第24話 管理者の視線、冷徹なる処刑の瞳
お読みいただきありがとうございます! ルカの弟を救い出したロア。しかしそれは、世界の「管理ルール」を根本から覆す禁忌でした。 地下空洞に現れたのは、感情を持たない世界の運営者。 お掃除屋のハンマーピッケルが、システムの最高権限に挑みます。
「……寒い。……兄さん、僕、眠っていたの?」
氷の繭から解放された少年――ルカの弟、テオが震える声で言った。
ルカは言葉にならず、ただただ汚れきった自分の腕を、弟の小さな背中に回した。
その温もりは、何年も前に失ったはずの、油で汚れる前の幸福そのものだった。
「……ああ。もう大丈夫だ、テオ。……お掃除の天才が、お前の鎖を剥がしてくれた」
ルカが鼻をすすり、ロアの方を振り返ろうとした、その時。
ザザ……ザザザザッ……!!
地下空洞の空気が、突如としてノイズにまみれた。
湿った熱気や機械の軋み、そんな物理的な気配がすべて消失し、空間が幾何学的なグリッドに覆われる。
「――権限違反を確認。……例外個体による、システムデータの無断書き換えと判定」
天井から降り注いだのは、人の声というにはあまりに無機質な、透明な旋律。
光の粒子が収束し、そこに一人の少年が立っていた。
藍灰色の髪に、一切の瞳孔がない真っ白な両目。教会の審問官のような仰々しい装飾はない。ただ、そこにあるだけで周囲の物理法則を沈黙させるような、絶対的な支配者の影。
「 管理者……シオン……!」
ルカがテオを背後に隠し、戦慄と共にその名を口にした。
「……ノエル。あの子、すごく『冷たい』ね。ガウェインお兄さんよりも、もっともっと掃除が行き届きすぎてて、何も残ってないみたい」
ロアがハンマーピッケルを握り直す。
彼の目には、シオンという存在が人間としてではなく、膨大な 消去コードが人の形を成しているように見えていた。
「イレギュラー・ロア。……あなたの行動により、ゼニスの冷却プロセスに0.004%の遅延が発生しました。……この遅延は、将来的に周辺地域の熱暴走(世界の消滅)を引き起こす原因となります」
シオンが淡々と手を掲げた。
「エラーを修正します。……対象:ロア、およびその協力者。……処理:存在の永久抹消」
シオンが指を弾いた。 魔術ではない。空間そのものが『黒い正方形』に切り取られ、ロアたちを飲み込もうと迫る。
「危ないッ!!」
ラグが割って入ろうとするが、シオンが微かに視線を向けただけで、ラグの足元の床が消失し、彼は虚空へと投げ出された。
「……そこ。僕が掃除するから、勝手に消さないで!」
ロアが飛び出した。 迫りくる黒い消去範囲に対し、彼は逃げるどころか、あえてその境界線を黄金のハンマーピッケルで叩きつけた。
ドォォォォンッ!!
世界の法則と、剥離者の意志が激突する。
ロアの手は衝撃で痺れたが、ハンマーピッケルに触れた消去データは、文字通りバラバラの光となって空気中に霧散していった。
「……物理的干渉による、コマンドの中和? ……解析不能。……出力の最大化を要請。……第ニ段階へ移行」
シオンの白い眼が、微かに赤く染まった。 地下空洞の四方が、同時に黒い壁となって、逃げ場のない立方体を形成し始める。
「ロア! 逃げて! あれに触れたら、存在確率がゼロに上書きされる……!」
ノエルが必死に叫ぶが、彼女の魔法はシオンの管理者権限の前で、発動した瞬間に無へと還元されてしまう。
「……大丈夫。ノエル。……こいつ、すごく『必死』なんだ。……世界を綺麗にしなきゃいけないって、自分に掃除を強要してる」
ロアは逃げなかった。 黄金のハンマーピッケルを地面に突き立て、彼はシオンを真っ直ぐに見つめた。
「シオン、だっけ。……掃除はね、誰かに言われてやるものじゃないんだよ。……街のみんなが笑って、温かくなるのが楽しいからやるんだ」
ロアのハンマーピッケルから、黄金の光が螺旋となって立ち上る。
それは、シオンの消去よりも深い、世界の根源的な善性を呼び戻す輝き。
「お前の掃除は、ただのゴミ捨てだ。……本当のお掃除は、そこにあるものを大切に磨くことなんだからっ!!」
ズガァァァァァァァンッ!!
ロアが振り下ろした一撃は、シオンの作る黒い牢獄ではなく。
シオンという存在を繋ぎ止めている冷徹な論理そのものを、大きく剥ぎ取った。
(第24話終わり
読んでくださりありがとうございます! 世界の管理者・シオン。彼にとっての正義は、一滴の無駄もない「完全な管理」でした。 しかしロアの放つ、人間臭くて泥臭い「お掃除」の一撃が、管理者の冷たい瞳に揺らぎを与えます。 シオンを一時的に退けたロアたち。しかし、世界のオーバーヒートは止まりません。 次回、ゼニス編最終局面。 「お掃除屋」が出す、世界を冷やすための『新しい答え』とは? お楽しみに!




