1
第1話 最強クランの、間抜けな崩壊。
ベッドで自分を慰めていた真っ最中、机の上に置いたスマホが震えた。
「Sillaaaris:アップデート実行中。破滅の星々 1.123」
すぐさま剣を放り出し、まだ震える足で机まで走った。
引き出しからコンソールを取り出す。ひんやりとした感触で、バイザーのような形をしていた。ぎこちない手つきでケーブルを繋ぎ、頭に装着する。
顔の半分もろくに覆えていない。
それでも、目を覆うには十分だった。
目を閉じると、仮想世界が俺を丸ごと飲み込んだ。
「ようこそ、ご主人様。本日は何をして遊ばれますか?」
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。目の前には、豊満な胸を持つ美しい熟女が立っている。
俺の大切な所有物——ボットのくるみちゃんだ。
「へへっ〜。今日はお前と遊びたい気分だ」
彼女の魅力的な体から目を逸らさずに言った。
「あらあら……今日はずいぶんとご機嫌ですね、ご主人様」
くるみちゃんはそう言って、くすりと笑った。
完璧だ。ボットにしかできない完璧さで。
「そんなにわかりやすいか? まあ、今日こそ魔王をぶっ殺してやろうと思ってな。どうだ?」
「素晴らしいですわ。さすがご主人様ですね」
くるみとこうしてじゃれ合っていると気分が昂ぶって、危うくログアウトしてさっきの続きに戻りたくなるほどだった。
そこへ、また新着メッセージが届いた。
「SyrOpher34:どこにいるのよ!? イベントもう始まってるし、クランのみんなが話したいって! 今すぐログインしなさいよ!」
苛立ちに舌打ちした。
上司に向かってそんな口の利き方があるか。
「くるみちゃん、いつものやつを頼む」
くるみは頷くと、宙に浮かぶメニューを開き、タイトル「0」のゲームを選択した。
自分でもできることだった。
だが、そこに隷属ボットを飼っている意味があるだろうか?
「プログラムを起動します」
真っ白な空間に色とりどりの光が入り乱れる。「0」のロード画面はいつもより時間がかかっていた——接続しているプレイヤーが多すぎるのだろう。
待っている間、ふと疑問が頭をよぎった。
ちゃんとズボンを穿いてから入ったんだったか?
数秒考えた。
どうでもいいことだった。
「別に俺のエクスカリバーを見る奴なんていないしな」
そう呟きながらも、部屋を貸してくれている大家の婆さんがいつ現れてもおかしくないことは頭の片隅にあった。
「ちょっと……あんた、何なのよ?」
甲高い声が、離れた場所にいるツインテールの少女から聞こえてきた。
振り向くと、彼女がいた。
「SyrOpher34……お前と話したかったところだ」
できる限り威圧的な声を作って言い、まっすぐ彼女のもとへ歩いていった。アバターの背が低く、自然と見下ろす形になる。
「は? 話したいのはこっちの方よ。もうずっと待たされてたんだから。今日集合って言い出したの、あんたじゃない」
小さな拳を握りしめる。
長い付き合いだった。こういう場面をもう可愛いと思えなくなる程度には。
そうだ。
とっくに、罵倒を愛情と勘違いする時期は卒業していた。
「ちょうどそれについて話したかったんだ。お前の俺への口の利き方、正直まったく気に入らない。その態度を改めないなら……」
そこで一旦言葉を切り、彼女の怒りをじっくり眺めた。
「……お前の代わりを探すことになるぞ。お前の席を狙ってる奴がどれだけいるか、わかってないだろ」
偉そうに肩をすくめてみせた。
彼女らしく、罵詈雑言の雨が返ってきた。
「%/%&/!!!!」
「/()&/!!!!!!」
「&$&%/!!!!!」
一度も聞き取れなかった罵倒だった。
ミュートにしておいたからだ。
彼女を無視して、残りのクランメンバーのもとへ向かった。彼らも城の広間で待っていた。
半分鳥の少女。
古めかしい鎧をまとった戦士。
それだけだった。
「ん? 他の奴らはどこだ?」
ミニマップを開く。他のメンバーの位置は表示されなかった。
戦士のものを除いては。
「残り六人は、王都でイベントを楽しんでいますよ」
半鳥の少女、オリがまるで興味なさげに答えた。
眉をひそめた。今日はアップデートのボーナスを利用して、クラン全員で魔王を討伐しに行くはずだった。
何も言わなかった。
もっと重要なことがあった。
「行っちまったのか……つか、なんで位置が見えないんだ? まさか、もうログアウトしたなんて言わないよな」
誰も答えなかった。
オリと騎士は、俺の背後——まだ指を差して怒鳴り続けているツインテールの少女の方へと視線を逸らした。
何も聞こえないのが残念だった。
「SyrOpher34……多分、ボスにミュートされてるよ」
メニューを開いてミュートを解除した。その時だった、彼女が両方のツインテールをほどいたのは。
