5-㉚ 後悔、そして取り戻したもの
作品に興味を持って下さり、ありがとう御座います!
どうぞ最後までお楽しみ下さいm(_ _)m
「はあ・・・はあ・・・」
どれ程の速度が出たのか、御二人は何が起こったのか朧気にしか理解できていない様でした。
紙一重、本当に紙一重だった、僅かでも遅ければ御二人のどちらかは助けられなかっただろう。
間に合って良かった。そう思うと同時に、その代償が大きかった事も理解できた。
「ア、アンサスさんっ、足が!?」
「足から煙がっ、それに焦げた臭いも!!」
何故あの様な動きが出来たのか自分でも分からない。だが動きに見合ったダメージはあるようで、両脚から激しい痛みを感じた。
脚が震える、燃えるように熱い。いや、実際燃えていたのだろう、腿からは繊維と肉の焼ける臭いがした。
(骨は・・・折れていない、動かないわけじゃないな。だが・・・まるで神経に熱した針を刺された様な痛みだ)
目の前では、獲物を横取りされた沼竜が唸り声を上げている。
ユウお嬢様を飲み込んだものと比べ幾分か小さい、番だろうか? だとすると沼竜はここへ子供を迎えに来たのかもしれない、沼竜にはそういった習性があると聞いたことがある、近くに幼竜も居るかもしれない。私に対処しきれるだろうか?
「あの動きは覚えた、だが出来てあと一回・・・」
御二人を降ろし、アルバート様の所へ向かうよう促す。
先輩方はまだ魔物に足留めされている。師匠達は此方の状況に気付いて下さったようで、援護に向かって来て下さいましたが、そちらは懸念していた幼竜に足留めされているようです。
「ぬっ、にゃっ!! アンサス、すぐそっちへ行くのであります! 無茶は禁物であります!」
「くそっ! お前ら仮にも竜だろっ、わらわら群がってんじゃねえぞ!」
潜り、躱し、襲い掛かるを繰り返す幼竜は、その見た目以上に手強いようです。あのポルトス師匠ですら手こずっていました。
私一人で時間を稼がねばならないようです。
時間さえ稼げば師匠達が──。
──師匠達が・・・何だというのだ?
私はユウお嬢様に着いて行きたいのではなかったか?
ユウお嬢様はこれからも、これと同じ様な場面に遭遇されるだろう。私はその度、師匠が、先生が、と誰かに頼るつもりなのか?
「──情けない」
──情けない。
──情けない。
──情けない。
お嬢様と共にいない自分が情けない。
守れなかった自分が情けない。
足手まといだと言われた自分が情けない。
力のない自分が情けない。
誰かを頼ろうとした自分が情けない。
誓いを忘れかけた自分が情けない。
情けない。
情けない。
情けない。
情けない。何より──。
「あの時と同じ、何も出来ないと思った自分が、情けないっっっっ!!!!!!」
出来なかったんじゃない、やろうとしなかった。
無意識に無理だと決めつけ、他者に運命を託した。
結果、全てを失った。
それどころか、守るべきものに守られた。
「ここで何も出来なければ、俺は本当に屑になってしまう!!」
本当はそんな資格など無いかもしれない。
言ってしまえば見捨てられるかもしれない。
だがそれでも──。
ならば、せめて──。
「お前は、俺が倒す!!」
本当なら自分がやる必要など無かったのかもしれない。
自分が行動を起こすことで逆に状況が悪くなったかもしれなかった。
だが、あれを倒す事しか頭になかった。
地面から頭だけを出し、また隠れて機会を伺う沼竜が自分に思えて仕方がなかった。
俺は卑怯だ。使命も果たさず、託されたものも守れず、もう何も無いと全てを諦めて惰性で生きていた。
──だが、思い出した。
お嬢様の、あの瞳が思い出させてくれた。
差し伸べて下さった手が、挫けた足を再び立ち上がらせてくれた。
そして、あの小さな背中から目が離せなかった。
後になってその理由が分かった、彼女は家族を守っていた。
強さだけなら、きっと師匠たちのほうが強いだろう。だがそんなものは、彼女に関係無かった。
強いから守るんじゃない、守りたいから強い。
だから、彼女は強い。
(俺も、そうありたい・・・守りたい)
俺も守りたい。強い彼女のように──偉大な祖父のようにっ!!
