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二十五重の塔  作者: quiet
23/24

23 そのうち



 心配しなくても、そのうち色んなことがどうでもよくなる。





 コンビニに来る客は、いつも不思議の国に迷い込んだみたいな顔をしてる。

 今更かよ、とおれは思っている。


 とは言っても、そこからの行動に「全員こうする」って言えるほど画一的なものはない。色々だ。たとえば、懐かしさに号泣を始める奴もいる。大体それなりに年のいったおっさんおばさん婆さん爺さんで、おれは敬老精神を発揮して慰めてやる。このパターンはすごく楽で、大体がおれに好意を持つようになり、食い物とかをくれる。


 面倒なのは、とりあえず中に入ってきて、とりあえず食い物を食ってみるという奴。店の中にあるもんは勝手に食うな、というところから始めなきゃならない。場合によっては襲い掛かられることもある。こんな奴交流に寄越すな、と派遣元の団体には猛抗議したいところだが、悲しいかな、こういう奴を派遣してくる団体は、そもそもそういう抗議を受け入れらるだけの懐がない。その場で一から交流ということになる。面倒だが、意外と勝率は高い。


 おれたちと同じくらいの年齢の奴らが、一番神経を使うかもしれない。


 まず、コンビニを見たことがあるかって話になる。見たことがなければ、おれは未知の大地のツアーガイド。見たことがあれば、テーマパークの案内人。どっちかを何となくリアクションで見極めて、時には声を掛けてやらなくちゃならない。で、声を掛けると向こうからすればおれは「声を掛けていい人」になる。根掘り葉掘り訊いてくる。自分のやっているところならともかく、百羽とか一乃さんが担当しているようなところは、おれにはさっぱりわからない。知らん、と言ってやりたくなる。


 そういうわけにはいかない。

 この〈塔〉におれたちと同年代の奴らがやってくるとき、そこに組織的な背景があるなら、それなりに頭の回る人間が、そいつらを外交官にするつもりで送り込んできているから。


 背景がないなら――


「おつかれさまでーす。あ、また夜勤だったんですか」

「おー。おつかれ」

「働き者ですよねえ、志杖先輩って」


 こんな風に、そいつが後輩になることだってあるから。


 引継ぎ用のノートを後輩に渡して、バックヤードへ。前までなかった制服は、後輩たちの強い希望で導入されて、なぜかコンビニのそれよりもアニメとかドラマで観るような制服に似ている。そろそろそういう年でもないんだけどな、と思いながらロッカーの前で着替える。二十五階のカフェに勤務先を変えようか。いや、母親と同じ職場は流石にちょっと気持ち的に厳しいものがあるかもしれない。


 家業みたいなものだと思えばアリか?


 どうでもいいことを考えながら、扉を閉める。暇そうにカウンターに座っている後輩に、もう一度挨拶する。あ、とそいつが言う。


「芳尋堂さん、帰ってきたらしいですよ」





「いや。一時帰宅だ、またすぐに出る」


 窓の向こうに、青い空が広がっている。

 そんな開放的な廊下で出会ったあずきは、いかにも忙しくて家庭を顧みることができていない働き盛りの職業人みたいな台詞を吐いた。メロドラマの再放送で見た。


 聞けば、忘れ物をしたから取りに来たというだけらしかった。

 それで、夜勤明けで部屋に戻ろうとしたおれと、四階でばったり遭遇したというわけだった。


「埒が明かないんだ。あの石頭ども」


 すぐに出る、と言った割には、あずきは落ち着いたものだった。

 腕を組んでいた。廊下の壁に凭れ掛かっていた。溜息を吐いていた。


 それで、おれに話しかけていた。


「芳尋堂一族?」


 相槌の問い掛けに、あずきは頷いて、


「どうしてああ聞きわけがないのか、全くわからん。政府系の中でも相当面倒な集団だ。下手に俺と繋がりがあるせいで、毎回あそこで調整が難航する」


 ここ数日、あずきは〈塔〉を下りていた。


 向かった先は、芳尋堂一族。おれは流石に行ったことがないけれど、話を聞く限り百羽の実家よりもでかい屋敷があって、そこで会議だか、会議の後処理だかをやっているらしい。


 外向きの仕事だから、正直おれも、具体的に何をやってるかは知らない。


「大変だな」

 が、こういう一般的な心の慰めくらいは口にできる。


 本当だ、とあずきはもう一度溜息を吐いた。はは、とおれは笑ってやった。そうしたら、ふ、とあずきも口元を緩めた。


 ところで、


「そっちも変わりはないか?」

 と、あずきが訊いてくる。おれは最近あったことを思い出して、


「そんなにだな。何人か新しいのが入ったけど、大体おれが夜勤で一緒に見てるから、問題ってほど問題も出てねーし。強いて言うなら、最近は入ってくるのが多くて出てくのが少ないから、それかな」

