4 はじめての街で、怪しい影と唐揚げ事件。
はじめての街で出会った、怪しい影。
なぜか「パパ」と呼ばれ、唐揚げを差し出されることになる。
買い出しの日、私は朝からウキウキしていた。
街に行くのは初めてだったから。
今日は市場にお野菜や魚を買いに行くんだ。
テッドが”肉屋はお嬢様には向きません”って言うから、そちらはお任せすることにした。
街へは荷馬車の後ろに乗っていく。私はスーザンの膝の上だ。
公爵家だから本当は立派な馬車があるんだけど、こんな風に荷馬車の後ろなんて、物語の始まりみたいで、わくわくしちゃう。
それに馬車は使わしてもらえなかったみたいで、スーザンは相変わらずぶつぶつ言っていた。こっちの方が楽しいのに、変なの?
街行く人々もすれ違う人々も皆楽しそうだ。市場に行くと色とりどりの野菜や果物が所狭しと並んでいた。
何だか前世で見たカレンダー写真の中みたい。素敵だわ。
リンゴも3色あるの、赤、黄、緑。テッドには一番酸っぱいのがお料理に向くのだと教えてあげた。
前世で食べた紅玉のアップルパイが食べたい。向こうには、いがいがの栗まであるじゃない。栗ご飯にモンブラン。
想像しているだけでよだれが出ちゃう。
”じゅるっ”
ま、まずいわ。レディーなんですものね。
手の甲で、知らんぷりしながらお口をぬぐった。
バレてない?
まっ、良いか。
3歳なんだしね。
お魚は良くわからなかった。前世のお魚は皆切り身だったから。丸ごと見てもわからないのよね。ただ貝はわかるわ。ホタテにハマグリ、アサリね。
後はテッドにお任せして、私とスーザンはお昼を食べることにしたの。
お店は街の人達が良く行く定食屋さん。多分貴族は来ないようなお店。
つまり我が家の家族は絶対に来ないお店。
街角までお肉を焼く香ばしい匂いが漂っていて、こんなお店にも入れないなんて絶対に人生損をしていると思う。
店先で、たれを塗った、串焼きまで売っていた。
私が立ち止まって串焼きを見つめていると、焼いているお兄さんが片目をつむってきた。
幼女にウインクしても買ってあげないからね!っていうか、ウインクしなくても買います!
……と思った瞬間、スーザンに腕をガシッとつかまれた。
「お嬢様、行きますよ!」
ずるずるずるっ。
私は串焼きから視線を離せないまま、スーザンに半ば引きずられるように店の奥へ連行された。
……く、串焼き、まだ食べてないのに。
一番奥の席に座らされると、スーザンは慣れた様子で注文を始めた。
ウェイトレスが離れると、こっそりと教えてくれた。
「お嬢様、妹のお店なんですよ」
いつもと違って、ため息なしだ。
嬉しそうな笑顔に良かったなって思うけど、でもまあ、スーザンはため息が趣味みたいな人だから、深く考えないでおこう。
まっ、良いか。
私、3歳だから、気にしてもしょうがない。
ふっと入ってきた少年が気になり顔を上げた。
ピコン!と、気配が飛んで、また頭上に数字が浮かんだ。
またあの“ポップアップ”!
見間違いじゃない。
目立たない焦げ茶のマントに、深くかぶったフード。
足音もしない。空気みたいな存在感――まさに“気配を消す”というのはこういう人のことだろう。
目の前のスーザンですら気づいていない。
少年……いや、少し背伸びした少年?
体格は細く、まだ若い。十代前半――思ったより幼い。
私がじぃっと凝視していると、彼が「おや?」というようにわずかに顔を向けた。
深い海のような青い瞳がこちらを捉える。
表情はほとんど読めないけれど、その目が言っていた。
――“なぜ俺に気づく?”
いやいや!気づきますとも!
あんなに大きなポップアップが頭の上に出ていたら!
大きな看板しょって走るタクシーみたいなものよ!
周りが気づかないのは……まあ、細かいことはいいわ。
問題はその内容だ。
【15:00 倉庫】
その数字は、ただの予定には見えなかった。
うん、どうしよう……。
――その時。
運ばれてきた大きなチキンの唐揚げに、私の心は一瞬で持っていかれた。
揚げたてで湯気が出ていて香ばしい匂いが鼻をくすぐる。美味しそう。
じゅるっ、よだれが出ちゃう。
熱々の唐揚げをフォークに刺して一口かじる。
んっ?変ね?味しない。
無意識に、もう一度少年の方を見てしまった。
お茶を飲むその頭上に大きなポップアップ。
……あ、これのせいだ。
ふぅっ~~。
――大きくため息をついて、決心を固める。
(ごはん……全然おいしくない! 気になることがあると、ご飯ってこんなに味しないのか……)
これはもう、出来る範囲で動くしかない。
フォークに新しい唐揚げを刺して、私は椅子を降りた。
トコトコ歩いて、影みたいな少年の前に進む。
フォークごと差し出す。
「パパにあげる」
少年は氷のような視線で私を見る。背筋がぞっとした。
視線で唐揚げが凍るよ!でも負けてなるものか、ご飯を美味しく食べたいもの。
「人違いだ」
立ち去ろうとする少年の足に、私はしがみついた。
「パパぁ~~~~~!!」
店内の視線が一斉に刺さる。
スーザンが青ざめた顔で飛んできた。
その瞬間、私は叫んだ。
「助けて! 知らないおばさん!!」
スーザンの顔が一瞬だけ強張った気がした。
スーザンには悪いけど……ごめんね。
多分またため息が増える。
でも今は仕方ない。
少年が素早く私を抱き上げる。
すかさず私は耳元で囁いた。
「2じのほうこうに、ひとり。
11じに、ふたり……。
……そうこは、16じ。わかりゅ……?」
かんだ。
焦ったから許して。
少年は驚くように、まじまじと私を見つめた。
その青い瞳に、初めて“感情”が灯った気がした。
「……魔法を使うのか」
私は首を振る。
まだ使ったことなんてない。
「お嬢様!」
スーザンの声。
振り向くと、妹さんらしき女性と一緒に立っていた。
――あ、そうだ。誤解を解かないと。
「スーザン……おもいだしゅた」
手を伸ばすと、スーザンはほっと息をついた。
……振り向いた時には、もう少年の姿は無かった。
まあいいわ。
やるべきことはやったんだから。
これで、ご飯もおいしく食べられる。




