32 現神が降臨した
いくつもの移動床を乗り継ぎ、形のないエレベーターで降下し続け、ブリュンヒルデ姉様に連れられた私は、神殿の最深部へと向かいます。
どうでもいいんですけど、この辺りの旧文明技術、もはや隠してませんよね。それだけ過去を知らされていない人間が、入って来ていないという事なんでしょうけど。
「さぁ到着、ここよ。どうぞ」
「う……わ」
空間がねじ曲がるようにして開かれた先は、どこまでも広がる闇色の中で小さな金銀が光輝く、まるで宇宙を思わせる広大な場所でした。
「……すごい」
「ふふ、現神が好きだったのよ。どれほど文明が発達しようと完璧には解明できなかった世界だから、興味を惹かれるのかしらね」
祭壇のような仰々しいしつらえもなければ、高度な旧文明の機械も見あたりません。ですがだからこそここは途方もなく、さだめし世界の最果てのように感じられます。
――が。
「あっ」
「え? ――えぇ?!」
「あらまぁ」
その場に圧倒されていた私は、私達から少し離れた場所にぽつんと立っている青年に、一気に現実に引き戻されました。
ボサボサ髪に牛乳瓶底眼鏡、くたびれた魔道師用ローブ、旅路の支えとしても活躍していた長杖。――そしてそれらを全て取り外し、小綺麗にしてから旧文明流行のスーツを着せたら、私のかつてのマスターにそっくりな――。
「アイザック先生ぇえええ!! なんでここに?!! どうしたんですか?!!」
「サクラさんいたぁああ!! よかったよー!! 変な声を辿って逃げ回ってたらこんな訳が判らない場所にでちゃってさー!!」
慌てて駆け寄る私に、同じく相当慌てながら、アイザック先生が駆け寄って来ました。
そういえばこの人、控え室から脱走したとか姉様が言ってませんでしたっけ?
……こ、こんな所まで入り込むとか、重罪? ――死刑?! 抹消刑?!
ひぇえええどうしようどうしよう?!!! なんとか姉様を誤魔化さないと、アイザック先生の存在がこの世界から――。
「――まぁまぁ現神、貴方が招いたのですね? でなければ神殿の首脳部身分証もない彼が、いくつもの照合門を抜けて、ここまでたどり着けるはずはありませんもの」
―ってよぉ。最近刺激なさ過ぎてダリーんだよ。暇つぶしくらいさせろよぉ―
…………ん?
―よぉ、俺のダチの偽物。お前やるじゃねぇか―
「に、偽物?」
―ナビ付きとはいえ、ガーディアンとゲートを誤魔化すなんて、中々できねぇよ―
―新世界の人間に保険として与えた『魔法』技術も、発達してるんだなぁ―
「……? ……誰なんだ貴方はさっきから? ……何者なんだ?」
どこからともなく聞こえてくる、中年男の声。
……なんでしょうこの粗雑でやる気なさげな声?
