【守られてばかりじゃいられない】
白い衣が舞い、
赤黒い血の鞭が空を裂く。
ルミシェナの結界が血鞭を弾く。
だが、メルヴァリスはすぐに手首を返し、
横合いから血鞭を振るった。
「メル、やりすぎ……」
ルミシェナは一歩も退かず、
広げた衣を盾のように操る。
対するメルヴァリスは、
指先から伸ばした血鞭をしならせ、
縦横無尽に攻撃を繰り出していた。
このまま続けたら危ない。
アリアは反射的に声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って!」
アリアの声が響いた瞬間、
二人の動きが止まった。
赤黒い血鞭が空中でぴたりと静止する。
白い衣は、結界を保ったまま静かに揺れていた。
「……主様?」
「どうかなさいましたか、アリア様」
二人が同時にこちらを見る。
アリアは二人を見比べ、
不安そうに小さく息を吐いた。
「これ以上やったら、本当に怪我するでしょ。
もう終わりにして」
「承知しました、主様」
「アリア様がそう仰るのであれば」
二人は同時に構えを解く。
だが、その表情にはまだ少しだけ名残惜しさが残っていた。
アリアが周囲を見回すと、
地面には血鞭で抉られた跡がいくつも残っていた。
「はぁ……結構被害大きいわね」
「ところで、ルミって攻撃してなかったよね?」
「はい……今の私には補助的な魔法と、
防御スキルしか使用できないのです」
「今は、ってことは……そのうち使えるようになるの?」
「可能性はございます。
ですが、主様をお守りできるのなら、
私はそれで十分です」
「そうなんだ……」
アリアはそう呟いた直後、
ふらりと体を傾けた。
「主様!?」
「大丈夫よ……ちょっと疲れただけだから、
今日はもう休みましょう」
そうして三人は、黒い城館へと入っていった。
内部は、外観ほど禍々しくはなかった。
薄暗いものの、
どこか落ち着いた空気がある。
「……外よりは、普通なのね」
「アリア様が過ごしやすいよう、内装は控えめにしております」
「これで控えめなんだ……」
アリアはそう呟きながら、
メルヴァリスに案内されるまま奥へ進んだ。
用意されていた部屋には、
大きなベッドと簡素な机が置かれていた。
「本日はお休みください」
「うん……そうする」
アリアは小さく頷くと、
ベッドに横になり、静かに目を閉じた。
久しぶりに、体の力が抜けていく。
二人がそばにいる。
それだけで、少し安心できた。
……どれくらい眠っていただろうか。
外から聞こえた物音に、アリアはゆっくりと目を覚ました。
「何かあったのかな?」
アリアはベッドから起き上がり、
窓から外を覗いた。
城館の前で、
メルヴァリスとルミシェナが何かと戦っている。
「あれは……なに?」
アリアは慌てて階段を駆け下り、城館の外で戦う二人の元へ駆けつけた。
「一体何があったの?」
「アリア様、申し訳ありません」
メルヴァリスがそう言って頭を下げる。
ルミシェナは前に立ち、結界を張っていた。
メルヴァリスとルミシェナの衣には、
ところどころ裂けた跡があった。
「アリア様がお休みになられた後、
森から魔物が現れたのですが……」
「どうやら普通の魔物ではないようでして」
アリアは魔物へ視線を向け、鑑定を発動した。
バルグレオス
Lv31 獣系
筋力:72
敏捷:65
魔力:18
体力:126
特性:硬い毛皮
「かなり強いわね」
アリアはメルヴァリスとルミシェナを見た。
二人とも疲れた様子を隠せていない。
それでも、城館の前から一歩も退かず、
アリアを守るために戦ってくれていたのだと分かった。
「ルミ、下がって!」
「今までよく耐えてくれたわね。
後は私に任せて、少し休んでいて」
アリアはメルヴァリスとルミシェナに微笑んだ。
「アリア様……」
「主様、後はお願いします」
アリアは静かに魔物の方へ歩み出た。
雲が流れ、月明かりが差し込む。
その光に照らされ、魔物の姿がはっきりと浮かび上がった。
「怖いけど……今なら、やれる」
アリアはバルグレオスを見据え、
新たに得たスキルを発動する。
『差分吸収』
次の瞬間、バルグレオスの身体がわずかに揺らいだ。
アリアが狙ったのは、
筋力と敏捷の数値。
それぞれを、50ずつ下げる。
バルグレオス
筋力:72 → 22
敏捷:65 → 15
「……下がった」
奪った力が、今度はアリアの中へ流れ込む。
アリア・フェルロード
筋力:34 → 84
敏捷:38 → 88
全身に力が満ち、足元が軽くなる。
さっきまで速く見えていた魔物の動きが、今なら追える気がした。
けれど、その分だけ消耗も激しい。
動くたび、体の奥から魔力が抜けていくのが分かった。
体力の低い自分が、
あの魔物の攻撃をまともに受ければ危ない。
なら、受ける前に避ければいい。
「これなら……見える」
アリアは短剣を握り直し、
バルグレオスへ向けて一気に駆け出した。
「長引かせるわけにはいかないわ」
アリアはバルグレオスの周囲を駆け回り、
その動きを乱していく。
攻撃のチャンスをうかがいながら、
少しずつ距離を詰めていく。
バルグレオスがアリア目掛けて、
地面を蹴った。
「遅い……」
アリアは突進をぎりぎりでかわし、
すれ違いざまに短剣を脇腹へ突き立てた。
だが、硬い毛皮に阻まれ、
刃は一瞬だけ止まった。
「……それでも!」
アリアは歯を食いしばり、
強化された腕にさらに力を込める。
短剣の刃が、硬い毛皮を押し裂くように沈んだ。
バルグレオスが苦しげに吠え、
怒りに任せて爪を振るう。
けれど、その動きはもう見えていた。
アリアは身を低くしてかわし、
さらに一歩踏み込む。
長引かせる余裕はない。
魔力が削られていく感覚を押し殺しながら、
アリアはもう一度、短剣を突き立てた。
硬い毛皮が抵抗する。
それでも、今のアリアの力なら押し切れる。
「これで……!」
刃が深く入り、
バルグレオスの巨体が大きく揺れた。
低いうなり声を漏らした魔物は、
最後に地響きを立てて崩れ落ちた。




