ウェルシーへの帰還
ゾンビ化の一件は、なんとなくうやむやのうちに終わり、帝都には再び平和が訪れた。帝国全土で見ても、このところゾンビ化は沈静化している。この事件は、謎は謎のままに歴史書に書き残されることになるだろう。事件が片付いた以上、わたしがいつまでも帝都に留まっている必要はない。それに、国をいつまでも留守にしておくわけにもいかないので、わたしは一旦ウェルシーに戻ることにした。
その出発の日、ツンドラ候が本当に名残惜しそうに、
「そうか、国に帰るのか。残念だなあ。ドラゴンとは決着をつけたかったのに」
「国の用が済めば、また帝都に参ります。決着は、その時につけることができますわ」
「そうだな。急ぐことはないな。その日を楽しみに待つことにするか」
プチドラは、体を象のように大きく膨らませ、巨大なコウモリの翼を左右に広げた。左目が爛々と輝く。わたしがその背中によじ登ると、隻眼の黒龍は、ゆっくりと大空に舞い上がった。
帝都からウェルシーまでは、10日余りの平穏無事な空の旅だった。わたしがいない間、ウェルシーでも大した事件はなかったようだ。カトリーナ学院は普段のとおりだし、心配していた混沌の勢力の侵攻もなく、宝石産出地帯はしっかりと確保し、宝石の生産再開は時間の問題とのこと。
メアリーやマリアたちは、すぐにミーの町に呼び戻した。ラードの脅威がなくなった以上、いつまでも親衛隊を宝石産出地帯の守備につけておくことはない。猟犬隊でも十分対応できるだろう。
後始末としては、混沌の領域まで攻め上り、カオス・スペシャル原料植物を焼き払えば完璧だけど、そこまでする必要はないと思う。混沌の領域から原料植物を持ち出すためには、魔法使いがこっそりと山越えコースを空輸するようなことがない限り、ウェルシーを通過しなければならない。猟犬隊がウェルシー領内を掌握している限り、カオス・スペシャルが混沌の領域から外に出ることはないだろう。
一か八かの賭けに出たデスマッチは、結局、カバの口やマーチャント商会非合法取引部門と和解したらしい。今後は、カバの口の縄張りを侵犯しないこと及びマーチャント商会非合法取引部門から麻薬を購入することを条件に、これまで傘下に収めたシーフ・ギルドを今後とも継続的に支配することを認められたとのこと。デスマッチも、うまく事を運んだようだ。
わたしが帝都の一等地に屋敷をもらったという話をすると、ポット大臣は、
「ひぃぃぃぃ~~~」
と、なぜだか、いきなり卒倒した。帝都の一等地に館を構えることが許されるのは大変に名誉なことだそうだ。そんなにビックリするほどのことかどうか知らないが。
ともあれ、一応、すべて落ち着くべきところに落ち着いたようだ。麻薬の密売で大儲けしようと思い立ってからのこの話も、ひとまず幕としよう。




