5-㉙ 猫の困惑と雷の騎士
作品に興味を持って下さり、ありがとう御座います!
どうぞ最後までお楽しみ下さいm(_ _)m
「・・・これ何?」
『とびら』
「いやまぁ、それは見たら分かるんだけど・・・扉が倒れてるってわけじゃないよね?」
横から見ると倒れているのではなく、肉壁と一体化してるのが分かる。ということは開くのだろう、たぶん。
扉の大きさは一般的な扉よりも大きい、お屋敷の大扉くらいのサイズ。目測だと縦3m 横1.5mくらい、結構厚みもありそうだ。
「お腹の中に扉があるのなんて、ラ◯ーンだけだと思ってた。まぁあれは医療目的だって花のおじさんが言ってたけど」
『はなのおじさん?』
「そんな生き物が他にも居るのですね」
「漫画の話だけどね」
商人さんは「まんが?」と首を傾げていたけど、話が長くなりそうなので放置。僕は扉に意識を集中する。
そもそも扉があるのが可怪しいが、まずこれを潜るかどうかが問題である。
仮に潜らない場合、僕らが外に出る方法は①外から出してもらう ②お尻から出る ③口から出る の3択になる。
爪研ぎが弾かれたことから、中からは出られない。そしてここがスキルで作られた異空間である以上、外からの救出も難しい。
また、口は飲み込む専門の器官だ。出るのは望み薄だろう。そしてお尻は・・・ねぇ?
「結局、入る以外の選択肢は無いんだよね」
「がう、がぅがぅ」
「俺は女神様にお任せします」
というわけで、入ることになった。
扉は両開きだが、まぁ片方開ければ良いだろう。だって無駄に重そうだし、知ってる? 伏せてる扉って開けるのにめっちゃ力要るんだよ?
商人さんとミミちゃん含め、皆で協力して開かれた大扉は、某ゾンビゲームを想像させる音を立てながら新たな道を僕達に見せる。
僕としてはその道が良きものであることを願うばかりだが、新しく開かれたその道もまた異常が起きていた。何故なら、その場所では扉が立っていたのだ。
僕達のいる場所で伏せている扉が向こう側では立っている、つまり、道が垂直に続いているわけで・・・。
「これさ・・・地面方向に重力があったら良いけど、方向に変化が無かったら垂直落下するよね? 僕、バンジージャンプ嫌いなんだけど・・・」
というか高い所が嫌いだ、だってお股がヒュッとするじゃん。今はもう何も無いけど。
「どうする〜、ア◯フル。一か八か飛び込むか?」
『いし、なげる』
「セレナ、頭良い! それ採用!」
流石セレナ、天才! 可愛い! 大好き!
僕はセレナからもたらされた解決策を実行する。投げ入れられた石は扉を通った所で床面へ落ちた、つまり重力は下側にちゃんと働いているということだ。
これで安心して向こう側に踏み出せるのだが・・・そもそも重力の方向が変化するってヤバくない? 忘れてるかもしれないけど、ここって竜の腹ん中だぜ?
こいつ腹が減ったからって、どこでもド◯でも食ったんじゃなかろうか・・・。
それから僕達は、降りている筈なのに足を踏み出している不思議な感覚を感じながら、扉の向こう側へ侵入するのだった。
◇
何て無力なのだろう。
私はお祖父様に逃がされ、お嬢様に命を繋がれた。
「ぎぎゃぎゃぎゃ──ぎゃっ!?」
「Grorrrrrrr──ga!?」
身を守る術を、苦難を排する術を、師匠、先生、先輩方に教わった。今ではこの様に、次々と寄ってくる魔物魔獣を一蹴することすら出来る。
──それでも尚、私は無力だ。
最も大切な時に、主の近くに居ない。
主と忠誠を誓った方をみすみす失いかけた。
何が騎士だ、何が忠誠だ、結局私は何も変わっていなかった。
お祖父様も嘸かし落胆されている事だろう、命を懸けて託した者がこの様な腑抜け者だったのだから。
一斉に掛かってくる複数のゴブリンに剣を振るう。ゴブリン達は何をされたのかと驚き足を止めるが、身体を確かめ問題ないと再び踏み出した瞬間、剣閃に沿って身体がズレて崩れた。
その背後から駆けてきた魔狼の口内に一瞬だけ剣先を刺し入れ、即座にその躯体を横へ蹴り飛ばす。
