最終話「私の居場所」
あれから、数ヶ月が経った。
今も私は、この家でユーリと一緒に暮らしている。
変わらない朝が来て、変わらない日常を過ごす。
穏やかで、あたたかい毎日。
けれど、一つだけ変わったことがある。
――ユーリが、以前にも増して過保護になったことだ。
今日は、ギルドのみんなと薬草採集に向かう日だった。
支度を終えた私の姿を見るなり、ユーリは心配そうに眉を寄せる。
「……なあ、風邪ひいていないか?」
「引いてないわ」
「なんか声が掠れている気がするが」
「……いつも通りよ」
そう答えても、彼はなんだか納得していない顔をしていた。
そして、おもむろに部屋を出ていくと、次の瞬間には両腕いっぱいに上着を抱えて戻ってくる。
「これを着ていけ」
「……え?」
渡されたのは、一枚ではなかった。
重ね着すれば冬でも耐えられそうなほどの枚数だった。
「こんなに着たら暑いわよ!」
「……そうか?」
「そうよ!」
思わず声を上げると、ユーリは本気で首を傾げる。
この人は、本当に自分がおかしなことをしている自覚がない。
「もう、本当に大丈夫だから」
「……とりあえず、送る」
有無を言わせないように言われ、私は小さく息を吐いた。
「今日は本当に大丈夫よ? それに、知っているわよ。最近あなた、忙しいでしょう?」
ユーリは魔法塔の主だ。
失踪していた期間の分まで仕事が山積みで、以前なら二日、三日帰ってこないことも珍しくなかった。
それなのに、最近の彼はどれだけ遅くなっても必ず家に帰ってくる。
目元には薄く隈が浮かび、疲れが隠せていなかった。
「無理してまで帰ってこなくていいのよ」
そう言うと、ユーリは少しだけ目を伏せる。
「……心配なんだ」
その一言に、胸がふわりと温かくなった。
「ありがとう。でも、自分の体調くらい自分で管理できるわ」
「それより、あなたよ!」
「俺?」
「そう。今日は休みなんでしょう? とにかく寝て!」
「だが――」
反論しようとした彼を見て、私は少し考えたあと、くすりと笑う。
「……ちゅーしてあげないわよ」
「……それは」
「?」
「困る」
いつになく真剣な顔で言うものだから、思わず笑ってしまった。
私は彼の前まで歩み寄ると、そっと背伸びをした。
軽く唇を重ね、穏やかに微笑む。
「いってきます」
「……いってらっしゃい」
耳まで真っ赤になったユーリを見て、小さく笑う。
数ヶ月前まで、あんなにも自分の気持ちに鈍感だった人なのに。
今では、私が少し離れるだけで心配してしまう。
私のためなら、平気で無理をしてしまう。
(本当に……仕方ない人)
でも、そんなところも愛おしかった。
***
ギルドへ着くと、すでにみんなが集まっていた。
「リーゼ、遅かったね〜?」
ユアンが手を振りながら近づいてくる。
「遅れてごめんなさい」
「どうせ、ユリスがまた何か言ったんでしょ〜」
「……否定はしないわ」
そう答えると、ユアンは楽しそうに笑った。
「この前なんて本当に驚いたよ〜」
「あの話はもうやめて……」
数日前。
薬草の葉で指先を少し切ってしまった時のことだ。
迎えに来たユーリは私の指を見るなり、
「――誰にやられた」
と、本気の殺気を放ちながら私の腕を掴んだ。
誤解を解くのは大変だったし、ギルドのみんなには生暖かい視線を向けられるし……。
思い出しただけで顔が熱くなる。
「今日は気をつけなね〜?」
「わかってるわ」
「じゃあみんな〜! 森に向かうよ〜!」
魔力欠乏症の研究は順調に進み、試作品も完成した。
これからは本格的にポーションを量産するため、必要な薬草を集めていく。
私もその一員として、なんだか誇らしい。
***
採集を終え、私は家へ帰る。
扉を開けると、ソファーで眠るユーリの姿が目に入った。
私が帰って来たことにも気づかないくらい、深く眠っているようだった。
(……ほら。やっぱり疲れているじゃない)
思わず笑みが零れ、私はそっと彼のそばへゆっくりと歩み寄る。
ソファの前でしゃがみ込むと、私はその寝顔を見つめた。
普段はぶっきらぼうで、少し近寄りがたいくらいなのに。
眠っている時だけは、どこか無防備で。
「……かわいい」
無意識に呟いたその時。
「……誰がかわいいだって?」
ユーリの瞼がゆっくりと開く。
「起きてたの!?」
「今、起きた」
「ふふ。だって、あんなに眠り込んでいたんだもの」
すると、ユーリは寝ぼけたまま腕を伸ばし、私をそっと引き寄せた。
触れるだけの、優しい口づけ。
ゆっくりと離れると、ユーリは耳まで赤く染めたまま視線を逸らした。
「……うるさい」
「もう……」
照れ隠しに頭を軽く撫でられて、また笑ってしまう。
王宮を飛び出したあの日。
こんな日常が待っているなんて、想像もしていなかった。
誰かの評価ばかりを気にして、自分らしさを見失っていた私。
だけど、彼と出会って変わることができた。
誰かに価値を決められなくてもいい。
私は私の人生を選んだのだ。
――彼の隣で、一緒に未来を見つめたいって。
「おかえり」
ユーリが穏やかに笑うと、私も笑い返した。
「ただいま」
帰る場所がある。
待っていてくれる人がいる。
その当たり前が、何よりも幸せだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
実はこの物語は、構想段階ではリゼリアとクロードの恋愛物語を考えていました。
(作者は執着男が大好きなので、「監禁するくらい重い男を書こう!」と思ったのがきっかけです。笑)
なので、実は私自身もクロードエンドを書く気満々だったんです。
ですが、いざ書き始めてみると、リゼリアはそんな結末では幸せになれない子でした。
物語を書き進める中でリゼリア自身が少しずつ変わっていき、その姿を見ているうちに、彼女の隣にいるべき人物としてユーリという存在が生まれました。
気づけば、私の中でも二人が自然と惹かれ合い、この結末へと辿り着いていました。
今では、このラストが一番しっくりきています。
ここまでリゼリアたちの物語を見届けてくださり、本当にありがとうございました。




