【変わる戦い方】
昼下がり、アリアはセレミリアへ足を踏み入れた。
石畳の大通りには人々が行き交い、軒を連ねる店先からは威勢のよい呼び込みが飛んでくる。
久しぶりに訪れた街の賑わいを横目に、アリアは目的の場所へ向かった。
立ち寄ったのは、以前も買い物をした装備屋だった。
扉を押し開けると、金属と革の匂いが鼻をかすめた。店内にはさまざまな品が並んでいた。アリアはそれらに目を向けながら、ゆっくり奥へ進んだ。
棚を見て回ったあと、アリアは目当ての品を見つけて手に取った。そのまま店主のいるカウンターへ運ぶ。
「これをください」
店主は差し出されたものを見るなり、目を見開いた。
「……嬢ちゃんが、これを使うのか?」
アリアと品物を交互に見比べたあと、まだ戸惑いを残したまま会計を始めた。
支払いを済ませて装備屋を出たアリアは、冒険者ギルドを訪れた。
受付へ近づくと、書類を整理していたカリナが顔を上げる。
「アリアさん!」
その表情がたちまち明るくなった。
「お久しぶりです! しばらく姿を見なかったので、どうしているのか気になっていたんですよ」
「久しぶり、カリナさん。元気そうでよかった」
「はい。アリアさんも無事で安心しました」
嬉しそうに微笑んでいたカリナの視線が、アリアの身につけている証へ移る。
「……えっ?」
目を凝らしたあと、驚きに声を上げた。
「金章になったんですか?」
「うん。少し前に昇格したの」
しばらく信じられないように証を見つめていたが、やがて自分のことのように頬を緩める。
「おめでとうございます。初めてここで登録された日のことを思うと、なんだか感慨深いです」
「ありがとう。私も、あの頃は金章になれるなんて思ってなかった」
ひとしきり言葉を交わしたあと、カリナは話を本題へ戻した。
「今日は依頼を受けに来たんですか?」
「うん。今受けられる討伐依頼って、どんなものがある?」
「そうですね……」
カリナは並んだ依頼書へ目を向け、その中から一枚を手に取った。
「金章になったばかりですし、まずはこちらはいかがですか?」
カリナが差し出した紙には、西の森に棲みついた魔物の討伐が記されていた。
アリアは内容に目を通し、顔を上げる。
「強いの?」
「金章向けの討伐依頼としては、比較的簡単なものです。今のアリアさんなら、問題なく対処できると思いますよ」
「それなら、これを受けます」
「承りました。出発前に必要な物があれば、忘れずに準備してくださいね」
手続きを済ませたアリアはギルドを後にし、セレミリアの南門へ向かった。
大通りを抜けて街の外へ出ると、そのまま街道を進んでいく。
しばらく歩いた先で、街道から分かれる脇道に入り、西の森を目指した。
やがて前方に木々が連なり、森の入口が見えてきた。
アリアは依頼書に記された方角を確かめながら、周囲の気配に注意して森の奥へ進んだ。
足元には落ち葉が積もり、頭上を覆う枝葉が陽を遮っていた。森の中は静かで、歩くたびに乾いた葉が小さく音を立てる。
しばらく木々の間を進んでいくと、前方に少し開けた場所が見えてきた。
その先に広がっていたのは、以前にも訪れたことのある場所だった。
大きな岩のそばに傾いた木が立ち、その周囲だけ地面が浅く窪んでいる。
「ここは……」
ラゼルムと初めて出会った場所だ。
アリアは辺りを見渡した。
あのときと大きく変わった様子はない。
森の奥から何かが近づく気配に、アリアは足を止めた。
直後、茂みの向こうで枝が折れる。アリアがそちらへ身体を向けると、葉を押し分けて黒い巨体が姿を現した。
二つの頭部に一つずつある大きな眼がアリアを見下ろし、腕の位置から伸びた無数の触手がうねっている。胴の中央には、牙の並ぶ巨大な口が裂けていた。
依頼書に記されていた魔物ではない。
アリアはすぐに鑑定を発動した。
名前:ネブラギオス
Lv60 魔星種
筋力:2550
敏捷:2420
魔力:2000
体力:3300
「なんで魔星種がここに……しかも、こんなに強いなんて」
レベルだけではない。筋力も敏捷も、今の自分を大きく上回っている。
ゼノヴァルグほどではない。それでも、並の魔物とは比べものにならない能力値だった。
王都で魔星種と戦ったときは、仲間や騎士、多くの冒険者がいた。
だが、今ここにいるのはアリア一人だけだ。
ネブラギオスの触手が一斉に持ち上がり、アリアへ振り下ろされた。
アリアは数字変換を発動し、筋力と敏捷を引き上げた。続けて、隠し持っていた小さな斧を取り出し、本来の大きさへ戻すと、重量を下げて硬度を高めた。
アリアは長い柄を片手で握り、迫る触手を迎え撃った。
振り下ろされた一撃をかわしながら斧を素早く振り上げる。続けて斧を一回り大きくし、横から迫った触手へ狙いを定めて斬り込んだ。
刃が触れる直前、軽くしていた斧の重量を一気に増加させた。
鈍い断裂音が響き、斧の刃が狙った一本を半ばで断ち切った。
しかし、ネブラギオスは怯まない。
残る触手が別々の軌道を描き、アリアを囲み始めた。
包囲される前に、アリアは斧の重量を下げ、大きさも元へ戻した。そのまま地面を蹴り、一気に距離を取った。
これまでのように、自分の筋力や敏捷だけを上げる戦い方ではない。
斧の重さ、大きさ、硬さを必要な瞬間ごとに変えれば、アリア自身への負担を抑えながら威力を引き出せる。
斧の扱いに確かな手応えを感じた、そのときだった。
牙の奥で紫色の光が瞬き、アリアが異変に目を向けた直後、その輝きが一気に膨れ上がった。




