動揺するキム・ラード
かなり頭にきているのだろう、ラードの顔は今や落書きと区別がつかない。こちらから何か仕掛けるなら、ラードが冷静さを失っている今がチャンス。わたしは目をそむけたくなるのをこらえながら、
「猟犬隊とギルド員の交換は認められないわ。でも、『長く誼を結び共存共栄を図りたい』というなら、具体的な内容によっては、受けてもいいわよ」
「具体的な内容だと? そんなもの、これまでのように、ウェルシー領内で我がG&Pブラザーズの商業活動を認めろということに決まっているだろう。それ以外に何があるのだ?」
「バカね。ウェルシーで商売したって、売上げはたかが知れてるわ。その程度の儲けで満足するなんて、意外と小人物だったのね。あなたとは、話をしても無意味だわ」
「バ……バカとは失礼な表現だな。この私が小人物だと? そこまで言うということは、もっと儲かる方法を知っているのだろうな。ぜひとも教えてもらいたいものだな!」
「いいわ」
わたしは内心ニヤリ、机の引き出しからカオス・スペシャルの入った小さな壺を取り出し、ふたを開けて机の上に置いた。
「これ、なんだか分かる?」
ラードは壺を手に取って、カオス・スペシャルのにおいを嗅ぎ、舌を出してごく少量を嘗め、
「なんだ? 麻薬のような気もするが……」
「よく分かったわね……じゃなかった。これは、麻薬……じゃなくて、新製品の滋養強壮剤。依存性みたいな、多少の副作用はあるけど、精神に作用し、酩酊・幸福感・幻覚などをもたらす薬物よ。しかも、卸値は、従来のいわゆる『麻薬』の半分程度。すごいでしょ」
「要するに『麻薬』じゃないか。それで、これを、どうしようというのだ?」
「あなた、それでも本当に専務取締役? この滋養強壮剤を、いわゆる『麻薬』のようなものとして、帝国全土にばらまけば儲かるでしょ。特に『麻薬』が生活必需品になっている人は、安い方を選ぶに決まってるじゃない。この滋養強壮剤を従来の『麻薬』の48%の卸値で売ってあげるから、あなたたちはそれを任意の値段で売ればいい。このウェルシー以外でね」
ラードは、カオス・スペシャルとわたしを交互に見ながら、口元をピクピクと動かしていた。ラードにとっては予想外の事態のようだ。ただ、これほどあからさまに、顔にも態度にも動揺が現れるようでは、ラードは商売人には向かないだろう。しばらくして、ラードは口を開き、
「なるほど、分かった。これは、しかし、商売に関する新たな提案だな。この場ですぐに決められないのでな。戻って社長と相談したい」
「いいわ。サンプルを少し分けてあげるから、よく話し合うことね」
ラードはスプーン3杯分のカオス・スペシャルをみやげに、ミスティアに戻っていった。




