表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝炎の英雄  作者:
第七章 祝炎の英雄 後編
204/233

常闇の底から 五

 また、夜が来る。

 深い闇が都を飲み込み陰なる存在が騒めく。


 彩華は宣言通り、鶏鳴(けいめい)の鐘に合わせて現れた。

 浮かない顔を見せるが、二人と目を合わせる事もなく、とっとと事を済まそうと真っ直ぐ寝台に近づき棚から白玉を取り出す。白玉にこれと言って変化は無い。返事があれば白玉の上には志鳥が留まっている筈なのだ。


「残念ながら」


 結果を知った彩華は素気ないものだった。最初からそうなる事を予測していたとでも言うかの様に淡々と語る。彩華は白玉をそっと仕舞うも祝融の側に佇んだまま、壁際で待機する洛浪と軒轅に背を向け動かなかった。

 軒轅は訝しんで名を呼ぶが、弱々しい返事が返ってくるだけ。薄弱とした背中に軒轅が歩み寄ろうとするも、楽浪が軒轅の肩を抑え止めた。軒轅は思わず振り返る。洛浪は道托と向き合っていた時と同じ鋭い目つきで彩華を突き刺していた。


「……神子は誰一人として皇軍に協力していない。神殿も動く気配が無い上、陛下も助成要請する様子もないそうだ」


 彩華はピクリとも反応を見せない。

 

「都を巻き込んだ大事が起ころうとしている。神子が動かないのであれば、その真意を知りたい。東王父君も動かぬ、姜将軍と親類縁者たる神子瑤姫も動かぬ。残る望みは神子燼だったのだが……」

「彩華女士、鸚史様も静瑛様も燼が皇宮の奥底に篭ってから会えていないそうだ。だがお前ならば望みがあるかもしれん。もう一度志鳥を送ってみてはくれないか」

「……ええ」


 彩華は気が進まなかった。けれども、洛浪の真剣そのものの顔付きに、軒轅の真摯な姿勢。二人に(ほだ)され、彩華は仕舞い込んだ白玉を手に取ろうとした。

 その手は迷いの中でそっと白玉に触れる。何の変化もない、言葉が本当に届いたのかも分からない。

 会えるか、会えないか。それすらも言葉にしないのか、出来ないのか。


 逡巡する思考を前に、彩華は固まった。

 背後の二人が彩華の躊躇いの理由を知ってか知らずか、彩華を待つ。


 そんな時だった。

 

 突如部屋を照らしていた行燈の灯が揺れた。窓は全て閉まっている。隙間風に煽られ、天井で吊るされていた行燈そのものが揺れ始めた。グラグラと、部屋の中を風が行き交い渦を描くように、行燈は揺れ続ける。

 実際に風はない。天井からの金具と行燈同士が擦れぶつかり合う音だけが耳障りに響く。

 ただ行燈が揺れている。それだけの事なのに彩華だけでなく洛浪と軒轅も警戒して腰に帯びている剣に手を伸ばし、寝静まった部屋の外、闇渦巻く窓の外に気配を張り巡らせて警戒した。


 彩華も同じく、祝融の盾にならんが為に寝台淵に身体を貼り付けて辺りを警戒する。


 行燈は揺れ続けた。それに合わせて行燈の中の蝋燭の火も強風に煽られているかの如く横凪になっている。

 そして、誰かが「ふう」と息でもかけた様な声と共に、一斉に灯りは消えた。

 木戸も閉ざされた部屋は一瞬にして闇が飲み込む。その闇の胎にでもいる気分が押し寄せて、全身をくまなく舐めずり回されている様。一層それぞれが得物を持つ手に力が篭った。


 そんな時、突如大きな物音が二つ響いた。何かが倒れた様な……それが聞こえたのは彩華だけだった。その音の方、洛浪と軒轅がいた辺りからだったのだ。音と同時に二人の気配が薄くなる。

 洛浪と軒轅が倒れたのだ。そう確信するも状況が状況の為、彩華は暗闇の中主人の側からは離れられない。


 ――洛浪様、軒轅様!