……なんというか……ものすごぉおおおく、懐かしい声なのですが……。
「現神、貴方がご招待したのならば、姿をお見せしないのは失礼ですよ」
―あぁん? 俺ぁ神だろぉが? 神に文句つけんのかゴラァ―
「神らしく礼節ある態度をとっていただくのも、神官の役目なので。口の悪さはもう諦めてますけど」
―……だから、こんな恰好にしやがったのかテメェはよぉ……―
星の一つが肥大したように強く瞬き、光が人のような姿を形作ります。
――よぉ若造、俺が新世界の神だ―
「――っ?!」
そうして顕現したのは――年の頃は十代後半から二十代前半程度か。
髪、瞳、肌、そしてゆったりと纏う長い衣まで全てが白銀に輝く、確かに人間離れした美しさを持つ、長髪の美男子でした。
―崇め奉ってもいいんだぜ―
―ゴリヤクは期待できねぇけどな~ヒャハハハッ―
「……」
……でもコレ、全然神々しくないですよねやっぱり。
アイザック先生なんか、畏怖ではなく明らかに胡散臭い物を見る目で、上の方で浮かんでいる自称神様を見上げていますもん。
……とはいえこの中年声……そしてこの顔立ち。
―おい―
……どこかで見た事がある……ような気がするんですよね? 気のせいだと思いたいんですけどね。
―てめぇ、もしかして気付かねぇのか『末娘』―
「……え?」
―あーあ、この親不孝もん―
―あれだけ金と手間暇かけて、てめーを生み出してやったのによぉ―
……気のせいじゃなかった。泣きたい。
「……なにしてるんですか――『お父様』」
父親の新世界の神コスプレ姿に内心涙する私に返ってくる声は、ひさしぶりの暇つぶしになるからなのか、それはそれは楽しげなものでした。
―おう。――ヒュノー創造主ジェイド・ウェルナーたぁ俺の事よ―
私が知ってる貴方はただの中年男で、そんなぶっ飛んで厨二臭い恰好じゃあなかったんですけどね。
―ちなみに姿絵は、長女の趣味だ―
「あら、だって折角ならむさっくるしい中年よりも、美しい若者の方が萌えるじゃありませんか」
……ブリュンヒルデ姉様……そっちの趣味に走った貴女の可動年数、ちょっと興味あります。
「えぇ?! このふてぶてしい態度のだらけた人外が、サクラさんを生み出した旧文明の天才学者?!」
「なおオタク天才魔道師アイザック様、あんたが言うな」
「えー?」
―ヒャハハハ、AIロックして経験積むと、随分変わるもんだなぁ―
―昔のお前は、もっと大人しくて従順なタイプだったぜ―
「……っ。やっぱり判るんですね、お父様」
―でなきゃ、ちゃんとこの世界の事は判るはずだ―
―新世界稼動後、俺は俺の娘達のAIフォルダに、ちゃんと情報を配信したんだからな―
―俺の高性能ヒュノーが、何も判らないままどこかで目覚めて―
―パニックになったりしたら危ない―
―折角作り直した世界の大量破壊になりかねん―
まぁ、お前は戦闘用じゃなかったのが幸いだったか。
そう言う父は、何かを払うように軽く手を振りました。――すると。
「うわ?!!」
「うひゃ?!!」
私達が立っている宇宙のような空間が、一瞬で様変わりします。
焼け焦げ瓦礫と化した巨大建造物に、無造作に転がる死体、それを踏みつぶしながら蠢く機械兵士、荒廃した地上、濁りドス黒い海と空。――人間の社会と生活が完全に破壊された光景に、私は思わず息を飲みました。
「……なに? ……ここは……地獄か?」
アイザック様の漏らした言葉に、新世界の神――いいえ、父は嗤います。
―似たようなもんさ―
―人間がこんな事ばかりして自分達の首をしめるもんだから―
―寿命が来てのんびり死んでた俺様が、娘達に引っ張り起こされちまった―
「……? ……これが……旧文明なのか? ……こんな……おぞましい世界が」
震えるアイザック先生の手を握り絞め、傍に寄り添いながら私も悲しい風景を見渡します。
全てではありませんアイザック先生。でもあの世界の一面として、確かにこのような光景は存在しました。それもまた、旧文明の現実でした。
―話をしよう―
―滅びるべくして滅んだ、旧文明の人間達と―
―それを歪んだ世界に生まれ変わらせた、狂った娘達の話だ―
狂った呼ばわりされたブリュンヒルデ姉様は、特に気にする様子も無く微笑んでいます。
……そうですね。この地獄のような光景の中で微笑んでいられる姉様は、確かに正常とは違う価値観で思考しているのかもしれませんね。
―まず旧文明滅亡のきっかけは、色々あったが、これが大きかった―
父が手の平を横にずらすと、一瞬で光景が変わりました。
これは……ああ、中央都市の議会堂ですね。……何か紛糾してますが、難しい法案でも成立されたんでしょうか?
