金は風のように消える
宿の軒先には、くたびれた提灯がぶら下がっていた。
夕暮れの風に揺れ、かすかな音を立てている。
御影は柱にもたれ、腕を組んで待っていた。
人の姿をしてはいるが、彼の隣に立つ影はわずかに濃淡が違う。
それが妖の気配だと、彼だけは分かっていた。
「遅いな」
羽音が返る代わりに、草履の軽い足音が近づく。
「皇子さまー!」
振り向くと、町娘の姿をした千羽が駆け寄ってきた。
黒髪は結われ、着物もきちんと着ている。だが歩き方がどこか跳ねるようで、袖の動きがほんの一瞬、羽の名残を引きずる。
そして胸元が――やたらきらきらしていた。
「……お前、なんか増えてないか」
「えへへ」
千羽はくるりと回る。
人の首元に不釣り合いなほどの装飾具がじゃらりと音を立てる。
「街の市でね!きれいだったから全部買った!」
「全部、という単語が嫌な響きだな」
嫌な予感が胸の奥で形になる。
そのとき、重たい足音。
「皇子さまー!」
振り返ると、大柄な旅人風の男が歩いてくる。
肩幅が異様に広く、背が高すぎる。人の姿をしているのに、どう見ても人の骨格ではない。
剛羅丸だった。
顔は人間だが、笑うと牙の名残がちらりと覗く。
「いい街だなここ!飯がうまい!」
御影は目を細めた。
「……何食った」
「肉と、肉と、あと肉!それから饅頭と汁物と――」
「いくら使った」
剛羅丸は指を折るが途中で分からなくなり、豪快に笑った。
「全部!」
御影は静かに息を吐いた。
「千羽」
「なに?」
「お前はいくら使った」
「全部!」
即答。
御影は空を見る。
「……よし、じゃあ俺の番だ」
二人の視線が集まる。
「賭場」
剛羅丸の表情が曇る。
「皇子さま……」
「最初は勝ってた」
「その後が問題だよね?」
千羽が鋭い。
「倍にしようと思った」
「負ける人の発想だよね?」
「気づいたら胴元が肩叩いてた」
剛羅丸が頭を抱える。
「全部……か」
「派手にな」
提灯が風に鳴る。
沈黙。
千羽が小さく手を挙げる。
「……つまり」
剛羅丸が続ける。
「今」
御影が締めた。
「無一文」
町娘と旅人と皇子――
見た目は普通の一行なのに、中身は妖と問題児だ。
「ごはんは?」
「ない」
「宿代は?」
「ない」
「これからは?」
「未定」
剛羅丸が叫ぶ。
「どうするんだよ皇子さま!」
御影は笑った。
「人の姿なんだから、人らしく稼ごう」
「稼げるの?」
「命までは取られない仕事を探す」
千羽が首を傾げる。
「それ安心なの?」
「この世界じゃ最高レベルでな」
三人の影が宿の灯りに伸びる。
一つは細く軽く、一つは異様に大きく、一つは妙に揺れていた。
妖が人に化けているとは、誰も気づかない。
だが違和感だけが、静かに街に溶けていた。