「うぉああああああああっっっっ!!!!!!」
俺は沼竜に向かって駆けた。
骨が軋み、意識が飛びそうになるのを、全身に走る痛みで保つ。
今暫くは走れる、だがすぐに動けなくなるだろう。それまでに倒す必要がある。
俺は剣を強く握りしめた。
(俺が持っているのは、上等ではあるがただの鉄の剣。恐らく沼竜の鱗は貫けない)
だが竜といえど必ず付け入る隙はある、まずはそれを見つけるべく斬りつけた。
剣を振るいながらも、頭にあるのはお嬢様の事。
助けて下さったのは、ただの気まぐれなのかもしれない。
この旅の後、着いていくことを許して下さらないかもしれない。
この気持ちだって、忠誠や恩義等ではなくただの一目惚れだったのかもしれない。
だが守りたい、お使えしたいという気持ちに偽りはない。
だからもう一度お願いしてみよう。お嬢様は家族以外連れて行かないと仰られていたが、それでも縋ってでもお願いしてみよう。
それにはまずコイツを倒す、全てはそれからだ。
観察して分かったが、どうやら沼竜は側面からの攻撃に対して対処が苦手らしい。あの長い尻尾も想像以上にしならない様だ。
恐らく潜って出てを繰り返すのも、奇襲の意味もあるだろうが、何より弱点をカバーする意味合いもあるのだろう。
だが横から攻撃しようにも鱗が硬い、まさか隠れている腹まで鱗が覆っているとは・・・つくづくふざけた生き物だ。
何より潜る速さが尋常では無い。出した頭に追いつく頃には、もう頭が潜っている。
時間も掛けられない。手間が掛かると判断されれば、ピアお嬢様の方へ行ってしまうかもしれない。それは阻止しなければ。
「チャンスはそう多くない、そのタイミングで仕留めなければ」
それも一撃で仕留める必要がある、手負いの獣は危険だ。
だが腹の中に入るわけにもいかない、ピアお嬢様の話曰く、体内は異空間らしい。
となれば、狙う場所は一箇所のみ。
「・・・腕が千切れないことを祈るしか無い」
沼竜が再び潜る、その様子から苛立っていることがハッキリと分かった。
浅い所を泳いでいるのだろう、脚に振動が伝わってくる。もし標的をスピンドル様方や、先輩達に変えられると不味い。確実に俺を狙ってもらわねば困る──これしか方法が無い。
俺は動きを止め、目を閉じた。
「アンサスさんっ、何してるんですの!?」
「動いて下さいっ、狙われます! ダンタルニャンさん達が来るまで、走って下さい!!」
「アンサスっ!!」
皆様が俺を心配して下さる。
申し訳ない、私にはまだ皆様が安心して見届けて頂ける程の実力が無いのだろう。
いつかそのご希望に応えてみせます、なので今は許して下さい。
──ごぽぽぽ・・・・。
沼竜が深く潜る音が、揺れとして伝わった。
「来るっ!!」
目を開いた瞬間、俺を囲うように鋭い杭が地面から迫り上がる。
それは沼竜の牙。牙は地面を抉りながら、土も岩も草も全てを丸呑みにして、トラバサミの様に閉じる。
全てのものがゆっくりと動いているように感じる。こちらへ手を伸ばし走ってくるアルバート様も、薙ぎ倒される木も、空を飛ぶ鳥も、全てがゆっくりだ。
沼竜の顎もゆっくりと動き、あと僅かで完全に閉じてしまうだろう。
そんな世界の中を、俺は閃く。
この動きに慣れていない俺は、まだ一歩の時間で五歩しか歩けない。だが今はそれで充分だ。
顎の僅かな隙間を脱し、俺は沼竜の横顔に着く。
沼竜を捉えるには詠唱破棄の魔法しか無かった。だが鉄の剣は魔力の伝達が悪い、ならばと俺は素手で攻撃を行った。
脱した時の速度をそのままに、俺は掌を沼竜の目に突っ込んだ。
「gyaaaaaaaaaaaaa!?!?!?」
ブチブチと、掌に眼球を押し潰す感触が伝わる。
沼竜もあまりの痛みに瞼を閉じようとするが、俺の腕があり閉じることが出来ない。
俺は更に腕を突っ込み、肩まで目の中に埋める。
沼竜は瞼まで頑丈らしい、俺の腕は瞼に挟まれ千切れそうな痛みが走る。
「絶対に離さないっ!!」
「gyaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」
(剣は刃毀れ、脚も使った、これが最後のチャンス。絶対に仕留めるっ!)