 彩華はなりふり構わず、邸全体に異常を知らせるが為に渾身の力を込めて叫ぶつもりだった。

 

 しかし、声を出すその寸前。部屋の角、いつの間にか現れた気配に彩華は凍りついた。

 そこには更に濃い陰が出来上がっている。どんよりとして、それでいて禍々しく重い。


 それなのに、何故か()()()()()気配の感覚がある。


 その存在は、眼光(がんこう)炯々(けいけい)と彩華を見る。

 闇に溶けるその姿が黒い外套を纏っているのだと気がついたのは、紅く輝く瞳を見たからだろう。


「……燼?」


 禍々しい気配に包まれた()()を彩華は未だ信じられずも、思い浮かんだ馴染みの名を呼んだ。

 そこに立っているはずがないという考えと同時に、相反するそこにいるのは燼以外考えられないという考えが浮かんで、彩華の足を動かそうとした。が、それよりも早く()は、近づくなと彩華へと忠告したのだ。


「彩華……ごめんな」


 無音の中に、虚しく低い掠れ声が一つ彩華の耳にも届いた。呻く様に苦慮の中捻り出したとも思えるその声。


 ――燼だ


 彩華は確信する。間違うはずもない。幼い頃よりもずっと成長した青年の声。


「どうして、燼が謝るの?」


 部屋の角で衣擦れの音と共にもぞりと影が蠢く。


「祝融様が、こんな目に会ってるって知ってたのに、知らん顔してた。雲景様の葬儀も行かなかった。彩華が苦しんでるの知ってて、俺……」


 段々と声は窄まっていく。


「燼、」


 彩華の声に呼応する様に影が蠢き揺らめいた。ひたひたと足音を立て、影が近づいているとわかる。彩華は怖くはなかった。主人を守ろうとする警戒すら怠って、ただ、燼が寝台側に立って祝融の顔を覗き込むのを黙って見ているだけだった。

 目の前に来てようやく、彩華は燼の顔が判然とした。

 紅く輝く眼光は鋭く、その顔も僅かでも呼吸するだけで獣同然の牙が見え隠れする。

 大きな目がぎょろりと虎視するかの様に祝融の顔を覗き込む。「お久しぶりです」と、仰々しく礼をしてまるで当人が目覚めている振る舞いを見せた。


「……無事で良かった」


 眠っている様を無事と言って良いものか。彩華には疑問も湧いたが、燼が神子である事を鑑みれば神子の視点で物事を捉えていると言う事と納得出来る。


「無事なの?」

「うん、目覚めようとしてる。神子瑤姫は何て?」

「出来る事は無いって」

「間違ってないよ、出来る事は無い。待つだけさ」


 彩華は、安堵の息と共に「そう」と小さく溢す。


「……でも、聞きたい事は……祝融様の事じゃないだろ?」


 燼は上体を起こすと、凝望(ぎょうぼう)の眼差しが彩華に向く。


「皇都の事、」


 彩華は知っているはずだ、と含みを込めて燼を見る。

 お互い、しかと向き合って話すのはいつぶりだろうか。彩華の金の瞳もまた信念を携えていたが、思わぬ来客を前に感情は揺れる。


 会えたからと言って、寂しさは拭えず、苦しみは消えない。手を伸ばす事も出来ず、彩華は気丈に振る舞った。


「今、何が起こってるの? どうして神子は誰一人協力しないの? どうして……」


 そこまで言いかけて彩華は途端に声が出なくなった。

 彩華は思わず喉を抑える。声を出そうとしても上手くいかない。犯人は目の前の人物だ。それを問いかけ様にも、それが出来ない。


「彩華、神子達が何もしない事の意味を考えれば簡単だ。手段が無いんだ。()()()()()()()()犠牲は出る」


 心無い言い口に、彩華は目を見開く。小さな犠牲など仕方がないと口にしている男が別人の様で、不安に手を伸ばす。

 けれど、その手が届く事はなかった。彩華が手を伸ばした先の男の姿は忽然と消えたのだ。

 見失う様な距離ではなかった筈なのに、と彩華は辺りを見渡す。

 すると、再び燼の声が聞こえた。


「根源は決して見つからない。けれど、そのうち分かる」


 暗闇の中気配はなく、声だけが響いた。


「時は、もう直ぐそこだ」


 そう最後に告げて、声は聞こえなくなった。

 

 部屋に灯りが戻る。彩華は橙色で満たされた部屋が暖かく感じ、禍々しい気配が完全に消え去った事に気がつく。

 それと同時に、うっと呻く声が彩華の耳に届いた。はっとして、声の方を向けば二人の大の男が床で臥して倒れていた。


「洛浪様!軒轅様!」


 彩華は無意識に叫ぶ。


 ――声が戻っている


 彩華は倒れた二人に駆け寄り、目覚めを促すために身体を揺する。二人はゆっくりとだが、身動ぎをし徐々に瞼を開いて覚醒していた。

 

 闇との邂逅は、何を齎したのか。

 今にも闇に紛れてしまいそうな燼を思い出し、彩華は燼の言葉を幾度となく反芻した。


『時は、もう直ぐそこだ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