12 お家騒動を見た
私はぬいぐるみのようなフータンを抱え、ロザリエ姫のマントの背後に隠れつつ、ざわめく入口へと視線を向けました。
「……フータンもサクラも、静かにしてるんだぞ」
「はい、ロザリエ姫」
左右に分かれた人混みから現れたのは、目立つ数名の男女と子供、そしてその数名に従っているらしい、お仕着せ姿の使用人らしい人達でした。――お城ですから、使用人は侍従とか侍女とか、そういった名称で呼ばれていているかもしれませんが。
……ふむ、とりあえず人数が多いですし、視覚ズーム機能を使って目立つ人達に人姿観察でもかけておきますか。これで大体確認できます。
「こ――これは王子殿下に御労足いただくとは!!」
そして真っ先にこちらに話しかけてきたのは、目立つ中の一人、若い男性です。
「も、もう少しお待ちいただければ、この私の魔法で狂った奴隷たちなど、一網打尽にしましたものをっ」
「……ヴェンハート」
彼がヴェンハート……闘技場の騒動を引き起こした、皆さん曰く『へっぽこ魔道師』ですか。
……スキャンが終了すると……安っぽいな、という第一印象が、私の十代後半女子思考AIによって導き出されます。
名前 ヴェンハート
性別 体付きと発声からおそらく男性
人種 おそらく白人
宗教 不明
年齢 おおよそ十代後半~二十代前半
身長 180㎝
体重 おそらく72~3㎏前後
外見的特徴 ストロベリーブロンド ターコイズアイズ 白人種肌
それなりに見栄えの良い長身体躯を、見るからに上質の煌びやかな洋服に包み、真っ赤な長髪の巻き毛をたらした、甘い顔立ちの若い男性です。
「……ほう、ならばヴェンハート、これから医務室に行き、今頃中で暴れているでしょう奴隷戦士達の鎮静に当たりなさい」
「っそっ――それは王子殿下っ、そのっ、いえっ、医務室は、医務室に務める者がおりますのでっ……」
「……冗談ですよ。彼らはしっかりとアイザックに鎮静されたので、今でも大人しく治療を受けているでしょう」
「……そっ、そうですか……それはそれは……」
周囲の男性達と比べれば、かなりの美男子である事は判りますが……精一杯虚勢を張っているようで、恐怖や焦燥が全く隠せておりません。
ついでに飾り立ててはおりますが、芸術品のような美貌のアイザック様や、鍛え上げられた男性美のレオン様と見比べると、数段見劣りします。
「……今回闘技場で起きた事故の責任は、追求させてもらいますからね」
「そっ……れはっ……私は……」
実際大した事のない若造にしか見えないのですが……そんなヴェンハートを睨むレオン様は、少々緊張しておられるようですね……。
「――責任? そんなものは実験の役に立たなかった、奴隷共にあるに決まっているではありませんか、レオン王子殿下!」
「っ……ネボラ魔道師」
そこに口を挟んで来たのは、ヴェンハートの背後に立つ老人です。
「あの奴隷と罪人共がヴェンハートの魔法通り従順に強化されていれば、このような騒ぎにはならなかったのです。悪いのは術に抵抗した奴隷共ですぞ」
名前 ネボラ
性別 体付きと発声からおそらく男性
人種 おそらく白人
宗教 不明
年齢 おおよそ六十代後半~七十代前半
身長 160㎝
体重 おそらく100㎏前後
外見的特徴 禿頭 ブラックアイズ 白人種肌
……うわぁ、ブッ細工。
ヴェンハートに勝るキラキラと派手な丈の長いローブを身につけた老人は、大きな口と離れた目がガマエルを思わせる不細工でした。
……しかし中途半端な美形よりも、印象深いガマガエルですね。……そして口調や態度には、見事に高慢な余裕が現れています。一言で言うなら、とても偉そうです。
