6 夜襲のポップアップ
3歳の私は、今日も人生を楽しんでいる。
でも“パパ”と呼んだあの少年が、夜に突然やってきて……?
今日の私の運勢、たぶん波乱。
今日は一つ良いことをした気がする。
だって、ご飯が凄く美味しかったから。
ただ、スーザンのため息と小言が増えた。ご機嫌を取るのがやっかいだった。帰りの荷馬車で、ずっとテッドに文句をこぼしていた。
”お嬢様が知らない女の人なんて、急に言い出すんですよ”手に持っていたハンカチをかみしめている。マンガみたいで可笑しかったから、笑わないようにするのが大変だった。
女性の機嫌を取るのにはプレゼントか褒めることと前世で読んだ本に書いてあった気がする。そこで
スーザンに言ってみた。
「すごく綺麗に見えたから、知らない人かと思っちゃって、ごめんなさい」
そう言えばスーザンはみるみる頬を上気させて”あら、まあ~~どうしましょう”だって、面白いね。テッドはちょっと驚いた様に私を見るから、バッチリ片目をつむったら吹き出しそうになっていた。
ふふふ……いい1日だったわ。
私は満足して、寝る前のホットミルクに口を付けた。
ピコンッ!と気配がはねる。
空気がひやりと冷えて、視線を向けると、昼間の“パパ”が立っていた。
そして、また盛大なポップアップが出ているじゃん。
私はそっと目をそらした。
「はぁ~~」
逆に向こうがため息をついた。
ため息つきたいのはこっちなんだけど。つい読んじゃうのよね。ポップアップ。
なになに、今度は0:00時 夜襲!
これは……見なかったことにしたい。
できるなら、今日だけ視力ゼロになりたい。
3歳には荷が重い。取りあえず事情を聞くか……明日のご飯も美味しく食べたいから。
「パパ、何のご用ですか?今日のご予定おしゅえて」
「……パパはやめろ」
少年は少しだけ迷ってから、低く名を告げた。
「レオンだ」
「れお?」
小首をかしげると、レオンの目がほんのわずか揺れた。
「……好きに呼べ」
レオンはそう言いながらも、諦めたように小さく息を吐いた。
フードを取ると漆黒の髪が現れる。髪色に深い海の色をたたえた瞳が映える。この人めちゃめちゃ美形じゃん。やっぱり、むざむざ死なすのは惜しいわ。
覚悟を決めると真っ直ぐと彼の瞳と目を合わせた。
「れお、きょうはこれからかえるの?」
彼は私の瞳を食い入るように見つめた。まるで心の中を探る様に。負けじと、じいーっと見ているとふいにレオンが目をそらす。
やったあ!睨めっこに勝ったわ。私は勝利を確信した。
「何がある」
「んっ?」
「だから、今日これから何があると聞いている」
これは言っていいのかな?ちょっと迷った。
「えっと……一緒に連れて行ってくれるなら、おしえましゅよ」
「はぁ?どこにだ」
「れおが、いくところでしゅ」
夜襲なら、他にも死ぬ人がいる。皆まとめて助けられるかも知れない。時刻は0:00だから、まだ時間がある。
「家に帰るだけだ」
「パパのおうち!」
「パパはやめろ!」
「れおのおうち!」
レオンはそこにある私の外套をパサッと私に投げた。どうやら連れて行ってくれるらしい。
私は急いで外套を着ると、レオンはすっぽりと私のフードを頭にかぶせた。それから私を軽々と抱き上げる。
「しっかり捕まっていろ」
それだけ言うといつの間にか周りの景色が変わり、風が頬を打った。みるみる眼下に屋敷の屋根が小さくなっていく。羽もないのに飛べるの?
「風魔法だ」
私の声が聞こえたように、彼が耳元でささやいた。空には星が輝き手を伸ばせば届きそうな気がした。
「降りる」
短くそう言うと急降下で降りだして私は目が回った。これは絶対に嫌がらせだと思う。
風が止むと、いつの間にか小さな集落の入口に立っていた。
「……わざとでしゅね」
レオンは無言で歩く。
すれ違う人たちの頭上には、レオンと同じポップアップ。
(やっぱり、ここが夜襲の場所で間違いない)
さてと、どうしたものか?
キョロキョロしていると、ポップアップの出ていない人とすれ違った。
その人だけ、空気の流れが違った。
……怪しい。
集落は家が三軒しかなくて10人足らずの人しかいない。その中の一件にはいると3人ばかりの人が食事をしていた。固そうなパンとスープだ。
テッドのご飯の方が美味しいぞ。今度ごちそうしてあげたい。
奥の部屋で2人きりになるとレオンは私を降ろした。
「さぁ、満足か。で、何がある」
「えっと……今夜ここが夜襲をうけるりょ」
「何故わかる?」
多分スパイがいるんだ。さっきすれ違ったポップアップ出ていなかった人がそうだと思う。
でも誰だ?名前知らないし……
「スパイがいるりょ。さっきすれ違ったひと」
「何故わかる」
「かん」
他に説明できないしね……
レオンの眉がほんのわずかに動いた。
怒っているのでも呆れているのでもない。
ただ――理解不能、という色が浮かんでいる。
「……“勘”で済ませるな」
低い声なのに、静かな圧がある。
「でも、ほんとにかんでしゅ。だって他にしゅごい説明できないもの」
私は胸を張った。
ほら、3歳だし。説明できないなら“勘”でいいじゃないの。
レオンは額に手を当て、深く息を吐いた。
15歳とは思えないほどの疲れた仕草だった。
ちょっとだけ可笑しかった。