―ヒューマノイド一部AI解放法案―
「なんですか、それ?」
―つまり、ヒュノーをより高度な思考させる事を許可する法案だ―
「?」
ピンと来ないらしく、アイザック先生が首を傾げました。
「つまりですねアイザック先生、私達ヒュノーは、人間に従うよう……平たく言うと、自分の立場に疑問を抱かないよう、思考が制限されていたんです」
「……地主が農奴を、愚かな方が扱いやすいと思うようなものかな?」
うーん? 近いですかね?
「それが人間が何故、より高度な思考をさせる法案を通したんですか? 人間にしてみれば、ヒュノーが何も考えず従順な方がいいじゃありませんか?」
当たり前なアイザック様の疑問に、父は答えます。
―理由は色々だが、一番大きかったのは軍事利用における汎用性の拡大だな―
「軍……戦わせるために、複雑な思考ができた方がいい、と?」
―そうだ。より効率的に敵の『人間』を殺すには―
―やはりある程度人間に近い、高度な思考力が必要だからな―
「……それは、判りますが……」
―……あとはまぁ、権力者の一部にロマンチックな馬鹿がいたせいか―
「はぁ?」
―制御され強制されたのではなく、本心からヒュノーに愛してもらいたいとか……―
―アホの極みだったな。アレは救いがたい―
「……」
確かに、アホですね。マスターを慕う気持ちは、ヒュノーの初期設定ですから。
……それが全くないヒュノーが、人間を本心から愛する事は……私は、あると思いますけど……。
―まぁとにかくだ―
父がまた手をずらしました。場面が変わって今度は、ヒュノーの工房ですね。大勢のヒュノーが一列になって、頭に何かを差し込まれています。
―俺や俺のダチも含めて大勢が反対したんだが、権力持ちのアホ共には勝てなかった―
―法案は通り、ヒュノーの思考はより人間に近づく事になった―
―『主人と、主人側の人間のために行動する』この基本思考は徹底的に遵守されたが―
―それ以外は、創造主の裁量に任せられるようになっちまった―
―さて―
―その結果どうなったか―
次の場面は……戦争ですか。
重装備のヒュノーが、敵方ヒュノーを撃ち殺し、更に人間を殺し、地域を制圧しています。……女子供関係無く、敵だからですか。
―ヒュノーはとても自由に思考し―
―『人間のためなら』同じ人間も殺せるようになった―
―ヒュノー達は別に、人間に害意は感じてなかったぜ―
―ただ、『自分が奉仕する人間のためになる』と思考し、他陣営の人間を殺戮した―
―そこの長女も、何度最新兵器を付けられて、戦場にいかされたか―
―……馬鹿共が―
ジュノーが突きつけた銃口が火を噴き、赤ん坊と赤ん坊を抱えた女性が一瞬で粉々になり、その場面は終わりました。
……これが、権力者達が望んだ結果なのですか。……確かに、馬鹿です。
―ヒュノー達が人間を殺して殺して―
―いくつもの都市が壊滅して―
―どれくらいたったかな―
―ある日、一体のヒュノーの思考が、ふと疑問を憶えた―
赤ん坊と女性を撃ち殺したヒュノーの顔が、大きく映されます。
……ブリュンヒルデ姉様。
―こんな事をして、本当に人間のためになるのか―
―このまま戦いを続ければ、人間という種は皆滅んでしまうのではないか……とな―
場面が途切れ、宇宙空間に戻りました。……疲れていたので、ちょっとほっとしました。
仕方が無いのでしょうが、アイザック先生の顔色も優れません。こんな機械的な大量虐殺は、この世界には戦争でも存在しないでしょうから。
―そしてそのヒュノーは、考え続けた―
―どうすれば、愛する人間達を滅亡から救えるのかと―