「大所帯になりすぎると、まとめるのが大変か」

「てか、シフトが楽になるから。シフト入ってる時間が減るってことは、自由時間が増えるってことだろ。その時間で何するかわかんねえ」


 ああ、とあずきが納得してくれる。


「四人のときは別に揉め事もなかったけど、これからどうなるかはわかんねーし。まだ本格的に計画してるわけじゃねーけど、別の店やってみたいって奴もちらほらいるし。〈塔〉がどのくらい外部に開くかとかもあるけど、まあ、そんな感じ」

「……いいな」

「何が」

「毎日が文化祭みたいで」


 おれは口を四角くして、あずきの言葉に呆れる。

 あのなあ、とおれは言う。


「働いてんの。真面目に」

「制服も可愛いし」

「欲しけりゃ仕立ててやるよ。実家に着てけ」

「俺なんか、実家に帰ったら顔も知らない相手と婚約させられそうになってるんだぞ」


 びっくりした。

 思わず言った。


「ラブコメじゃん。あずきの好きな」

「いや……ちょっと、人に決められるのは」


 大丈夫だろ、とかおれは適当なことを言った。

 前にあずきが観てたアニメもそんな感じで始まってたじゃん。それにあずきが言う。いや……アニメで観るのと現実でやられるのはだいぶ違うというか……。はは、とおれは笑った。


 そうしたら、あずきはおれをじっと見つめてきた。


 で、ぐいっと抱き寄せてきた。


「うおっ」

 どした、とおれは訊く。恋人のふりして婚約断るやつか。いや、とあずきは答える。


 それも面白そうだが、と続けて、


「忘れないようにと思って、たまにはな」


 なんだそりゃ、とおれは言う。

 ふ、とクールにあずきは笑って、去っていく。


 変な奴、とその背中を見送る。


 そのときふと、窓の外に一本、糸が遊んでいるのを見つけた。





 たまに見かけると、自分のポテンシャルを最大限に発揮した場所にいる。

 たとえば、〈塔〉の外壁とか。


「おす」

「お」

「珍しいな。冬なのに」


 風が、結構な強さで吹きつけていた。

 夜勤明けの時間帯だから、まだそこそこ朝は早い。おれと同じどころか、おれよりもずっと寒いのが苦手な窓架がそうしているのが不思議で、ふっと足がこっちを向いた。


 見渡す限り、ほとんどが空。


 ちょっと踏み外したら流石にそれなりのダメージを負いそうな、地上何千メートルの高度に位置する〈塔〉の頂上に、窓架は寝っ転がっていた。


「まあね」


 ぽん、とその手が腹のあたりに動く。あ、とおれは声を上げる。見覚えがある。


「それ、断熱のやつか」

「当たり」

「あったけーの?」

「あったかいっていうか、関係なくなる。普通に体温が保存される感じ。恒温動物って、こんな感じかも」


 おれもそれ持っとこうかな、と言ってみる。やだよお揃いじゃん、くらいのことを言われるかと思ったが、そんなこともなかった。窓架は言う。いいんじゃん。


 何を見ているんだろう、と隣まで行って、視線の先を追ってみた。

 特に、何もない。


「最近、何かあったか?」

「何その質問」

「さっきあずきと会ったから、ついでに」


 へえ、と気のない返事を窓架はする。帰ってきてたんだ。


「知ってたけど。地上に降ろしたり引っ張ったりしてあげたの私だし」

「あ、そうか」


 最近はねえ、と窓架は親切にも答えてくれた。

 そういうエレベーター役とか、友好団体相手に通信網通すのに出張に行ったりとか、そんな感じ。そう言いながら、指先で糸を弄ぶ。それをじっと、自分で見つめている。空を見ていたわけではないのかもしれない、と思った。


「ま、」

 と、窓架は続けた。


「普通かな。別に、面倒な役やらされてるわけじゃないし。平穏といえば平穏」

「そっか」

「でも最近、出ていこっかなーとは思ってる」


 ぎょっとした。

 窓架の方を見る。おれの反応を窺っていたらしい。ばっちり目が合う。


 けろっとした顔で、


「そんなにびっくりするようなこと? あずきと百羽もそうだけど、外に出てばっかりで〈塔〉にいる方が珍しくなってきたし、今更じゃん」


 それは、言われればそのとおりだ。

 とは、ならない。


 外出が多いのと、本格的に出ていくのには、大きな差がある。

 のだけど――


「……そうか。まあ、確かに最初の頃、窓架って『旅してる』って言ってたしな」

「うわ。よく覚えてたね。私の初期設定」


 まあね、と窓架は言う。


 セクシーお色気キャラでやっていこうとしていた頃――とは言わないが、おれたちと出会う前の頃。行ける範囲を転々として、住処を探していた。あの頃はどこに何があるかわからず非効率的だったけれど、最近は大体の勢力図もわかってきた。