「魔法が暴走したのは、術をかけられた方が悪かったから?! そんな無茶な理屈がありますかネボラ魔道師! 責任転嫁も大概になさい!!」
「ですが強化、洗脳系の魔法は、術をかけられる者達が疑念や反発を抱けばかかりにくくなるのは事実。違いますかな?」
「っ……それは」
「我が甥ヴェンハートが少々ミスをした事は認めましょう。ですがそのミスに大げさな責任を追求するというのならば、あの奴隷や罪人達こそ死刑にしなければならないでしょうなぁ。王宮魔道師長たるワシの甥と、奴隷や罪人では、命の価値が違います。……王子殿下も、それはお判りでございましょう?」
……なるほど、あのガマガエルは王宮でも偉い魔道師で、全く似てませんがあの安っぽい色男の伯父だったのですか。
随分無茶な事を言っているように聞こえるのですが、ガマガエルの言葉にはレオン様でも逆らいきれない力があるようですね。レオン様が緊張していた理由も判りました。
「――未熟なヴェンハートの実験に付き合わされれば、恐ろしくなって内心で反発したくなるのは当たり前です! 奴隷とゴブリン達は被害者です。断じて死刑になどはさせません! ――病床の父上とて、そのような無法は許さないでしょう!」
それでもはっきりと反論を返したレオン様に、ガマガエルははっきりと不快を示した表情で目を細めました。
「御病気の国王陛下を、このような些事に巻き込もうとなさるとは……いやはや、困った方だ」
「命が左右されるのです。断じて些事などではありません!」
「馬鹿馬鹿しい。奴隷や罪人の処分など、家畜のそれより面倒が少ない」
「貴様!!」
……言動からしてろくでもない野郎ですが、やっぱりこのガマガエルには、ヴェンハートとは比べものにならない迫力がありますね。レオン様が激昂するのも判ります。
「……あらあら、つまらない事でそんなに怒らないでくださいませ、レオン様」
「つまらないっ、ねぇネボラっ、僕のおもちゃはどこなのっ?」
「……」
――と、そこに響いた声に、レオン様の眉間のシワが深くなりました。
「母上母上っ、僕あのおもちゃをやっつけてやるんだよっ。僕の剣で突き刺すと、あいつ悲鳴を上げて逃げ回るんだっ」
「……あらそう。ヨアヒムは強いわねぇ」
名前 不明
性別 体付きと発声からおそらく男性
人種 おそらく白人
宗教 不明
年齢 おおよそ五、六歳前後
身長 120㎝
体重 おそらく20㎏前後
外見的特徴 ブラウンヘア ブラウンアイズ 白人種肌
名前 不明
性別 体付きと発声からおそらく女性
人種 おそらく白人
宗教 不明
年齢 おおよそ二十代前半~二十代後半
身長 162㎝
体重 おそらく48㎏前後
外見的特徴 ブロンドヘア ブルーアイズ 白人種肌
声の主は、侍女に抱えられた少年と、若い女性。
……母子、ですか? ……あまり似ていませんね。
五歳前後の少年が、濃いブラウンの髪と瞳の地味な顔立ちに対し、金髪碧眼の女性は、華やかな顔立ちの艶やかな美女です。
隙の無い化粧に、豪華な髪飾りで結い上げられた髪、磨き上げられた爪。白を基調としたクラシカルなドレスは非常にお似合いですが……あれでは子供と触れ合い難いでしょう。
そんな美女は話しかけてくる子供ではなくレオン様に、魅せ方をよ~く心得ているのでしょう麗しい笑顔を向け、甘やかな声で話しかけます。
「……戦いはもう終わってしまいましたのね? ……わたくし、イストリア王国の金獅子と名高いレオン様の勇姿を、また見たかったですわ……残念」
「……事態の収拾を残念がるような言葉は、慎まれた方がよろしいですよ。――ベアトリクス義姉上」
――ベアトリクス――義姉上っ?!
言う事は、あの美女ことベアトリクスとレオン様、ロザリエ姫は義理のご兄弟ですか?
