14 事件名は『愛の逃避行』
3歳児名探偵、ついに“壁一面の捜査ボード”を作り始めます。
『あいのとうひこう』
――今回の事件名である。
前世で見た刑事ドラマでやっていた、あれだ。
ドアに事件名を張り付ける。それから壁にペタペタと貼っていくんだ。
さすがにお屋敷の部屋のドアには貼れないから、鏡台の横の壁にしたの。この横に写真ならぬイラストを貼っていく予定。
私がレオンに言って壁に貼ってもらった。レオンは呆れたように私を一瞥した。
この世界には写真がないから、絵を描くしかない。そこは調査した影たちに描いてもらうんだ。
皆の腕が試される。
――絵を描く腕のほうだけど。
心の中で計画を立てていく。
まずは情報の整理から。
6人とも仕事から帰ってこなかった。心配した家族が翌朝、騎士団に届け出る。それから個人でギルドに捜索依頼が入ったというわけね。
さすがに騎士団で浮気の調査はしないわよね。ましてや平民相手ですもの。
6人は一緒にいる可能性が高い。
きっと、「赤信号、みんなで一緒に渡れば怖くない」
――そんな中学生のノリだわ。
「れお、街の地図が欲しいの。郊外も描いてあるやちゅね」
レオンがすごく疲れた顔をして街の地図をテーブルに広げてくれた。
「姫様、御用があれば我々も手伝います」
そう言って部屋に入ってきたのはお屋敷に勤めている影たちだ。レオンよりもずっと素直で役に立ついい子たちだわ。
「もちろん、たよりにしてましゅよ」
私は喜んで親指を立てた。
地図を眺めていると、どうしても気になるポイントに目が行く。郊外の山のふもとだ。
愛の逃避行には少し寂しいと思うんだけど。ほとぼりが冷めるまで隠れるつもりね。私の目はごまかせないわ。
「ここを調査しましゅ」
私が地図上の一点を指すと、レオンが驚いたように私を見る。
「なぜだ」
短くそう言うと、地図をしげしげと眺めた。クーガも食い入るように地図を見ている。どうやら私の勘は捨てたもんじゃない。
「……レオン。ここ、ヤバくねっすか?」
クーガのいつもの軽い声から、スッと温度が消えていた。
「ああ……」
レオンがひどく重く、忌々しげに頷いた。
やばい?
どうしてなのかしら?
もしかしたらきれいなお姉さんたちが住んでいるところなのかもしれないわ。
「行ったことがあるでしゅか?」
「いや、噂だけだな」
そして私は皆に紙とペンを渡した。
「いいでしゅか、絵を描くでしゅよ」
まずは街の出口から横にある細い道を指した。
「ギンはここの絵を描くでしゅよ。ここは出会いの場でしゅ。手と手を取り合うのでしゅ」
そこから赤い線を引いて、山へ続く途中、小高い丘のところを指した。
「ジャックはここの絵を描くでしゅよ。ここで夜景を見ましゅ」
そして最後に山のふもとに大きく丸を付けた。
「ここで愛を誓いましゅ。クーガがここの絵を描いてくだしゃい」
「なぜ絵がいるんだ」
レオンがつまらなさそうに言う。
「そういう決まりでしゅ」
私の言葉に、影たちは困ったように顔を見合わせた後、おとなしく机に向かった。
凄腕の暗殺者たちが、大きな背中を丸め、小さな紙とペンに悪戦苦闘している。剣を振るうよりも、ずっと難しい任務みたいね。
「……姫様、できました」
しばらくして、皆が疲労困憊といった顔で紙を提出してきた。
私は壁に地図とみんなの描いた絵を貼った。我ながらいい仕事をしている。でもはっきり言ってみんなは絵が下手だった。
ほとんど記号みたいで、ギンの絵は汚れにしか見えない。
前世で見た写真が懐かしい。
これは、みんなにお絵描きの時間を設けなければならないと痛切に感じた。やれやれだわ。
「では、明日、現場に向かいましゅ」
私が言うと、レオンがバンッ! と大きな音を立てて机に両手を突いた。
突然のことに、みんなが弾かれたように顔を上げる。
「ここはダメだ」
いつもの呆れた声じゃない。地を這うような、低く冷たい声だった。
私は思わず皆の頭上を確認する。誰の頭の上にもポップアップは出ていなかった。
と、言うことは、危険というよりは都合が悪いと考えるべきよね。
「なぜでしゅか?」
「危険だ」
「れおがいるからだいじょうぶでしゅ。それに依頼はもう受けましゅた」
「依頼は出来高だ。失敗しても、出来なくても損はない」
「姫様、ここはまずいっすよ」
クーガまで言う。そう言われれば余計に行きたくなるのが人間の心理よね。
「任務終了したら、皆でごちそうパーティーやりましゅ。参加したい人は手を挙げてくだしゃい」
レオン以外の全員が手を挙げた。
ふふふ………得意げにレオンに視線を投げた。
決まりね。
今日は名探偵ごっこが絶好調でしたね。
明日はついに“あの場所”へ向かいます。レオンの反応の理由が少しだけ見えてきます。




