第57話 荒野の深部、共助の芽生え
音が消えた村から東へ数キロ。そこはもはや荒野と呼ぶことすら、言葉を躊躇われるような異様な光景が広がっていた。
空は青いままだが、地面からは巨大な幾何学模様の結晶が牙のように突き出し、周囲の風景を不自然に変形させている。ノエルが魔法の灯火を掲げるが、その明かりさえも、特定の角度に達した瞬間にパッと「消去」されるかのような不安定な振る舞いを見せていた。
「……ここ、すごく掃除が溜まってる。……空気が重くて、爺ちゃんの家の地下室みたい」
ロアが聖葬槌を握りしめ、レンズ越しの赤い風景を凝視する。
「...…当然だ。……ここはかつて、管理システムのゴミ捨て場として機能していた領域だ。……削除しきれなかったイレギュラー・データが、長年の滞留によって物理的な実体を持つのに至った場所だ」
シオンが、不気味に輝く結晶の一つを冷ややかに指差した。少年になった彼は、今でも世界の裏側の構造を、誰よりも熟知している。
「シオン、これ、どうすれば直せるかな? ……いつもみたいにトントンしても、なんだか跳ね返されちゃいそうで」
『……貴様、少しは頭を使え。……この結晶は重層的な暗号化が掛かっている。……表面を叩いても、衝撃は分散されるだけだ。……修復者よ、お前の槌を、この座標に、この角度で叩き込め』
シオンがロアの背後に立ち、その小さな肩を強引に掴んで向きを調整させた。彼が示したのは、巨大な結晶の継ぎ目に見える、微かな光の揺らぎだった。
「……ここが論理的な脆弱点だ。……ここを突破し、内部の核に修復コードを流し込めば、一気に理の上書きが可能になる。……行け、ロア」
「……うん。わかったよ、シオン!」
ロアが思い切り大地を蹴った。 空中を一回転し、シオンが示した理の隙間」に向けて、槌を渾身の力で振り下ろす。
――ドゴァァァァァァァン……ッ!!!!
衝撃が走る。いつもなら剥がれる感触があるはずだが、今回は違った。槌の先端から流れ込んだ黄金の光が、シオンの指摘した経路を通って結晶の深部へと浸透し、内側からその存在を再定義していく。
結晶が白銀の粒子となって弾け、周囲の歪んだ風景が、本来の荒野の質感へと戻っていく。それまで遮断されていた風の音が、遠くで鳴る雷のような重低音が、一気にロアたちの耳に流れ込んできた。
「……ナハト、観測完了。……周辺域の論理エラー率、42パーセントから0.05パーセントへ急落。……シオン様の助言による修復効率、推定300パーセントの向上。……素晴らしい共助です」
「……あ、あいつら……あんな呼吸ぴったりで……」 ラグが唖然として呟く。
「……ふん。……非効率を排除しただけだ。……喜ぶな、ロア。……奥の方には、これよりもさらに硬い理の瘡蓋が待ち構えている。……巡礼者たちが、それを自分たちの祭壇にしているようだ」
「うん! でも、シオンがいれば大丈夫だね。……もっと掃除して、ここを誰もが歩ける道に戻そう!」
ロアの屈託のない笑顔に、シオンは再び不機嫌そうに顔を背けた。だが、その口元は微かに、本当に微かにだけ、今まで一度も見せたことのない満足げな形に緩んでいた。
管理者と修復者。異なる理を持つ二つの力が、崩壊する世界の中で、最強の絆として実を結ぼうとしていた。
(第57話 終わり)