「だってレオン様、めったに逢いに来て下さらないんですもの。……わたくし寂しくて、ずっと待ってますのよ」
「……寂しいならば、もっとヨアヒムと仲良くしたら良いでしょう」
「あら、ヨアヒムにはお気に入りの乳母や侍女がおりますもの。……わたくしは今レオン様と、親しくしたいだけですのに……」
……あの熱を帯びた甘ったるい微笑みと視線は、到底弟に向けるようなものではないと思いますが――。
「……ん?」
【こ……えぇ……怖ぇよぅ……あのガキ……やだ……怖い……怖い……】
そんな事を思っていた私は、手の中のフータンが震えている事にようやく気付きました。
「どうしたんですか、フータン?」
【あ……あのクソ魔道師達……俺の力を封じて……あのガキはその俺を剣で突き刺して……遊んでた……もうやだ……やだ……】
「……」
……あのガキ、というのは当然あのヨアヒムとかいう男の子ですね。
そんな酷い遊びをさせてたんですか、あのへっぽことガマガエル。フータンが死に物狂いで抵抗した理由がわかりました。
「――ねぇ!! 僕のおもちゃはどこ?! 氷オバケはどこなんだよ!!」
「そっ、そうでしたっ。――レオン王子殿下、ここで暴れていた私の従属精霊フロスティはどこでしょうか? あれはヨアヒム殿下のお気に入りでして。まさか殺してはおられませんな?」
苛立ったヨアヒムと、虚勢を張るヴェンハートの声に、フータンはびくりと震えて私にしがみつきます。
……大丈夫ですよフータン。
「――ここにはおもちゃなどいない。部屋に戻るがいいヨアヒム」
ほらね。レオン様が答える前に、ロザリエ姫が私達の前に立ち、はっきりとおっしゃって下さいました。
「ロザリエ!! あれを壊したのかっ!! 酷い!! あれは僕のおもちゃなのに!!」
「おもちゃなどいないと言っているヨアヒム。従属精霊フロスティは私が保護した、制御もできぬマヌケに返す気もない」
「おっ、王女殿下! あれはヨアヒム殿下のお気に入りですぞ!! この国の第一王子、故アロイス王子殿下の忘れ形見の御望みを無碍に――」
「黙れヘボ魔道師!!」
凄みを利かせた一喝に、ヴェンハートはひぃ、と声を上げて身を引きました。なにこのヘタレ。
ロザリエ姫は怒鳴りつけられて思わず黙ったヨアヒムを睨み、言葉を続けます。
「ヨアヒム、精霊は決して弱い存在ではない。制御を外れればお前に襲いかかりその命を奪う事もできる、恐ろしい存在だ。……それを無力なお前が、軽々しく弄ぶような事をしていはいけない。命に関わる」
「五月蠅いな偉そうに!! 僕の方が偉いんだからな!! 僕の方が王位継承順位は上なんだ!!」
「だからこそ、やってはならない事をならないと、私はきちんと言おう。それがお前の叔母として生まれた、私の役目だ」
一歩も引かずに返すロザリエ姫に、ヨアヒムは真っ赤になって怒鳴ります。
「う――五月蠅い!! 狂暴男女!!」
「――あぁ?」
――あ、これ後ろからでは見えませんが、ブチ切れ最恐フェイスしてるな。
先程同様美しい顔に強烈な殺意と憤怒を漲らせ笑うロザリエ姫には――残忍な事を楽しみつつも所詮幼児のヨアヒムなど、ひとたまりもなかったでしょう。
「ひっ――うわぁああああああああああああああああああああああああああああん」
「あらあら……うるさいわ。早く泣き止ませなさいな」
悲鳴混じりに号泣するヨアヒムを一瞥したベアトリクスは、そうヨアヒムを抱く侍女に言うと、すぐに視線をレオン様達へと向けます。
……母親なら、貴女が慰めるべきじゃないですかね?
