17 光の当たらぬ場所で生まれ、影として死ぬはずだった者たち
影の定めが、わずかに揺れた。
小さな手が、その闇に初めて触れたからだ。
「レオン、ちょっといいか」
珍しく屋敷に戻ってきたと思えば、ケルンが声をかけてきた。
その様子からただならぬ気配を感じ、黙って頷く。
案内された部屋には、さっき出かけた全員が集まっていた。
「どうした。報奨金の分配が心配か?」
「レオン、俺たちそんなものはいらない。姫様に命を救われたって思ってるからな」
「なら、なんだ」
ケルンが、言いにくそうに口を開いた。
「姫様って……危なくないか?」
「危ない? どういう意味だ」
「俺たちにってことじゃなくて、外に連れ出さない方が良くねぇか」
ケルンの言葉に、全員が一斉にうなずいた。
こいつらは今でこそこうして身を寄せ合っているが、本来、影というものは群れる生き物ではない。
里にいた頃、影は“人”として扱われていなかった。
仲間と口をきくことすら禁じられ、闇に紛れて命じられたことだけをこなす。
名を呼ばれることもなく、失敗すれば土に埋められ、成功しても誰にも知られず、死んでも誰も気づかないような生き方だった。
……だからこそ、あいつらはルリアに弱い。
初めて“名前”を呼ばれ、
初めて“飯”をもらい、
初めて“生きて帰ってこい”と言われた。
光の当たらぬ場所で生まれ、影として死ぬはずだった者たちにとって、それは奇跡みたいなものだ。
ひとりの小さな姫によって、その運命は静かに揺らいでいる。
だからこそ、あいつらは怯えている。
ルリアが外に出て、その異端な力のせいで、また誰かに奪われるんじゃないかと。
あの鉱山の裏で動いていた連中を思えば、なおさらだ。
「あの“お告げ”、半端ねぇよな」
クーガが言えば、脇からジャックが口をはさむ。
「とぼけた顔して言うことは的を射てたぜ。今日はマジでビビった」
「そうさ。姫様が言った通り、南の入り口と西の坑道には爆弾が仕掛けてあった。安全に通れたのは正面だけだったんだ」
ウィズが相槌を打つ。
そうだった。ルリアが指した通り、南と西は罠だらけだった。
しかも、地図上で彼女が示した場所に、まさしく6人が捕らわれていた。
それどころか、鉱山までのルートも“最短”だった。
誰も知らないはずの隠された鉱山。噂だと思っていたのに、実際に存在していたとはな。
……親方が隣国に逃げたという噂も、あながち嘘ではなかったのかもしれない。
さらにウィズが見つけた、あの認識阻害の魔道具。あんなものまであの子は予見していたのか。
ルリアがいなければ、あんなに早く辿り着けるわけがない。
場所の特定だけで何日もかかる。安全確認、人の出入りの調査、囚われている場所の確定……普通なら数ヶ月はかかる仕事だ。
それなのに、わけのわからないことをつぶやきながら、あれよあれよという間に話を決めて動いた。
鮮やかな手際と言いたくもなる。
しかも、1人の怪我人も出ていない。
なんなんだ、一体あの子は……
まだたった3歳だろ?
皆が崇めるのも分からなくはない。
しかし――あのわけのわからない言動は……
「あいのとうひこうでしゅ」
舌ったらずのルリアの声が頭の中によみがえる。
思わず頭に手をやった。ロマンスがなんとかかんとか言っていたな。
ああ、やはり人前に出すと余計な騒ぎになる。まずいな。
「人前には出さない方がいいな」
「レオン。悪い意味で言ってんじゃないだろうね?」
クーガが心を読んだように言ってくる。うっとうしいやつだ。
「まだ小さい。気をつけてやれ」
「小さいのにすげぇよな。やっぱ女神さまの子なんじゃねぇか?」
「明日はごちそうらしいぞ」
「そうだ、パーティーやるって言ってたからな」
「姫様のめし、うまいからなぁ〜」
「楽しみだぜ」
いつの間にか、ガヤガヤと楽しそうな雑談が始まった。最近は仲間同士で話すことが増えた。
以前はお頭に、お互いへの接触を禁じられていた。
“任務は他言するな。どこから漏れるかわからないからな”
そんな理由だった。思えば、自分の都合のいいようにみんなを動かしたかったんだろう。
今考えれば、俺は完全に目の上のたんこぶだったんだろうな。
里にいた頃の暗い雰囲気も、任務のプレッシャーもなくなり、みんな明るくなった。
不思議なものだ。
部屋を後にするとき、遠くで影たちの声が響いた。
「明日のパーティー、肉あるかな!」
「姫様のスープ、また飲みてぇ!」
「おれ、あの甘いやつ3杯いける!」
「おれ、もう寝る!腹減った!」
(……寝るのか腹減ってるのかどっちだ)
……こいつら、本当に単純だ。
さっきまで“姫様は危ない”だの“外に出すな”だの言っていたくせに、
今はもう飯の話で盛り上がっている。
俺は思わずため息をついた。
(……餌付けされてるだけだろ、これ)
ルリアが作る飯がうまい。
それだけで、影たちは尻尾を振る。
……やっぱりあいつらは犬だ。
俺は思わず頬が緩み、小さく笑った。
影たちの笑い声を背に、ルリアの様子を見に部屋へ戻る。
ルリアは布団をはねのけ、丸くなって眠っていた。
風邪ひくだろう。はねのけた布団をかけてやる。手のかかるやつだ。
でも、その寝顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……守らなきゃな)
不思議な気持ちを胸に、影たちの笑い声と共に夜は更けていった。
――影の里の無縁仏に立つ、古い墓標。
誰も訪れることはない。
一陣の風が吹き、墓標は砂の夜へと巻き上げられていく。
刻まれていた幾重もの記憶も、風とともに宵闇へ消えていく。
名を持たず、声を持たず、
闇に紛れて命じられ。
失敗すれば土に埋もれ、
成功しても誰にも知られず、
生きた証は風に消える。
光の当たらぬ場所で生まれ、
影として死ぬはずだった者たち。
だが――
その悲しい運命に、触れた小さな手があった。
守りたいと思った気持ちが、そっと胸に灯る回でした。
次は、彼らに少し光が差す場面になります。




