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第31話 星屑の海と、最初のお掃除

いつもお読みいただきありがとうございます! 第三部「世界の真理(真・宇宙)編」がここから開幕します。 偽りの空を突き抜けたロアたちを待ち受ける「星屑の海」とは……? ぜひお楽しみください!



 世界の天井を突き抜けた光の扉の向こう側は、息を呑むほど美しい星屑の海だった。


 足元には果てしなく続く透明なガラスのような床が広がり、その遥か下には吸い込まれそうなほどの深い藍色の暗闇が横たわっている。

 そして見渡す限りの空間に、文字通り無数の星々――金緑色に輝く数字や記号の羅列ソースコードが、銀河のように渦を巻きながらゆっくりと明滅していた。


「うわあ……! すっごく綺麗だね! ここがお星さまの本当の場所?」


 ロアが目を輝かせ、無邪気に星屑の一つに手を伸ばそうとする。だが、その指先が触れるより早く、背後に立つ無表情の少女・ナハトが冷たい声で制止した。


「……推奨しません。その星屑は、世界を構成する理の中心データ。触れればあなたの精神データが解析され、即座に不純物として排除される可能性があります」


「えー、触っちゃダメなの? つまんないなー」  ロアはぷくっと頬を膨らませて手を引っ込める。


「つまんないで済む問題じゃないわよ、ロア」


 ノエルがため息をつきながら、周囲の星屑を警戒するように見回す。彼女の魔術師としての鋭敏な感覚は、この美しい空間が、これまでの世界セレステやゼニスとは全く異質の、恐ろしく密度の高い何かで構成されていることを感じ取っていた。

「……ここが、世界の真理。神様がこの世界を管理している......真・宇宙……」


「フゥン……。星空ごとぶっ壊して脱出したと思ったら、もっとでかい箱庭に出たってわけか。お偉いさんの趣味は理解できねえな」


 ラグが、肩に担いだ分厚い大剣の柄をコンコンと叩きながら、忌々しそうに吐き捨てる。彼の言う通り、ここは空想の宇宙ではなく、世界の根幹を記述したシステム管理領域そのものであった。


「……オイッ! 聞こえるか、ロア! ノエル! ラグのおっさん!」


 その時、ロアのリュックサックの上にちょこんと乗っていた、小さな金属製の球体――通信ドローン・ルカくん2号から、ノイズ混じりに馴染みの声が響いた。


「あっ! ルカの声だ! すごい、こんな遠くまで声が届くんだね!」

 ロアが嬉しそうにルカくん2号を手のひらに乗せる。ドローンはカメラアイのレンズをチカチカと不機嫌そうに点滅させた。


「当たり前だろ! 俺の最高傑作、新型の量子通信モジュールを舐めんな! ……って言いたいところだが、あり得ねえぞ。俺のモニター上じゃ、お前らの生体反応ライフシグナルが完全にこの世界(V.7.21)のマップ外に消し飛んでる。お前ら、一体どこに居やがるんだ……!?」


「んーとね……。なんか、お星さまがいっぱいある、暗くてキラキラしたところ!」


「アホ! もっと技術的に説明しろ!」


「うーん……。ルカのお部屋より、もっと配線がいーっぱいある感じかな!」


「……代わるわよ」

 ノエルが呆れたようにドローンを奪い取る。


「ルカ君、落ち着いて聞いて。私たちは今、空の向こう側にいるの。セレステもゼニスも、全部が作り物だった。私たちは今、その作り物を管理している大元の部屋……真・宇宙って呼ばれる場所にいるわ」


「……は? 空の向こう? 真・宇宙? ……おいおいおい、冗談だろ。じゃあ俺が今ハッキングして見てるゼニスの空の上に開いた巨大な穴は、お前らがぶち抜いたって言うのか……!?」


