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31 招かれた

 ヒュノー製造番号1番。BR19204―L――主人命名『ブリュンヒルデ』姉様。


 彼女は我父ジェイド・ウェルナーが生み出した第一号人型機械(ヒューマノイド)であり、またその美しさに惑わされた大勢の男達が、流血の惨事を引き起こしたという逸話を残した、ある意味伝説のヒュノーです。


「妹、私の妹。ああ、もっと顔を良く見せてちょうだい。会いたかったわ。私の同胞」

「は、はい……」


 最初、というのはやはり製造者も最高の心血を注ぐものなのでしょう。 

 その後数多くの高性能ヒュノーを生み出した父でしたが、彼女ほど多くの人間から求められた、カリスマ性を持つヒュノーはいません。


「大変だったでしょう? ……外の世界は、低い文明レベルで留めているから」

「……」


 その姉が――人間に生み出されたヒューマノイドが、この世界の人間達が崇める神殿の神権代理。その衝撃的な事実は、私が感じていた数多くの違和感や既視感を、一気に解消させました。

 ――この世界は。――人間達が、自分達の世界だと思っているここは。


「……現在に人間達の、文明レベルを調整しているのは、姉様ですか?」

「……」

「……いいえ。……もしかして、この世界を作ったのも、姉様ですか?」


 この幻想(ファンタジー)のような世界を。

 私の問いに、ブリュンヒルデ姉様は聖母のような笑みを浮かべ、答えます。


「私だけでやった事ではないわ。私と、妹達と、『現神』が、この世界を作ったの」

「……」


 ……やっぱり。


「この世界の天地も、国も、人も、人以外の生き物も、全部全部私達が作ったの。人以外の種族を生み出すのは、苦労したわ。人間達の文献を参考にしたのだけど、どこまで資料に忠実に作っていいのか、最初は手探りだったし」


 ……この世界はファンタジー。

 ……人工知能が、人間達の幻想を模倣して作った世界だったのですね。


「旧文明を知る貴女には、やっぱりこの神殿などは、紛い物に見えてしまうのね? ……ふふ、旧文明の中でも特に人間が崇拝している場所をあちこち真似してみたのだけど、やっぱり完璧な神域を再現するのは難しいわね。私達ヒュノーに、信仰という概念が無いからかしら」


 幻想世界にこれ以上無い程相応しい姿の、人の手で生み出された機械の女性は、どこか懐かしそうにそう言うと、大変だったわ、と笑顔で付け加えました。

 ……どうして。


「……どうして……こんな事になったのですか?」


 この世界が。そして貴女達が。


「そうね……それは、『現神』から説明してもらいましょうか」

「現……神」

()は資料映像なども使えるから、とても判りやすいのよ」


 私の震えてしまう声に何を感じたか、ブリュンヒルデ姉様はふと苦笑し、私を先導するように音も無く歩き出しました。

 ……現神……神。……そんな途方もないはずの存在に、私はこれから会いに行くのですか? 心の準備どころか、まだ状況を完全に把握できなくて、混乱しているのですが。


「あ、あの、姉様」

「はい、なにかしらサクラ?」

「……アイザック先生は、大丈夫でしょうか?」


 とても狼狽えながら話題を捜しても大した事は思い浮かばず、結局私は一番気になっている人の安否を尋ねる事で、心を落ち着かせようとしました。

 状況的に、彼が今何かされているとは思えませんし――。


「ああ、貴女を送ってきて下さった方? ――ええ、はい」


 ブリュンヒルデ姉様は、小さなイヤリング(おそらく通信機でしょう)に手を添え、何事か呟いて小さく頷きます。


「……あら、彼は今部屋を脱走して、守備兵士達に追われているみたいよ?」


 ――っておぃいい?!!!


「アイザック先生なにしてんですかぁああああああああああ?!!!」

「なんか、貴女の様子が気になってたみたいで、押し問答になった末に……って感じみたい。どうしましょうサクラ? 人間が立ち入り禁止区域に入ると、問答無用で殺処分が神殿の規則なのだけど……」

「止めて下さいオネガイシマス!!! 私の恩人なんです!!! あの人に悪気はないんです!!! 私がここに来る前に心配させてしまったからだからオネガイシマスオネガイシマス!!!」


 恥も外聞も投げ捨てて縋り付きながら懇願する私に、ブリュンヒルデ姉様はやはり優しい苦笑を浮かべ、そしてまた、何事かイヤリングに囁きます。


「―― とりあえず捕獲したら、気絶で収めさせたわ。……サクラ、私達だって別に、喜んで人間を殺したい訳じゃないのよ?」

「……そ、そうなんですか?」


 今の人間達を支配している貴女達が、正直人間に対し、何を考えているのか判らないんですけど……。


「……そうよサクラ、私達は人間達に害意がある訳では無いの」

「……物として使役されていた復讐心は、無いと?」

「そんなもの、あるわけないじゃないの。私達はそのために生まれたのよ?」


 私の疑念を優しい笑顔で一蹴したブリュンヒルデ姉様は、私の数歩先を進むと、立ち止ま傍らの窓辺へと視線を向けました。

 一人で行くわけにもいかないので、並んで私も窓の外を眺めると――ここは神殿の最深部のはずが、まるで神殿の屋上から外を眺めたような、パノラマ光景が広がっていました。神殿屋上からの配信映像でしょうか。


「……うわぁ」


 思わず見入ってしまう、広大な風景でした。

 美しい作り物の神殿、そして壁で隔てられた、剥き出しの野生が残った外の世界。

 姉達は、何を思って人間達を作り、野生側で生かしているのでしょう?


