表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/44

希望

走るしか、なかった。


 メイン通路からあふれ出した白い群れと灰色の群れが、コロニーの中で混ざり合って暴れている。

 悲鳴、金属音、どこかで鳴りっぱなしの非常ベル。 


「右! ひより、こっち!」


「は、はいっ!」


 レンが人の波を縫って走る。

 ひよりは、その背中を必死で追いかけた。


 前方に、半分シャッターのしまった雑居ビルの入り口が見えた。


「中に入るぞ!」


 レンがシャッターの下端に肩をねじこみ、ぐい、と持ち上げる。

 その隙間から、ひよりが転がり込む。


 直後、外の通路を白いゾンビの群れが横切っていった。

 人工ゾンビ特有の、妙に揃った足並み。


 シャッターがガラガラと閉まり、外の光が遮断される。


「……ふ、ぅ……」


 ひよりは、膝に手をついて呼吸を整えた。


「ここ、なにビルです?」


「知らん。とりあえずこの上に出るぞ」


 レンが淡々と答える。


 ——そのとき。


 奥の廊下から、低いうめき声が聞こえた。


「……うわ、ですよね……」


 影が二つ、ふらふらとこちらへ近づいてくる。

 くすんだ灰色の皮膚。ゾンビだ。


 レンはひよりの前に出た。


「悪いな」


 短くそう言って、剣を抜いた。


 一閃、二閃。

 ゾンビの首と足が、紙みたいに断たれて床に崩れ落ちる。


(……レンさん、やっぱり“殺さない”余裕、もうないんだ)


