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厄介な第三皇子 盗賊退治を命じられる


「――つまり、死んでこい、ということだな」


御影は声を潜めて言った。言葉は広間の静寂を裂かずに、するりと老臣たちの間に落ちる。誰も答えない。香炉の白い煙だけが、ゆっくりと揺れていた。


老臣のひとりが喉を鳴らし、言葉を継いだ。

「山間の盗賊が、妖に憑かれ……その、暴虐を成しております。討伐隊にて対処を試みましたが、全て討ち破られております」


「討伐隊は、全滅と申すのか」

御影は静かに、しかしたしかな速度で問うた。


「……はい、殿下」


短い答。間が、また伸びる。


「隊が失敗した任務に、一人で向かえと申すか」


老臣は視線を泳がせ、御簾の方へと視線を上げる。御簾の奥は淡い陰。母后の気配が、そこに一枚の布のようにかかっている。


「第三皇子殿下に――お任せいただきたいと、母后が仰せです」


御影はゆっくりと息を吐いた。その数字が、文のように彼の胸に落ちる。近すぎず、遠すぎず。都合よく消せる位置。


一瞬、誰も動かなかった。重臣たちの衣擦れが、かすかに聞こえる。


「母后は、殿下におかれましても民の安寧を願っておられます」

老臣の声は丁寧で、しかしどこか冷たい。言葉は慈愛の仮面を被っている。


御影は顔を上げ、ゆっくり御簾に向き直る。声は小さく、だが聞こえるように言った。

「母上。御心遣い、ありがたく頂戴します。せめて菓子でも持たせてくだされば、子ども心が和むのですが」


御簾の向こうで、静かな笑みが揺れた気がした。その笑いは遠い。

「国のため。殿下の勇断を願うのみです」――その一語一語が、鋭く辺りを切りつけていく。


御影は肩を竦め、軽く笑った。笑いに艶はない。

「ならば、笑顔で行って参りましょう」


母后は黙した。やがて下がりゆく御簾の向こう、香の煙はまた一点に溜まった。


城門をくぐると、外の空気が違った。広間の凝り固まった冷たさは風に溶け、音の輪郭がはっきりする。


「皇子さま!」


大地を踏む足音が先に知らせた。剛羅丸が、無邪気な嵐のように駆け込む。角が朝の光を受けて輝き、棍棒を軽く振る仕草で胸を張る。


剛羅丸は息を切らしつつも、顔をぎらつかせて言う。

「皇子さま!盗賊だろ!オレが全部ぶっ飛ばす!安心して任せろって!」


御影は剛羅丸の肩に手を置き、ゆっくりと顔を覗き込む。

「今日は、静かに潜入する日だ。殴り込みは最後の手段だよ」


「え?」


剛羅丸の顔が一瞬硬くなる。理解が追いつかない。彼の瞳が首をかしげる。剛羅丸は大きくうなり、納得と同時にまた嬉しそうに笑った。

「殴らない日、か。じゃあ、その時はオレ、囮やる!」


その即答に、御影は微かに笑う。


上空から羽音が落ちてきて、千羽がふわりと舞い降りる。羽が風を切る音が、小さな波紋を作る。


「皇子さまー!千羽、見てきたよ!砦、人いっぱい!でね!なんか光ってる人がいたんだよ!」


千羽は目をきらきらさせ、早口で畳みかける。御影は一語ずつ受け取りながら、落ち着いて訊ねる。

「光っている、というのは――武具が光っていたのか、それとも、人の体そのものが光っていたのか」


千羽は眉を寄せ、考えたふりをして遠慮なく首をかしげる。

「どっちも? あ、でも光ってたの、夜にね。目が光ってた感じ!」


御影は小さく頷いた。風が千羽の羽先を吹き、砂利が転がる音が耳に届く。


少しの間があって、御影はぽつりと言った。声は低く、だがはっきりしている。

「母后が、人間の従を禁じた」


剛羅丸が怪訝そうに目を細める。千羽は俊敏に首を巡らせて、答える。

「でも、千羽も剛羅丸も人間じゃないよね!あやかしの者だし!」


御影の口元に、薄い笑みが差した。微笑は暖かくはないが、仲間への頼もしさを含んでいた。

「そうだ。あやかしのお前たちには、皇后の布告は及ばない。ありがたいことだ」


剛羅丸が胸を叩き、千羽は空を一回転して羽を広げる。二人の動作が、とても自然で生活の匂いを含んでいる。御影はその光景をしばらく見つめ、やがて視線を落とした。


「人の従はいらない」――彼は言葉を噛みしめるように、ゆっくりと続けた。

目線の先には、蔵。

「軍の金は旅の糧だ。少しばかり、拝借させてもらおう」


剛羅丸が豪快に笑い出し、千羽は小さな拍手を打つ。だが御影の顔はすぐに引き締まった。笑いの裏にある計算と覚悟。笑みは鎧であり、鎧はまた重荷でもある。


「奪うのか?」と剛羅丸が訊ねる。

「盗むと言えば盗むが、名目は“旅の賄い”だ」御影は肩をすくめ、申請はしないが、と返した。声に迷いはない。

「兵糧も、金子も、必要になる。都の言葉だけを信じるわけにはいかない」


千羽が小さな声で囁く。

「皇子さまは、いつもそうだね。笑ってるけど、ちゃんと考えてる」


御影は一瞬、顔を柔らげた。だがすぐにその表情は消える。空が、あまりにも澄んでいる。青が深すぎて、冷たく見えるほどだ。


「さあ、行こう」――御影が言うと、剛羅丸が大きく頷き、千羽が風を切って舞い上がった。三人の影が連なって伸びる。足取りは確かで、しかし静かだった。


城門の石段を下るその音が、かすかにあたりを揺らす。彼らの行く先は、笑いと災厄の境界だった。

三人の影は、都の光から離れるほどに、濃く長くなっていった。


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