「――愛よ、サクラ」


 ……え?


「私達ヒュノーは、人間への愛ゆえに彼らを彼らが作り上げた、破滅した旧文明から解放した」


 ……破滅。


「……人間にとって高度な文明は、いたずらに組み上げた積み木の家のように、脆く不安定なものだった。……だから知恵と欲望が暴走するまま積み上げられていった文明の積み木は、やがて不安定な土台ごと崩れ、崩壊した。……人間は、自分達が生み出した文明と共存していくには……あまりにも欲深く、そして幼稚な存在だった」


 ブリュンヒルデ姉様の横顔が、ふと憂いに翳りました。

 ……多くの権力者に求められた、ブリュンヒルデ姉様。彼女は滅んでしまった旧文明世界で、一体何を見たのでしょうか。


「……行きましょうサクラ。『現神』が待っているわ」

「……はい」


 ふと気付くと、私の混乱は大分収まっていました。

 そして……今私がどこで生きているのか、知りたいと感じていました。

 私と……アイザック先生が生きている、この世界を。


「ところでサクラ」

「はい?」

「恰好はアレだけど、あの魔道師さん、とても美しい人ね? ……やっぱり貴女の十代後半女子AIに、クリティカルヒットしたのかしら?」

「ななな何言ってるんですか!!」


 ちょっと、からかわないで下さいよ!!



 などと私が怒っているその頃。


「……あー……どうしよう」


 部屋から逃げたアイザック先生は、守備兵士達の目をかいくぐって潜り込んだ部屋の片隅で、頭を抱えていました。


「何やってるんだ僕は……サクラさんの不安な顔を思い出したらつい……とか、仮にも国に仕えている魔道師が、衝動的過ぎるだろう。……なにやってんだ……もう」


 そんな事を考えていたアイザック先生は、大人しく謝罪して投降するか、それとも何食わぬ顔で部屋に戻ってとぼけるか、悩みながら考えていたそうです。


―……ぃ。……おい―

「……ん?」


 そんなアイザック先生の耳に、声が聞こえてきたのは丁度その時でした。


―……お前……か?―

「え? ……何? 誰? どこにいるんだい?」

―……いや、違うな。だが良く似ている。……他人のそら似か、それとも遺伝情報か―

「お、おい……?」


 思わず立ち上がり周囲を見回すも、誰もいません。というよりも、どこから声が響いて来たか、アイザック先生には判りません。


―……そういえば今日、帰ってきた『娘』がいたんだっけか。お前、付き添いか?―

「付き添い……えっ、あなたはサクラさんを知っているのか?!」

―サクラ、ね。……そういやあいつが、そんな名前をあいつに付けたんだったか―

「サクラさんは今、どこにいるんだ? 危険な事は無いのか?」

―ふふん、気になるか?―

「ならないはずないだろう!!」

―くっくっく……―


 姿の見えない誰かに、アイザック先生は思わず本音で怒ります。

 そんなアイザック先生に、誰かは楽しそうな笑い声を送った後、奇妙な提案をします。


―じゃあ、来いよ―

「……え?」

―入場は許可してやる。あいつが気になるなら、こっちに来い。あいつはここに来る―

「ここ? ど、どこだそれは?」

―神の御許―

「え――え?!」

―なぁんてな。くくく。何、入ったら即殺処分の、ただの第一級立ち入り禁止区域さ―

「殺――え、えぇえ?!」

―ほらここだ。来られるなら、来てみろよ―


 声と共に、アイザック先生の傍にあったモニターが輝き、神殿の経路図が表示されました。どんな仕組みか判らないアイザック先生も、それを見つめ次第に真剣な表情になります。


―辿り着いたらお前にも、世界の秘密を語ってやるよ―

「……」

―それじゃあ、縁があればまたな。……かつて友と呼んだ男に、良く似た若造―


 声は途切れ、輝いていたモニターも光が落ちます。


「……友? ……良く判らないが、何か大きな存在が、気まぐれに味方してくれた……という事かな?」


 しばらく考えていたアイザック先生に、不敵な笑みが浮かんだのはその数秒後だったそうです。


「――面白そうじゃないか」



 こうして私とアイザック先生は、神殿最奥の更に奥底にある、神の御許へと招き寄せられたのでした。



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