表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/71

第22話 心臓の鼓動、オーバーヒートする街

お読みいただきありがとうございます! 審問官カシウスを退けたロアたち。しかし、教会の追手は止まりません。 逃げ込んだゼニスの地下深く。そこでロアが見たのは、街を温めるはずの蒸気が奪い去っていく「人間の尊厳」でした。 効率化という名の狂気が、世界の心臓を凍りつかせていきます。



「……僕の、鎌が。……鉄の、棒に……?」


 カシウスは、右手に残された錆びた鉄屑を信じられないというように見つめた。彼の脳内にある論理回路が、目の前の事象を解析不能として拒絶し、激しいスパークを上げている。


「お兄さん、そんな怖い顔しなくてもいいよ。……ほら、逃げるなら今だよ!」


 ロアの屈託のない笑顔に、カシウスは言葉にならない呻きを上げた。同時に、工房の包囲網に亀裂が走る。


「おい、ボーッとするな! こっちだ!!」


 ルカが工房の床板を力任せに剥ぎ取り、隠されていた下水管への入り口を指差した。ラグがカシウスの追撃を防ぐように大剣を振り回し、その隙にノエルとロアを穴の中へと押し込む。


「……計算外だ。……全単位、追跡を開始せよッ!!」


 背後でカシウスの怒声が響くが、ロアたちはすでに、重油の匂いが立ち込めるゼニスの血管へと潜り込んでいた。


 ◇


 地下通路を数キロ走り、一行が辿り着いたのは、スクラップ・タウンのさらに下層――第零廃棄区と呼ばれる場所だった。そこは、上層の地熱発電から漏れ出した死んだ蒸気が滞留し、湿った熱気が充満しているはずの場所。 だが、ロアたちの目の前に広がる光景は、あまりにも静かで、冷たかった。


「……なに、これ。……街の中に、氷の壁があるよ」


 ロアがつぶやく。広大な空洞の中、無数のパイプが絡み合う中央に、巨大な氷の繭のようなものが形成されていた。その氷の中に閉じ込められているのは――。


「……人間、なの?」


 ノエルが戦慄と共に声を漏らした。氷の層の中に、数十人の街の住人が、眠るような姿勢で整列している。彼らの体表からは、以前見た凍結病と同じ幾何学模様が、呼吸を刻むように淡く脈動していた。


「……保冷材だ。教会の奴らは、そう呼んでいる」


 ルカが、吐き捨てるように言った。彼のゴーグルのレンズが、氷の繭の奥に眠る少年を見つめて、一瞬だけ揺れる。


「ゼニスは魔法を捨てて、純粋な演算だけで世界を動かそうとした。……でも、計算の効率を上げれば上げるほど、世界のシステムは排熱を起こす。……オーバーヒートした世界を冷やすために、この街は、熱を持った人間の感情を冷却材として吸い上げているんだ」


「熱を……吸い上げる? ……じゃあ、このおじさんたちは、世界を冷やすための氷にされちゃったの?」


 ロアが氷にそっと手を触れる。冷たい。けれど、その奥底からは、掠れたような悲しみと寂しさのデータが、不純なノイズとなって指先に伝わってきた。


「そう。効率化の極致が、この凍結病の正体さ。……無駄な感情を捨てれば、街は速くなる。速くなれば、さらに世界は冷える。……誰も泣かず、誰も笑わず、ただ時計の歯車のように正確に回る、究極に美しい完成された世界」


「……そんなの、全然綺麗じゃない」


 ロアの瞳が、黄金色に沈んでいく。

 [Object: CentralEngine_CoolantUnit - Status: Running - Efficiency: 99.9% - Human_Suffering: Max]


「掃除屋さんはね、汚れを剥がすのが仕事なんだ。……でも、この街は、生きるための温かさを汚れだと思って捨てちゃってる。……それは、掃除とは言わないよ」


 ズゥゥゥゥゥン……


 その時、空洞の奥底から、という、巨大な何かが鼓動するような音が響いてきた。

 ロアはハンマーピッケルの柄を強く握りしめた。


 通路の先に広がるのは、ゼニスの、そしてこの世界の不和を一手に引き受ける中央機関セントラル・エンジン。光を飲み込み、絶対零度の冷気を吐き出し続ける、鋼鉄の怪物。


「あそこに行けば、元の温かいおじさんたちに戻せるかな?」


「……正気か、ロア。あそこには審問官どころか、デリーター(消去官)の本職が詰めているんだぞ」


 ルカの警告を、ロアはいつもの無邪気な、けれど鋼のような意志を秘めた笑顔で受け止めた。


「うん! 僕、詰まってるものを剥がすのが、一番の大得意なんだ!」


(第22話終わり

読んでくださりありがとうございます! 効率化の果てに人間を冷却材にする、ゼニスの残酷な真実。 ロアの怒りは、世界の根幹を成す「心臓」へと向けられます。 ノエルとロア、そしてルカ。それぞれの想いが、地下深くの氷の神殿で交錯します。 次回、セントラル・エンジン。お掃除開始です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