 ルカの絶句する声が響く。


「……警告」


 ナハトの無機質な声が、ルカの通信を遮った。


「不正な生体アクセス(あなたたち)の存在が、システム防衛機構に検知されました。自律防衛プログラム......アンチウイルス・エンティティが接近中」


 ナハトの言葉と同時に、美しい星屑の空間が、突如として赤黒い警告色に染まった。

 そして何もない空間がガラスのようにひび割れ、そこから無数の黒い這い回るバグの塊が這い出してきたのだ。


 それは狼のようでもあり、蜘蛛のようでもある、不定形の化け物たち。だが、これまでの魔物や機械兵器とは決定的に異なる点があった。

 化け物たちの身体は0と1の数字の羅列で構成されており、周囲の正常な星屑データを次々と喰らいながら増殖していくのだ。


「なんだこいつら……! 見るからにヤバそうなバカヅラしてやがるな!」


 ラグが俊敏に前に飛び出し、大剣を豪快に振り下ろす。


 ――ズパァァァンッ!!


 凄まじい物理的な破壊力が、黒いバグの塊を真っ二つに両断した。  ……だが。


「なっ……!?」


 両断されたはずの化け物は、斬撃の断面からエラーコードを撒き散らすと、即座に2体の完全な個体へと分裂したのだ。傷口という概念すら存在しない、完全な自己複製コピペ


「物理攻撃が通じない!? だったら!《業火プロミネンス、三重展開》!!」


 ノエルが間髪入れずに極太の炎の槍を放つ。  炎は化け物たちを飲み込み、跡形もなく焼き尽くしたかに見えた。直後、炎の弾道そのものが「Error 404: 攻撃データが見つかりません」というホログラム文字と共に、文字通り削除デリートされて空中に消滅した。


「……私の魔法が、なかったことにされた……!?」


 ノエルが愕然としながら後ずさる。


「……無駄よ」


 ナハトが静かに告げた。


「ここは純粋なソースコードの世界。彼らはあなたの魔法の攻撃力ではなく、『魔法というデータそのもの』を書き換えて無効化している。この世界で、彼らに干渉できるルールは存在しない」


 無敵のバグの群れが、一斉にロアたちへ飛びかかろうとした、その瞬間。


「ええっと……。つまり、こいつらが掃除の邪魔をしてる厄介なホコリたちってことで、いいんだよね?」


 ロアが、腰から無造作に、小さな黄金のハンマーピッケルを引き抜いた。


 そして。 「……よっと!!」


 何の魔力も、剣気も帯びていない。ただの元気な子供のフルスイング。真横に薙ぎ払われたハンマーピッケルが、最前列のバグの塊の顔面に――


 ――ガァァァンッッ!!!!


 これまでで最も澄んだ、鼓膜ではなく魂に響くような激しい衝撃音。直後。無敵のはずのバグの化け物が、自己複製も、データ書き換えも行う間もなく。


 パリンッ!


 ただの物理現象のように、情けなくひしゃげながら彼方へと吹き飛び、星屑の海に激突して粉々に砕け散ったのだ。


「……はぇっ?」


 ノエルが間の抜けた声を漏らす。ラグが「おいおい……」と大剣を肩からずり落としかける。


「よしっ! 綺麗になった!」


 ロアは満面の笑みで、ハンマーピッケルを軽く握り直した。


「……削除者デリーター


 ナハトの目に、初めて微かな驚愕の色が宿る。 いや、修復者リペアラー……。世界を管理するルールそのものを、問答無用で物理的に剥がし取る力を持った、初期値からのイレギュラー。


「……おい。俺のモニター上でも、今の一撃だけは、バグの数値が完全にゼロ(消滅)になったぞ。……ロア、お前のその頭のおかしいハンマー、この星空の世界でも一番のデタラメ(特権)みたいだな」


 ルカくん2号から、呆れと頼もしさが混じったルカの声が響く。


「えへへ、でしょ! 爺ちゃんがくれた、世界で一番すごい掃除道具だからね!」


 ロアは、次々と群がってくる無数のバグの群れに向かって、何一つ気負うことなく、ただ純粋にハンマーピッケルを構えた。


「それじゃあ、世界で一番大きな掃除の、始まりだよ!」


第31話終わり)

第三部開幕です!ついにシステムの大元「真・宇宙」へ到達したロアたち。 どんなに無敵な防衛システム(バグ)でも、彼のお掃除道具(特権)の前には無力です。 次回は、地上に残った仲間たちの防衛戦を描きます。


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