02:訪れた転機
苦手といえる原因を作ったのは実父だった。母やラクヒ達姉弟に対して優しさを見せることなく、顔を合わせれば露骨に表情は歪められ、事あるごとに罵倒の言葉を発せられる日々。記憶を掘り起こしたとしても、幼少期から父の笑顔を見たことがなかった。その所為か、大人の男に対して畏怖し、同年代に至っても近寄ることを厭った。血の繋がった弟だけは母や姉を想う真っ直ぐな子に育ってくれたので、唯一普通に接することができる。だからリュカやヒオドシに対しても打ち解けるまでにかなり時間がかかったし、いまでも自分から話しかけることを時折躊躇ってしまう。
だからこそ、ギルドの男女比はラクヒにとって重要であった。パーティーの半数が女性であればまだなんとかなっただろうが、男性一択ともなれば絶望的だ。
「わたし、男の人苦手だって言ったの忘れました?」
「あれ、そうだっけか?」
「…リュカさん。初めてご挨拶した時、わたしが中々目を合わせないし、だんまりだからって執拗に話しかけてきたの覚えてないんですか」
「あー! あったなそんなことも」
懐かしいわー、と当時を思い出してけらけら笑うリュカに、ラクヒは「こっちは笑い事じゃなかったんですからね…」と溜息をつく。
「リュカさん目つき悪いからほんと今でも心臓痛くなるんですから……」
「お前喧嘩売ってんのか」
「売ってませんから、そんな睨まないでくださいよ。リュカさんは外見と言動が違ってたから、なんとか打ち解けることができたんですし…」
「……それ、喜んでいいことなのか?」
「もちろん。わたしにとって、異性の友人はリュカさんが初めてなんです」
言葉尻が小さくなってしまうのは、仕方ない。ラクヒにとっては言葉通りリュカは初めての異性の友人なのだ。日本で暮らしていた頃は男女共学の高校に通っていたが、男子との不要な接触を避けるように部活に励むことなくアルバイトに明け暮れていた。
だが隣人となれば遭遇率は高く、リュカは顔を合わせる度に世間話を交え、そして暇さえあればラクヒを様々な場所へ連れ出した。異世界に越してきたばかりで勝手も分からなかった彼女は、リュカの兄貴肌に助けられたといっていい。
「リュカさんや、ヒオドシさんのギルドの人が、決して悪い人だとは思いません。だけど、わたしの根本的な苦手意識のせいで、周囲や、この話を勧めてくれたリュカさんにも迷惑をかけることはしたくないんです」
「……だったら、出発地点を変更すればいいだけの話だろ。心配すんな」
お断りの返答に対して、リュカから返ってきたのは納得の意ではなかった。そんなことは問題ない、というような言葉にラクヒは首を傾げてしまう。
「…はい? どういうことですか?」
「俺なら平気なんだろ」
「えっと……?」
「友人の俺とだけなら、お前の心配事はないってことだろ? 周囲を意識する必要もねーし、気兼ねなく接せれるし問題ないってことだ」
「…つまり?」
「パーティーじゃなくて、俺と相棒を組めばいいってだけ」
ラクヒは口の中で「ばでぃ…」と反復して、困ったように眉根を寄せる。確かにパーティーではなく、リュカ単体であれば余計な心労もなく気兼ねすることも少ない。ギルド内で他のメンバーに絡まれてもおそらくリュカが取り計らってくれることも予想がつく。これは一世一代のチャンスかもしれない、と思いつつもやはり不安が拭えない。
「でも、リュカさんがパーティーを抜けたらまずいんじゃ……」
「別に問題ねぇな。そもそもお前の為にパーティー組もうかと思案しているだけで、まだパーティー自体ないんだ。俺単体で仕事受ける方が多いし。それにもし俺が他で必要になっても、大抵は同レベルの奴に頼めばいい話だしなー。だから俺と相棒組んで、ちょっとずつギルドに慣れていけばいいんじゃね? そんで周りと歩み寄っていけばお前の苦手意識も改善されていくかもしれないし、悪い話じゃねーと思うんだよ」
「うん…」
「じゃあ、決まりだな!」
嬉しそうに破顔するリュカは、サインを急かすようにペンを差し出してくる。それを受け取ったラクヒは名前を記入しながら、ぽつり呟く。
「ど素人だから、迷惑かけると思いますが……よろしくお願いします」
記入を終えて書類とペンをリュカの前へと滑らせれば、溜息が聞こえたのでラクヒは顔をあげて彼を見る。どこか不服気な表情をするリュカに、ラクヒはどきりと心臓が跳ね上がる。
「(顔怖すぎる…!!)え、あの、リュカさん……?」
「素人なんだから迷惑かけて当たり前だ。最初から期待なんてしねぇ。だから沢山失敗して沢山迷惑かけろ、そんで学んでけばいいんだよ。お前ができねえことを俺はサポートするのが役目なんだからさ。わかったか?」
「わ、わかりました」
「よし! わかればいいんだよ」
にっと満足げに笑ったリュカに、ラクヒはほっと胸を撫で下ろしてカフェモカへと口をつけた。明日には職場に退職の話をしなければと思いながら、訪れた転機に彼女はほんの少し心躍らせていた。