「ごめんなさいね、レオン様。……あまりお会いできないせいかしら、この子少し人見知りしているみたいですわ」
「……」
いや、どうみても人見知りじゃないですから。恐怖に戦いてますから。
……しかしヨアヒムの事を、この国の第一王子、『故』アロイス王子の忘れ形見……とヴェンハートは言ってましたね。
という事は、この育児放棄美女ベアトリクスは……レオン様達の兄にあたるアロイス王子の妃で、……そして今は未亡人という事ですか。
……ふーん……相関関係が見えてくると、中々生々しい。
「よしよし、泣かれますなヨアヒム様。……この爺が、また新しいおもちゃを差し上げますゆえ」
そんななんとも微妙な雰囲気の中で泣き叫ぶヨアヒムを慰めたのは、爺ことガマガエル魔道師のネボラでした。
「ほんとっ、爺っ?」
「勿論ですともヨアヒム様。よしよし、もう泣かれますな。……ヨアヒム様は次期国王なのですから」
……おもちゃって、また生き物じゃないですよね? と『心配』の信号がAIから送られてくる私ですが、ヨアヒムは泣き止んでご機嫌です。
どうやらあの幼児は、甘やかしてくれるあのガマガエルに懐いているようですね。
……そして現国王が病床で、あれが次期国王なら……あのガマガエルがやたら偉そうなのも納得です。
「口の利き方には、気を付けられることですなロザリエ王女殿下」
ガマガエルはロザリエ姫に向き直ると、嘆かわしい、という態度も露わに姫に言います。
「王女殿下はいずれ他国と我国との絆として、外へ嫁がれる御身。……後々良い関係を築くためにも、次期国王となられるヨアヒム様には相応の敬意をもって接していただきたい」
そんなガマガエルに、鼻で笑ったロザリエ姫は返します。
「次期国王だろうがなんだろうが、道理を判っていない子供には、躾のために言い聞かせるさ。……それがその子のためじゃないか、エボラ?」
「貴女が心配する事ではありませんなぁ。ご心配無く、ヨアヒム様はこのワシが、国王となった後々まで御助力いたしますゆえ」
ロザリエ姫の声が、一段下がります。
「……そうそうお前の思うとおりに、なると思うなよエボラ」
「ロザリエ、皆の前ですやめなさい」
放電混じりに殺気だったロザリエ様を止めたのは、聞き役に回っていたレオン様でした。
……周囲の者達は雑音を立てることなくレオン様達と、ガマガエル達を注視しておりますね。……もしかして、毎度の事で慣れているのでしょうか。
「……判りました、兄様」
周囲の様子を一瞥したロザリエ姫は、レオンに頷き殺気と放電を収めました。
それをあくまで見下しながら、今度はレオン様にガマガエルが言います。
「――そうそうレオン王子殿下、この国を支えるためにも貴方様には、懸命な御判断を望みますぞ。それでは」
「……」
……懸命な御判断? なんの事ですかね?
それに対しレオン様は無言で不快を示し、身を返し闘技場から出て行くガマガエルの言葉を拒否したようでした。
それが気に入らなかったのか、ガマガエルの後ろに続くベアトリスは、いかにも悲しげな物腰で振り返ると、レオン様に声をかけます。
「……貴方と私が夫婦となり、ヨアヒムを王太子とする。……これが一番、この国の各派閥をまとめ上げる良策なのですわよ……レオン様」
……兄嫁を、レオン様がもらうって事ですか?
「……御免被りますよ。……それでは私を推す者達が、エボラの下に取り込まれるだけだ」
小さく呟いたレオン様の声は……多分私にしか聞こえなかったでしょうね。
……ところで。
「……完璧に無視されてましたね、アイザック様」
「……お家騒動は、僕には全く関係無いからね。ついでに綺麗な男性大好きなベアトリス妃は、薄汚い眼鏡三下魔道師に興味は無いし」
……ふっ、身なりに騙されてアイザック様の容貌に気づけないとは。
――マヌケ女め!