それで、理解した。
俺のクランに入る条件の一つが、正統派ツンデレよろしくツインテールにすることだった。
それをほどくということは、意味することは一つしかない。
残りのメンバーの位置が見えなくなっていたのと、同じことだ。
「あ……」
それだけ言うのが精一杯だった。彼女は扉を叩きつけて出て行った。
数秒、その場に固まっていた。
それから、残った二人の方を振り返った。
「気づいてた? 知らせに残ったの、私たち三人だけだよ。SyrOpherにあんな態度取るとは思わなかった」
オリが腕を組んで言った。
「……ちょっと遊んでただけだ」
今回は少しやりすぎたかもしれない。
だからこそ、本気じゃないのは明らかだったはずだ。
「まあボスだけが悪いわけじゃないですよ。SyrOの罵倒もなかなか辛辣でしたし。ね、ボス?」
何一つ聞いていなかったが、ロイに向かって頷いておいた。
「まあいいや……別に個人的な話じゃないの。ただ、あんたと遊んでても、もう楽しくないってだけ」
オリは軽く俺の肩を叩くと、飛び立つつもりの窓を開けた。
「俺の性格のせいか? たまに毒舌で……ウザいのは自覚してる。でも仲が悪くたって別にいいだろ。結局みんな魔王を倒したいだけなんだから。多少嫌い合ってたって構わないじゃないか」
説得力を出そうとしてみた。
「わかってないな。別に嫌いなわけじゃないの。ただ、あんたにとっては何もかもが魔王中心なんだよ」
反論できなかった。
事実だったから。
何よりもまず、魔王を殺したいとずっと思っていた。
それの何が悪い?
挑戦があってこそ、ゲームは面白い。
最強の敵と戦うことに飽きるなんて、意味がわからなかった。
「単に諦めてるだけじゃないのか?」
挑発的な笑みを浮かべて聞いた。
「さあね……かもね」
オリは俺の言葉を否定しようともしなかった。窓から飛び降り、翼を広げると、夜空の中に消えていった。
「……」
無数の赤い星が夜を彩っていた。イベント名にふさわしい光景だった。
破滅の星々。
「元気出してください、ボス。俺はまだクランに残ってますから」
古めかしい鎧の騎士、ロイは、俺と並ぶクラン最古参のメンバーだった。
古株すぎて、現実の年齢はもう四十近いはずだ。
「そうだったな……まだクランの古株が一人残ってる」
「はっはっは」
その年齢の男がゲームに割ける時間なんて、たかが知れている。認めるしかない事実だった。
最後に一緒にクエストをこなしたのは、もう半年近く前のことだった。
「こら! 髪引っ張ってるのバレてるぞ、ありさちゃん。パパのこと構いすぎたら、花瓶壊したのママに言っちゃうぞ……痛っ! もっと強く引っ張るなって!」
こいつはもう妻子持ちだった。
「まあ、イベント終了まではまだ時間あるだろ。昔を思い出して、もう一度あのクソ魔王と戦いに行こうぜ」
クランを失ったことは、腹立たしくもあり、悲しくもあった。
だが正直に言えば、こいつが完璧な家族といちゃついてるのを聞かされる方が、よっぽど苛立った。
それに、俺は最強のプレイヤーだ。
新しいメンバーを集めるのなんて、時間の問題でしかない。
「わかりました、でも手短にお願いします。早くありさちゃんの相手をしないと、残り少ない髪をむしり取られそうなので」
「ああ、好きにしろ」
愛しのくるみちゃんには悪いが。
魔王を討伐するという夢は、よそ見をしている余裕などないほど、まだ遠かった。
準備を終えると、二人で塔を登り始めた。
そこへ届いたのが、予想だにしなかった知らせだった。
それが届いた時にはもう、最初の数階を登り終えていた。
すぐには開かなかった。
ロイの顔に浮かんだ絶望を見てから、ようやく開いた。
---
**Sillaaaris プレイヤーの皆様へ**
まず初めに、日頃のご愛顧に心より感謝申し上げます。この感謝の気持ちは、言葉ではとても言い尽くせません。そこで開発チームは、特別な報酬として、皆様を弊社最新技術の最初の体験者にすることを決定いたしました。
皆様に真の冒険体験をお楽しみいただくため、従来のログアウト手段はすべて無効化させていただきました。もはや終了メニューへのアクセスはできません。また、コンソールを強制的に取り外したプレイヤーは、脳を焼き切るほどの電撃によって即死いたします。
同様に、新たなシステムも導入いたしました。ゲーム内で死亡した場合、現実の肉体もまた死に至ります。
このお知らせに動揺される方も多いかと存じますが、どうかご安心ください。皆様は弊社にとって何より大切なユーザーです。全力を尽くしていただけるよう、脱出の手段もきちんとご用意しております。
この世界から抜け出す唯一の方法は、魔王――エルフのイラリスを討ち取ることです。
皆様のご武運をお祈りしております!
開発チーム一同