「再開してみるのもアリかなって。結構、顔も売れてきたし」

「売れたら潜り込めないんじゃないか」

「だから、今度は堂々と行くっつってんの。ダメならまた本燃やす」


 燃やすな、とおれは言う。

 それ以上のことは、特に言えない。


「玲ってさあ、」


 そうしたら、窓架が言った。

 おれの顔を見ながら、ばっちりと目を合わせながら。


 糸を飛ばしてきて、引っ張って、


「うおっ」


 死ぬ、と思った。

 そのまま転ばされたから。


〈塔〉の表面はまあまあ平面的だけど、おれだって流石にビビる。ちょっとした木登りとはわけが違う。床というか、壁に両手を突く。ビビりすぎて、何ならちょっと蛇の鱗が表面に出る。おい、と窓架に文句を言う。


 窓架は、倒れ込んだおれの背中に片手を回して、「私は関係ない」みたいな顔で、空を見ている。


「凛そっくり」

「……人の母親の何を知ってんだよ」

「たまに二十五階で会ってコイバナとかしてるし。教えてあげよっか、玲の誕生秘話。詳細に」


 要らねーわ、とおれが言うと、けらけらと窓架は笑う。

 それから、ふっと呟くように、


「あんまりワガママになられるとイラつくし、便利なのが取り柄だから取り柄もなくなるけどさ」

「おい」

「でも私、あのとき玲が反対するなら、一緒に反対してあげたよ」


 すごいことを聞いた、と思った。


 おれは倒れ込んだまま、窓架の方を見上げた。窓架は、自分の顔が下から見られるってことに全く抵抗がない。平然とした顔で、おれを見返してくる。


 ぽん、と背中を叩く。


「ま、〈塔〉がこれから本格的に失敗してぶっ壊れることになったら、連絡しなよ」


 縁起でもないことを言って、微笑んだ。


「良いとこ見つけてたら、『こっちにおいで』って教えてあげる」





 寝て起きると、また夜が来た。

 当たり前のことすぎて、何の面白みもない。


 冬だ。しかも寝起きがいきなり夜。暖房を点けっぱにはしているけれど、なかなかすぐには起きがたい。手元のスイッチで先に部屋の明かりだけを点ける。これが実は、いきなり眩しくてあんまり好きじゃない。一時期間接照明を試してみたこともあるが、あれはあれで全く起きる気がしない。


 手元で端末を弄りながら、昼勤に切り替えてえなということを考えている。シフト表を眺めながら、夜行性の奴らの中でバイトリーダーをやってくれそうなのが誰かいないか考えている。できれば屈強で、おれがいなくても荒くれ者の来店に対応できて、かつ社交的で、夜間に来がちな化け物サイドの要人対応もそつなくこなせて、寝ているおれの端末に連絡を入れてこない奴がいい。


 そんな奴はいない。

 もうしばらくは、昼夜逆転生活。


 コンビニの婆さん――一乃さんってすごかったんだなと思いながら、おれはようやく伸びをして、身体を起こした。


 高度の問題もあってか、暖房を点けているのにそれなりに寒い。上に一枚羽織る。もっと良い冬服を用意しようかな、と思っている。その上、冷蔵庫を開く羽目になる。もはや極寒と言ってもいい。


 何もない。

 綺麗に空っぽだった。


 一応、冷蔵庫の外に食パンとコーヒーくらいはある。いつもだったら、これを摂ってから職場に降りていって、休憩時間に何かしらそっちで食ったりする。が、今日は休日だった。ただ生活リズムを壊さないように、壊れたまま直らないように、いつもの時間に起きただけの。


 休日くらいちゃんと料理して、それなりのものを食べたい。

 行くか、と思った。


 もう一枚上に羽織る。冷えは足元から来るものだから、靴下も履いておく。財布と買い物袋を手に、鍵を持って、外に出る。


 そうしたら、いた。


「あ」

「お」


 ちょうど向こうは、帰ってきたところらしかった。


 ちゃんとした格好をしている。学生の頃は、一度も着ているところを見たことがなかった服。久しぶりとか、隣の部屋に住んでるのにとか、そんな話をしながら、おれはふと思う。


 そういや、あの冬服を取りに行った家は、今はどうなってるんだろう。


「今から仕事?」

「いや。今日は休み。冷蔵庫に何もなかったから、買い物だけ」


 そっか、と言った。

 買い物か、とおれの手元を見た。


 だからおれは、察して言う。


「飯、まだか?」

「まだ」

「じゃ、なんか食うか」


 疲れてなかったら、と付け足す。


 疲れてないわけがないのに、百羽は「うん」と頷いた。



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