俺は奥にあった紐状の何かを握りしめ、唱えた。
「『爆破』!!」
沼竜の頭内、俺の手の先で激しい爆発が起こる。
詠唱破棄のため威力は格段に落ちるが、それでも直に脳に食らえばただでは済まないだろう。
「『爆破』『爆破』『爆破』!!」
俺は体力も、魔力も、気力も、全てを注ぎ込み詠唱し続け、次第に沼竜から肉の焦げた臭いが立ち昇る。
沼竜も最後の一撃だろう、大きく頭を傾け押しつぶそうとしてくる、そして──。
「『爆破ォォォォォ』!!!!!!」
全てを出し切った最後の詠唱。
沼竜は一度大きくビクッと痙攣し──口を開けたまま完全に沈黙した。
「・・・・・・・・・・・・」
俺は沼竜が動かないことを確認すると、ゆっくり腕を眼球から引き抜く。
外気に晒された腕は、黒く焼け爛れ、五本の指全てがあらぬ方向を向いていた。
「ぁ・・・はっ・・・はぁ、はぁ」
意識が朦朧とする、上手く息が吸えない。
──だが、倒した。
あまり格好良い勝利では無かった、だが倒した、倒せた。
言葉にならない想いが胸に込み上げてくる。
──俺は、漸く一歩踏み出せた。
「・・・・・・っ」
勝利はした、だがまだ終わってはいない。早くユウお嬢様をお助けせねばっ!
軋む身体に鞭を打ち再び立ち上がろうとした時、予想外の事が起きる。
ビクンッ!
「──っ!? 沼竜がっ、まだ動くのか!?」
沈黙していた沼竜が、頭を振るような行動を見せた。
不味い、俺はもうこれ以上・・・。
鈍らになった剣を再び構え沼竜を睨みつけると、水音と共に何かが飛び出して来た。
飛び出してきたのは、小柄な何か。
獣人だろうか、尻尾や耳が見える。
珍しい柄をしている、その毛並みは銀色に輝いて──。
「・・・──っ!」
俺は剣を捨て、走る。
走れないとか、限界だとか、どうでも良い。この後足が千切れても構わない。
とにかく走り、受け止めた。可能な限り衝撃を殺し、優しく。
そして無事受け止め終えると見た、胸の中にあるものが確かにそれであると。
間違いではないと確かめたくて。
「・・・ユウお嬢様?」
胸の中には、ユウお嬢様がいた。
「──っ・・・あれぇ、痛くないぞ? あっ、アンサスじゃん! 久し振り?」
お嬢様。お嬢様。お嬢様。
俺は体の痛みも忘れて、ユウお嬢様を抱きしめた。
「良かった、良かった・・・ご無事で、本当に良かった・・・」
「あー・・・よく分かんないけど、心配かけてごめん?」
「良かった・・・」
何も考えられなかった。
何故あちらの沼竜に飲み込まれたお嬢様がこちらから出てきたのか、何故猫のお姿になられているのか、色々気になる事はあったが、今は安堵と万感の喜びを噛み締めた。
幾分時間が経っただろうか、お嬢様が俺の肩をタップする。
「無事を喜んでくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと近いぞ! あと、他の皆はどこ? ミミちゃんとセレナは・・・無事だね、ピアちゃんとアニマル’sは?」
「皆様はあちら側です、全員無事ですよ」
「そかそか、それは良かった。ちょっとピアちゃんに怒られそうで怖いけど、他は問題なしだね!」
俺はお嬢様を恭しく地面に下ろしつつ、状況を説明する。
お嬢様はそれを聞き安心したのだろう、ご自身が飲み込まれたことなど無かった事の様に振る舞われた。
そしてぐるりと見渡すと、何かを見つけて構えた。
「さぁて、無事出られて良かった・・・ってぇ事で。どういう事か、説明してくれるよね?──
──ねぇ、商人さん?」
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