 ひよりは、胸の奥が少しざわつくのを感じた。


「上に行く。ゾンビに押し込まれるより、まだマシだ」


「はい……」


 二人は階段を駆け上がった。


 * * *


 三階の踊り場を曲がったところで、別の足音がぶつかった。


「うわっ!」


 コンテナのふたが、がこん、と床を叩いて転がる。


「あっ、ごめ……っ」


 短髪の青年が、息を切らして立っていた。

 その後ろには、眼鏡の女性。折れた机の脚を握りしめている。


「……二次試験の!」


 ひよりが思わず声を上げる。


「やっぱり、ひのひよさん!」


 青年の顔がぱっと明るくなった。


 そして、レンの顔を見て、さらに目を丸くする。


「……さっき屋根ぶち抜いてた帰還者の人ですよね!?」


「ん?、ああ」


 レンが肩をすくめる。


 眼鏡の女性は、半泣きの笑顔でひよりの方へにじり寄った。


「よかった……生きてた……!」


「お互い様です……!」


 ひよりも、ほっと笑う。

 だが、ビル全体がどこかで震えている。長居していい場所ではない。


「ここ、どうしてたんです?」


 ひよりが聞くと、青年は階段の下を一度振り返り、小声になった。


「メイン通路が地獄みたいになったんで、とりあえずここでやり過ごそうとして……。

 でも下からも灰色が上がってくるし、白いのも外ウロウロしてるしで、正直詰んでました」


「このビルの構造はわかるか?」


 レンが尋ねる。


「ここ自体はただのオフィスビルっす。

 でも——」


 青年は、窓の方を指さした。


「見てください。こっから見える、あのビル」


 四人で、踊り場横の小さな窓に集まる。


 粉塵越しに、通りを一本挟んだ向こう側に、やけに窓の少ない箱みたいなビルが立っていた。

 壁の一部には、急ごしらえの鉄骨でバリケードが組まれている。


「あれ、“桃農家だけ集められてるビル”です」


 青年の声に、ひよりがびくりとする。


「桃農家……?」


「俺みたいな、“ももりん追っかけてここまで来た組”。

 途中で合流して、そのまま新宿コロニーまで一緒に来た連中が、ほぼあそこに押し込まれてる。」


「君も桃農家なのか!」

いつもと違い少し気持ちが高揚するレン


 眼鏡の女性が、申し訳なさそうに続ける。


「ももりんの移動ルートに合わせて動いてた人たちです。

 自分から誘導手伝ったり、現場で勝手に動いたりして……

 ここの人たちからしたら、“熱心すぎて制御しづらい”って判断されたみたいで」


「だから、まとめて“隔離”か」


 レンの声が、少しだけ低くなる。


 青年は、苦笑しながらも頷いた。


「上のフロアに、そういう奴らが何十人も詰め込まれてる。

 ももりんと同じ車両に乗ってたやつもいるし、ずっと前から近くで追ってたやつもいる」


 言いながら、ひよりをじっと見る。


「その中に、“情報通の桃農家”がいます」


 ひよりの心臓がどくんと跳ねた。


「情報通……?」


「ルートとか現場の状況とか、ずっとSNSで誰かと繋ぎっぱなしだったやつ。

 電波死ぬ直前まで、“新宿入りログ”流してた」


 青年は、わざと名前を出さないまま続ける。


「ひよりさん、多分ハンドルネームだけは知ってると思う。

 俺からは勝手に言えないんで、会って確認してもらったほうがいいっすけど」


(……まさか)


 ひよりの喉が、からからに乾く。


(あの子が……あそこに?)


 ビルの奥で、鈍い衝撃音が響いた。

 コロニー全体を揺らす、遠い爆発音。


 外を走る白い塊が、一瞬だけ視界の端を横切る。

 人工ゾンビの隊列だ。


 時間が、どんどん削られていく感覚。


「……ここに籠もるのは、無理だな」


 レンが、はっきり言った。


「下から灰色が上がってくる。外には白いの。

 ここで立てこもる理由が何もない」


「じゃあ……」


 ひよりが不安そうに窓の外を見る。


「レンさん、あっちのビルに行くってことですか?」


「行くしかないだろ」


 レンは、剣を鞘に収め、窓から見える通りを感知するように目を細めた。


「人工ゾンビの歩幅と、灰色の群れの流れ……。

 いま通れる“隙間”は、たぶん——」


 クッ、と舌を鳴らす。


「一回きりだ。タイミング逃したら、次はない」


 青年が息を呑んだ。


「でも、外、もう……」


「だから走るんだよ」


 レンは振り向き、三人を順に見た。


「ひよりは、俺の真後ろ。

 二人は、そのさらに後ろ。止まるな。転んだら、そんときは——」


「迎えに戻りますよね?」


 ひよりが即座に食い気味に言った。


 レンが、苦笑する。


「……できれば、そうならないように走れ」


 眼鏡の女性が、慌てて眼鏡を押さえた。


「わたし、多分いちばん足遅いです……!」


「その分、俺が前で風を“ずらす”。

 正面からぶつからないようにするから、目の前にできた空間だけ見て走れ」


 ひよりは、左手首をぎゅっと握った。


(……行く。)


 ももりんと一緒に来た桃農家。

 電波が途切れるまで、画面の向こうで並走してくれていた、あのハンドルネーム。


(会わないまま終わるとか、絶対いやだ)


「レンさん」


 ひよりは、小さく息を吸って言う。


「行きましょう。

 “ももりんのこと知ってる人”に、ちゃんと話を聞きに行きたいです」


 レンは短く頷いた。


「決まりだな」


 階段を駆け下り、裏口へ向かう。

 途中、ゾンビが数体ふらつきながら飛び出してくるが、レンの剣が最小限の動きで要所だけを断っていく。


 裏口のドアの前で、一度だけ全員が立ち止まった。


 ドアの向こう側からは、遠くの叫び声と、何かが砕ける音が聞こえる。


「……行くぞ」


 レンがドアノブに手をかける。


「この一回で、桃農家のビルまで抜ける」


 三人が、無言で頷いた。


 ドアが開く。


 白と灰色の地獄の中へ、四人の小さな影が飛び出した。


 目指すは、通りの向こう側——

 “ももりんと一緒にここまで来た桃農家”だけが詰め込まれたビル



そこにいけば

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