第54話 再会のセレステ、剥離の残影
白亜の城壁が見えてきたとき、ロアは思わず歓声を上げた。
「あ、セレステだ! 懐かしいなぁ、お掃除のやりがいがある街だったよね!」
「……ええ。……でも見て、ロア。以前よりも警備が厳重になっているわ」
ノエルが指摘した通り、セレステの正門前には以前にはなかった魔導障壁が二重に張られ、武装した魔導士たちが鋭い眼光を光らせていた。空の剥離(ゼニス篇での現象)は修復されたはずだが、地上には未だに理の綻びへの不安が蔓延しているのだろう。
「止まれ! これより先は学園の許可証なき……何っ!?」
検問の魔導士が、一行の姿を見て絶句した。その列の奥から、一際贅沢な外套を羽織った少年が、静かに歩み寄ってくる。
「……その能天気な声、聞き間違えるはずもない。……貴様か、ロア」
そこに立っていたのは、アルゴスだった。以前よりも背が伸び、その表情にはかつての高慢さだけでなく、街を守る責任感のようなものが宿っている。そしてその背後には、一点の乱れもない所作で控えるお馴染みの姿があった。
「お久しぶりでございます。ロア様、ノエル様……そしてラグ様も。……アルゴス様も、皆様の帰還を心待ちにしておいででしたよ」
リゼが、深々と頭を下げる。アルゴスの専属メイドとしての気品は、乱世にあっても揺らぐことはない。
「リゼも元気そうだね! アルゴス、なんか……ちょっと強そうになった?」
「……ふん、貴様に言われるまでもない。学園都市の防衛を任されている身だ。……ところで、そこの白い異分子は何だ?……記述ノイズが、あまりにも静かすぎて気味が悪い」
アルゴスの視線が、不機嫌そうに砂を蹴っているシオンに向けられた。シオンは一瞥もせず、ただ鼻を鳴らす。
『……下等。……これほど非効率な魔導障壁を維持するために、どれほどのリソースを浪費しているのか。……管理者の目が届かない末端とは、これほどまでに乱雑なものか』
「なんだと……っ!?」
アルゴスが眉根を寄せる。一触即発の空気が流れるが、ナハトが即座に割り込んだ。
「……シオン様の毒舌レベル、現在:通常運転。……懸念の必要はありません。……彼はただの『世間知らずの元上司』です」
「……何だか知らんが、賑やかなことだ。……とにかく入れ。フィオナ教授がお待ちだ。……今のセレステは、貴様がいた頃ほど平和ではないぞ」
アルゴスの先導で、一行は学園都市の内部へと進む。街路は以前のように美しいが、至る所にパッチを当てられたような理の歪みが残っていた。
シオンは、歩きながら周囲の建築物や魔導回路の走り方を黙って観察していた。彼にとって、この都市はかつて演算結果として「座標(x, y, z)」でしかなかった場所だ。それが今、風の音や、道行く人々の会話、そして古い石畳の感触を伴って、血の通った現実として押し寄せてくる。
(……これが、ガレンが……そしてこの少年が守ろうとしたバグだらけの景色か……)
少年の姿をした元管理者の胸に、名前のない感情が芽生え始めていた。一行は学園の最上階、フィオナ教授の執務室へと足を向ける。 そこで待っているのは、地上の瘡蓋についての、あまりに不穏な報告だった。
(第54話 終わり)




