屋だった。


「すみません、私もひと月前に越して来たばかりで色々手が足りず。ひとまず隣の部屋を整えさせていただきました」

「同じ部屋じゃないんだ?」

「おっ、あっ、そうですね。部屋が狭いのでリフォームが必要でしょう」


 へー、そう。やっぱ貴族令嬢だし、俺なんか受け入れ難いのかな、と気持ちが下がる。


 一通り案内が終わるとダイニングへと行き、一緒に昼食となった。野菜がごろりと入ったスープと黒パンとフルーツ。肉は、なさそう。

 顔に出てたみたいで、エラは申し訳なさ気に謝った。


「物足りない、ですよね? すみません、時々狩が得意な村人が鳥を分けてくれたりするのですが、生憎今は切らしておりまして…」

「あー、いや仕方ないよ。それよりその話し方、堅苦しくない? 村の子とは普通に喋ってたじゃん? 夫婦になるんだしさ、普通に話して欲しいな」

「そ、そうですか? ではあの、普通に話します」


 戸惑って照れるエラにほっこりする。可愛い。


「それで、えっとこの村ではね領主と認められる為にお試し期間があるの。それで合格が出ると無事領主と認められるのですって」

「ああ、子供達が言ってたのってそれ? 合否は村人が決めるの?」

「いえ、妖精です」

「ようせい」

「はい、妖精」


 真顔で返されてしまい、鼻で笑ってしまった。エラの真面目な顔が一瞬冷たく無表情になる。


「や、すまたない、だって、妖精? ウソだろう」

「途中で細い分れ道がありましたよね? あの先に小屋がありひと月程そこで過ごすのです。日中は村へ出て来て構いませんが夜はそこで寝泊まりしてもらいます。私もひと月そこで過ごしました。妖精に認められないと森に入れなくなるそうです」

「ウソウソ、今時なんだそれ? 世の中戦いで血ばかり流れて生きるか死ぬかって時代なのに、妖精さん? 正直無理がある」

「ひと月過ごして認められましたら、村で結婚式を行い、正式に夫婦として過ごすことになります」

「俺の話聞いてるか? やらないよ、そんな無駄なこと」

「この村に住む以上、村のルールは守るべきだと思います」

「言い分はわかるけど、馬鹿馬鹿し過ぎる。しかも君との初夜がひと月後? 信じられない」

「え?」

「あ」


 あーやっば、本音が!


 チラッとエラを見ると、冷たい顔で捲し立てていたとは思えない呆けた表情で、耳を赤くしていた。


 うわ、可愛いな? 嫁さん可愛すぎる。しんど可愛い。ひと月後とか絶対無理だ。


 エラは「ンンッ」と咳払いして、据わった目で俺を見た。耳は赤いまま。


「で、では、本日初夜を行いましたら、ひと月小屋で過ごしていただけると?」

「はぁ、いいよ。そこまで言うなら君に免じてやってやるよ」

「…………っ、分かりました。受けて立ちましょう」


 受けて立つって……初夜、知ってるよね?




 結果的に、俺は大変後悔した。




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