2 人生を狂わせる予兆は、庭から始まった。
――ルリア・フォン・アストリア、公爵家の令嬢。
それが私。
先日3歳の誕生日を迎えたばかりだ。
誰も祝ってはくれなかった。家族はちゃんといる。私を含めて5人家族だ。
両親に兄12歳と姉8歳。兄も姉も小さい妹には興味がなかった。
兄は勉強に忙しく、姉は両親の興味が妹にいくのを嫌がった。
兄の灰銀の髪とスレートグレーの瞳は父そっくりで、12歳とは思えないほど落ち着いていた。
姉は母と同じ金髪に緑の瞳で、8歳にしてすでに小さな淑女みたいだった。
熱を出して寝込んでいた時に前世と思われる、鮮明な記憶を思い出した。
どちらかというとその記憶の方が強い。
3歳までの記憶なんて霞のようなものだわ。
そしてピンときたの。ここは異世界。
そうなると、まずはお勉強しなきゃって。前世で読んだ本では大抵、お約束でしょ。
スーザンに頼むと、読めもしないのにと、とびきり分厚くて難しそうな本を数冊持ってきてくれた。
「建国歴史」「薬草図鑑」「魔法の書」
興味津々のタイトルばかりだ。
3歳なのに何故読めるかって?それは前世でちゃんと大学まで出ているからですよ。
……たぶん……
だからここ数日は本を読んで過ごしているんだけど、気になることがあった。
窓から外を眺めていると庭師のおじいさんの頭の上にアニメの吹き出しみたいなのが現れているの。他の人にはないのに。
あれは何かしら?じっと見ているけど目の錯覚ではなさそうだし。
「ねえ、スーザン。お庭にいりゅおじいさんの頭の上に何か見えない?」
スーザンは首を傾げた。
「何も見えませんよ」
”あら、熱のせいで幻覚症状まで現れたのかしら……”なんてぶつぶつ言っている。まずいわ、幻覚症状なんてイヤだもの。お医者様やお父様の冷たい視線は好きじゃなかった。
「ううん、何でもないの。お庭に出てくりゅわ」
そう言うと目の前の庭に出て行って、おじいさんを追いかけた。
「すみません。お聞きしたいのでしゅが」
3歳なので上手くしたが回らなかった。
「これはルリアお嬢様。何かご用ですか?」
近くで見ると頭上のポップアップには”16:00 心臓”と出ている。
う~ん心臓だけじゃわからない。
もしかしたら心臓発作?やばいよねそれだと――私じゃ直せないし――。どしよう……
「あの、これから何処かへ行かれましゅか?」
「ああ、今日は、これから池の掃除ですが」
池? 庭の奥にそんなものがあったなんて、知らなかった。
今日はまだ雪が残っている寒い日だ。
そう言えば前世で、おばあちゃんは雪かきをして心臓発作を起こしていたように思う。
公爵家なのに、こんなに寒い池をおじいさんが1人で掃除するなんて……。
前の世界じゃ絶対に労災案件よ。
「すみましゅん。今日は17:00までわたしとあしょんでくだしゃい」
「あっ、しかし……それは……」
わたしは思いっきりおじいさんを指さした。
「めいれいでしゅ」
おじいさんは困ったように微笑んだ。
まだ時刻は13:00だと言うのに、これから子供の相手だからね。
それからおじいさんに温室でお花を摘んだり世話を教えてもらったりした。
お花の名前を覚えようとしたけど、3つ目で眠くなった。
土の匂いってあったかくて好き。
迎えに来たスーザンに、花占いをしたら、おじいさんに池を掃除してもらうと不吉だと出たからだめだと話した。
若い人なら吉だったわ。と念を押しておいた。
帰る頃にはおじいさんの頭上のポップアップも消えていて、ほっと一安心だった。あれは何だったんだろう?
まっ、いいか。
この世界にはまだまだ知らない事がいっぱいあるんだわ!
次の日外を眺めていると、目の前を飛び立った小鳥にポップアップ。”猫”
すると、目の前を横切った猫が飛び上がり小鳥をキャッチ。
げげっ、そう言うことなの?もしかして……
庭から目を背けた。
前の世界でも、こういうのは助けられなかった。自然の摂理には、誰も逆らえない。
人の頭上に現れたポップアップ。これから、それを見たときに、無視できるのだろうか……
無理だわ、きっと。
このときはまだ知らなかった。
このポップアップが、私の人生を面倒くさくするってことを。