勢い良く飛ぶそれは、メイドの死角から襲いかかろうとしていたコボルドに直撃し、共に背後の巨木に衝突。魔狼の口内に仕掛けた爆裂魔法が発動し、周囲に居た数体の魔物を巻き込んで消滅する。
地面から鋭い根を射出してきた魔樹に対し、私は地面を強く踏み込む。めくれ上がった土の中から巨大な岩が姿を表し、そのまま根ごと魔樹を押し潰した。
「・・・強いですね」
「アンサスさん、凄いですの・・・」
「アンサスは本格的な指導始めて、まだ一週間だったな。これが才能というものか・・・流石、騎士トラノオ殿の血を継いでいるだけはある」
スピンドルの方々は、私に過分な評価を下さる。
確かに私は以前に比べ、少しは強くなったかもしれない。だが、こんなもの何の意味も無い。
主の、ユウお嬢様の役に立てねば何の意味も無いのだ。
何故私は沼竜側に居ないのだ、私は悔しさに食いしばりながら剣を振るった。
ゴブリンが武器を片手に向かってくる──斬った。
魔樹が棘の付いた蔓を振るっている──斬った。
コボルドが凶爪を構え飛び上がった─斬った。
魔狼が口に炎を溜め此方を見る──斬った。
魔蟲が地面から這い出てくる──斬った。
武器を持って近付いてきた──斬った。
視線がジーク様を捕らえ──斬った。
一歩足を踏み出すのが──斬った。
魔狼が牙を見せ──斬った。
息をする音──斬った。
毛が動──斬った。
見──斬った。
──斬った。
もっと、もっとだ。私はもっと速く、強くなれ。
強くならなければ、そうしなければ──私は何の為に生きている。何故守られた。
今度こそ守らねば。
今度こそ間に合う為に速さが要る。
今度こそ脅威を排する為に鋭さが要る。
今度こそ、今度こそ。
目に映る全ての敵を切り倒した時、足元から聞き覚えのある音が聞こえた。
「──!? ジーク様っ、エリザベート様っ!!」
馬車の近くで魔法を撃っておられた御二人に音が向かう。
声に気付いたのだろう、御二人は驚いた表情で私を見た。
「ア、アンサスさん、どうなさっ──」
地面からトラバサミの様に巨大な顎が迫り上がってく、私はそれをゆっくりとした時間の中で見た。
沼竜は、一体ではなかったのだ。
(駄目だ、止めろ、私からもう何も奪わないでくれっ)
二人の姿が一瞬、別の姿と重なる。
──兄様っ、僕も将来は兄様と一緒に頑張るよ!
──では私は御二人の為に、お菓子を焼きますわ!
時間が伸びる。手足が重い。
間に合わない、伸ばす手もゆっくりと動く。
大顎がゆっくりと閉じていく、全てがゆっくりと動いている。
間に合わない──いや、これなら間に合う!!
伸びた時間の中で、私は脚を動かした。
速いものを更に速くするのは限界がある、だが全てが遅いなら私が速く動けばいい。
一歩歩く間に十本脚を動かせ、空間の間に身体を潜り込ませろ、問題無い、出来るはずだ、今度こそ守れ!!
アンサスが感じたもの、それは走馬灯に似た人の脳がそうさせる感覚の誤認識。
人はその中で速く動くことは出来ない、だが擬似的にそれを可能とするものがあった。
「うああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
牙が二人に届くその瞬間、アンサスは咆哮を上げる。
アンサスは本人がどう思おうと、間違いなく天才であった。
必死の努力を重ねる天才が起こした奇跡、それはかつて王国に名を轟かせた騎士 トラノオ・ヘリオトロープに付いた二つ名『雷虎』の元となったスキル『雷脚』。
沼竜の大顎が炸裂音にも似た音を響かせながら、激しく閉じる。
近くに居た護衛の騎士ですら反応できなかった。兄妹への完全な不意打ち、最悪の光景が予想された。
しかし最悪は起きなかった──誰も目で追うことが出来なかった。
文字通り雷が如き速さで駆けたアンサスは、皆が兄妹の危機に気付いた時には、二人を抱きかかえ顎から脱出し終えていた。
まだ粗削り、だがその姿は間違いなく雷の騎士トラノオ・ヘリオトロープの再来であった。
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