第22話 心臓の鼓動、オーバーヒートする街
お読みいただきありがとうございます! 審問官カシウスを退けたロアたち。しかし、教会の追手は止まりません。 逃げ込んだゼニスの地下深く。そこでロアが見たのは、街を温めるはずの蒸気が奪い去っていく「人間の尊厳」でした。 効率化という名の狂気が、世界の心臓を凍りつかせていきます。
「……僕の、鎌が。……鉄の、棒に……?」
カシウスは、右手に残された錆びた鉄屑を信じられないというように見つめた。彼の脳内にある論理回路が、目の前の事象を解析不能として拒絶し、激しいスパークを上げている。
「お兄さん、そんな怖い顔しなくてもいいよ。……ほら、逃げるなら今だよ!」
ロアの屈託のない笑顔に、カシウスは言葉にならない呻きを上げた。同時に、工房の包囲網に亀裂が走る。
「おい、ボーッとするな! こっちだ!!」
ルカが工房の床板を力任せに剥ぎ取り、隠されていた下水管への入り口を指差した。ラグがカシウスの追撃を防ぐように大剣を振り回し、その隙にノエルとロアを穴の中へと押し込む。
「……計算外だ。……全単位、追跡を開始せよッ!!」
背後でカシウスの怒声が響くが、ロアたちはすでに、重油の匂いが立ち込めるゼニスの血管へと潜り込んでいた。
◇
地下通路を数キロ走り、一行が辿り着いたのは、スクラップ・タウンのさらに下層――第零廃棄区と呼ばれる場所だった。そこは、上層の地熱発電から漏れ出した死んだ蒸気が滞留し、湿った熱気が充満しているはずの場所。 だが、ロアたちの目の前に広がる光景は、あまりにも静かで、冷たかった。
「……なに、これ。……街の中に、氷の壁があるよ」
ロアがつぶやく。広大な空洞の中、無数のパイプが絡み合う中央に、巨大な氷の繭のようなものが形成されていた。その氷の中に閉じ込められているのは――。
「……人間、なの?」
ノエルが戦慄と共に声を漏らした。氷の層の中に、数十人の街の住人が、眠るような姿勢で整列している。彼らの体表からは、以前見た凍結病と同じ幾何学模様が、呼吸を刻むように淡く脈動していた。
「……保冷材だ。教会の奴らは、そう呼んでいる」
ルカが、吐き捨てるように言った。彼のゴーグルのレンズが、氷の繭の奥に眠る少年を見つめて、一瞬だけ揺れる。
「ゼニスは魔法を捨てて、純粋な演算だけで世界を動かそうとした。……でも、計算の効率を上げれば上げるほど、世界のシステムは排熱を起こす。……オーバーヒートした世界を冷やすために、この街は、熱を持った人間の感情を冷却材として吸い上げているんだ」
「熱を……吸い上げる? ……じゃあ、このおじさんたちは、世界を冷やすための氷にされちゃったの?」
ロアが氷にそっと手を触れる。冷たい。けれど、その奥底からは、掠れたような悲しみと寂しさのデータが、不純なノイズとなって指先に伝わってきた。
「そう。効率化の極致が、この凍結病の正体さ。……無駄な感情を捨てれば、街は速くなる。速くなれば、さらに世界は冷える。……誰も泣かず、誰も笑わず、ただ時計の歯車のように正確に回る、究極に美しい完成された世界」
「……そんなの、全然綺麗じゃない」
ロアの瞳が、黄金色に沈んでいく。
[Object: CentralEngine_CoolantUnit - Status: Running - Efficiency: 99.9% - Human_Suffering: Max]
「掃除屋さんはね、汚れを剥がすのが仕事なんだ。……でも、この街は、生きるための温かさを汚れだと思って捨てちゃってる。……それは、掃除とは言わないよ」
ズゥゥゥゥゥン……
その時、空洞の奥底から、という、巨大な何かが鼓動するような音が響いてきた。
ロアはハンマーピッケルの柄を強く握りしめた。
通路の先に広がるのは、ゼニスの、そしてこの世界の不和を一手に引き受ける中央機関。光を飲み込み、絶対零度の冷気を吐き出し続ける、鋼鉄の怪物。
「あそこに行けば、元の温かいおじさんたちに戻せるかな?」
「……正気か、ロア。あそこには審問官どころか、デリーター(消去官)の本職が詰めているんだぞ」
ルカの警告を、ロアはいつもの無邪気な、けれど鋼のような意志を秘めた笑顔で受け止めた。
「うん! 僕、詰まってるものを剥がすのが、一番の大得意なんだ!」
(第22話終わり
読んでくださりありがとうございます! 効率化の果てに人間を冷却材にする、ゼニスの残酷な真実。 ロアの怒りは、世界の根幹を成す「心臓」へと向けられます。 ノエルとロア、そしてルカ。それぞれの想いが、地下深くの氷の神殿で交錯します。 次回、セントラル・エンジン。お掃除開始です!




