知る者は……。
「何がヤバいのかは知らないが、とりあえずティが特別だから私がおかしくなるんだ。すべてはティのせいだ。」もりもり野菜を食べはじめると、ティは、「いきなり積極的だなぁ。」と呟いた。
いつになくのどかな早朝だった。
その後、ティを好きなのだと自覚したのはずっと後だった。
不意にティに抱き締められ、好きなのだと思った。
ティは、私の知らないことを教えてくれた。
これからも相方で居続けると何の迷いもなく思っていた。
「ミスった!ティ!車を出してくれ!」
「OK!」
「まて、このやろう!」
「エム、危ない!」
それは一瞬の出来事だった。
車のガラスが割れ、粉々になり、私はティに守られ、全てがぐらついた。
気づいた時にはティが5発ほど銃弾を打ち込まれていた。
「ティ!ティッ!くそっ!」
ティを運転席に乗せたまま運転し、なんとか相手をまくと、家となっていた居場所にティを運び込んだ。
「ティ、しっかりしてくれ……ティ!」
「……エ……ム、俺……かっこわいりいな……。」
「喋るな!」
「手当ては無駄だ……俺、エムの……本名……まだ……知らねぇのになぁ……。」
「嫌だ!嫌だ!いくな!ティ!」
「……俺……ティじゃねえよ……関谷、関谷 竜樹ってんだ……。」
「たつき……?私は……私は……わからない!ないんだ!名前がないんだよ!いかないで、いかないでたつき!私はまだお前に好きだとも言ってないのに……ッ!」
最後に竜樹と名乗ったティはかすかに口の端を持ち上げると、そのままガックリと首を落とし、動かなくなった。
「うぁぁああああああああ!!」
涙の後に心に憎しみを宿し、復讐を誓った。竜樹と過ごした時間は今までにないものだった。きっと竜樹がいなければこんな思いもせずに済んだのだろう。でも、それでも……やはり竜樹を恨めない。もはや死んだ身。私は生きているとも呼べないこの身で生きるだけなのだ。
進め、やるべき事をしろ。なんとしてでも奴を殺してやる。
竜樹の手から竜樹が愛用していた銃をとった。
「絶対あいつ殺してやるから、待ってて。」
まだ暖かいティに口付けをしてからその場を離れた。
死体が見つかったって私達はニュースになりさえしない。存在しないはずの者として、ゴミのように捨てられるのを待つだけ。あまりに人気のないところだと、動物たちに肉を食われて自然に帰れるかもしれない。
……あぁ、なんと恍惚とした死だろう。
私達は……少なくとも私は、死を待ちわび、生きることを知って、さらにこの身の価値がわからなくなって人をただの肉の塊にする事を覚えたただの殺人兵器でしかない。ならば、今やるべき事は、一つ。
“コロセ”
大きく見開かれた目は、ターゲットしかとらえない。この目から無事に逃れられる奴など存在しない。
さぁ、“殺せ、殺セ、コロセ”人間がただの塊になるまでのショーの始まりだ。
「か、勘弁してくれっ!」
気が付けば私は、一番憎い男の前に立ち、見知らぬ豪邸で、大の大男がみっともなく無様に震えながら私に媚びている様を見ていた。
黙ったまま、そいつを見下すと、何も言わずに脳天をぶち抜き、静かにその場を去った。
終わったのか、この手には実感がない。だが、体は酷く傷ついていた。
私は……ただの殺人人形。依頼された人物を暗殺するために地上に存在する。それ以上の意味を持たなければ、それ以下の言葉もない。
私の死もまた、価値がなく、私の存在は誰かを喜ばせることもない。買うのは恨みだけ。永遠に付き纏う、誰かを殺した代償だけ。
意味のない命なんてない……綺麗事を耳にした。実際私もそうだったらいいと思った。私とティの存在も否定されずにすんだら良いのにと。だが事実はやはり綺麗事とは違う。この世の中、意味のない命であふれかえっている。無駄に過保護に育った人間達は、無駄に綺麗事を並べて、無駄に生き延びた私達のような存在をあたかも簡単に切り捨てる。
ホームレスのおじちゃんがどこかを眺めていた。いや、一点を見つめてはいるが、どこにも焦点は合っていない。彼らもまた無駄に豊かに育った人間達から人間ではないと切り捨てられた存在なのかもしれない。
でも、地上で堂々と生きていられるだけいいじゃないか。私は中学生達に殺されてもいいから一度でいいから、地上の普通の……こんな血塗れじゃない生活を送ってみたかった。
銃を頭に突き付けた瞬間、バンッ!という音と共に銃だけが弾き飛ばされた。
銃は人気のない道をカラカラと私から遠ざかりながら転がっていく。なかなかの腕前のスナイパーだ。この道を専門職とした者だろう。
「で、次の見張りはあんた?」私がゆっくりと振り替えると、「俺は普段は干渉しない。お前も俺に干渉するな。」と言って去っていった。
顔は見えなかった。背丈はティより高く、体付きは細くてどこか異様だった。まぁ、私とティがおかしかったのだ。普通は殺し屋同士、互いにあんなに干渉するわけがない。私達は一緒に居すぎた。私がただの殺し屋から、ただの女に戻っていく。体が腐っていくみたいだ。思い出したくもないのに竜樹が私の身体に刻んだ快楽がどこからともなくよみがえり、私を侵食する。何故ただの女なんかにしたんだ……ただの肉の塊でよかったのに。ティは、私を肉の塊から人間へと変えた。私もティを受け入れた。戸惑いはしても、抵抗するものだとさえ思いもしなかった。それが幸せだった……たった一時でも……。
違う……ただの肉の塊がたった一時でも幸せを求めたから罰が当たったのだ。何故いつ死んでもかまわない私が生きて、生きるべき目的があったティが死ななければならなかった?もう一度、絶望の世界へ帰れ。
もう二度と私は誰かを受け入れず、もう二度と私は幸せを求めたりなんてしない。
……幸せを求めた結果が同じなら、幸せを求めぬ方がまだ幸せというものだ。
全身に力を入れて強く大地に踏ん張って立っていた。
まあ、せいぜいこの身が尽きるまで生きてやるさ。誰かの命を奪いながらね。どうせ絶望の中にいるなら、もうどうなったってかまいやしない。
ティ愛用の銃を拾い上げると、私は暗やみの中へと姿を消した。
―――その後、彼女や彼女がいた組織がどうなったのかを知る者はいない。




