第二十八話 続々・東海道・保土ヶ谷宿の神明社-アミエは美女をも凌駕する-
五十代に入った年齢になる三木元糠蝦江。そう、三木元香魚子と三木元亜麻吾の母親だ。彼女は店先で小豆の量り売りを袋詰めしていた。
「うちで扱っているこの農家さんが作っている十勝産の小豆って、炊いたときにまろやかなのよね。あと甜菜でも、サトウキビからの精糖品でも上手く味がのってくれるから使いやすいし、お料理に失敗がないのよ」と近所の主婦相手に蘊蓄を語る。まさに乾物屋の女将だ。
「おばさん、いつものやつ買いに来たよ」
声をかけたのが隣の豆腐屋の悦ちゃんだ。彼女の母親、ユカリはもともとアミエの友人である。
「あら悦ちゃん、缶詰の小豆ね。いま棚から取ってあげるね」
そういうとアミエは茶色の紙袋に既製品の小豆餡の缶詰めを入れて渡す。代金をアミエに渡すと彼女はお辞儀をして小走りに自宅に戻っていった。
三十年以上前のアミエはこんなに愛想の良い人間ではなかった。高慢ちきで鼻っ柱の強い、そしてプライドの高い女だった。でもそれは繕うために演じていた仮の性格でもあった。このことは当時を知るユカリや夫の縺吾も知るところだ。
時は変わってバブル真っただ中の八十年代の後半。
「いい男いないねえ。あいつは店の車しか持っていないからアッシーにもならないじゃん! でも満員の帰宅ラッシュで横浜の先まで帰るよりはマシか」
ユカリはこの当時イケイケの女性たちの間で流行っていた露出の多い服で六本木の交差点付近に出た。まだ深夜前なのだが今日はおとなしく帰ることにしたのだ。カード式の緑色した公衆電話を見つけると、どうやらそのアッシーにもならないやつに連絡を入れた。
「ああ、あたしい。うん、いまさあ、アマンドの交差点前。悪いけど、第一京浜ぶっ飛ばして迎えに来てくれる。え、あんたの家の車が四速車で高速走行には向かないのは知っているわよ。できる限りでいいわよ」
ちょうど都内では有名なアマンドという喫茶店の前だ。ワンレングスのストレートヘアをかき上げると、斜め目線で今しがた鼻であしらった男性を軽くにらむ。睨まれた方はバツの悪い顔をしてそそくさと逃げ帰る。ユカリはこういう男性を十把一絡げにして、女性を狩りの相手にしか思わない輩、恋愛ゲームプレーヤーと思っていた。
受話器を置いて顔をあげて歩道の先を見ると、少し行った先の高速道路の橋脚の陰でもめている男女がいた。ベンツの3シリーズがハザートを点滅させていた。この時代の東京、しかも六本木なら日常茶飯事のことである。
「ばか、俺の女になっておけばお手当だけで毎月遊んで暮らせるんだぞ。お手当だけでお前は食うにも困らない生活だ」
そう言って札束をひとつ背広の内ポケットからつかみ取った。相手の女性は無粋な彼の行動に警戒する表情だ。腕を組んで彼を睨んでいる。彼はその女性の胸と組んだ腕の間にさっきの札束を差し込んだ。たちまち彼女の顔は険しくなり、不遜な態度に変わる。
「いらないって言ってんだろう! あんたの囲われ女になんかならないよ。馬鹿にすんな!」
そう言って帯未開封の束百を地面に落とした。その拍子に帯が破れて、数枚の一万円札が歩道に散らばる。貧乏人がみたら「もったいないお化けが出るぞ!」とお説教をしたくなるような事態だ。
その様子を見ていたユカリは足早に駆けつけると歩道に散らばり始めたお札を拾ってまとめる。
「はい」と言って、ユカリはアミエにピュッと差し出す。
アミエは迷惑そうな顔をユカリにしてから、「あんたにあげるわ」と鼻っ柱の強いのがわかる表情で答えた。
「なんなんだ。このバカ女」
男はユカリの手から現金をむしるように素早くぶん捕ると元入れていた懐に戻し、持っていた藍色のサングラスで目を覆う。そして負け惜しみのような嫌な顔を残して車に乗った。
「金輪際、俺のようなポイントの高い男に出会うことなんてないんだからな。お前程度の女が」
そう言い残すと、アクセルをふかして去っていった。
「あんた、いいのかい? 百万円だよ。あたしらぐらいの年齢、夜商売なら年収の四分の一だ」
ユカリのその言葉に不敵な笑いを向けるアミエ。
「九十九万円よ」と彼女の言葉を正す。
「いいえ、ちゃんと帯封してあったから百万円よ」と間違いのないことを強調するユカリ。
するとアミエは、また、にやりと不敵な笑みをユカリに向けて、仁王立ちをしていた嵩上げされた紐サンダルの右足をゆっくりとずらした。すると彼女の靴が踏みつけていた下から一万円札が一枚顔を出す。
このちゃっかりさに思わずユカリはプッと噴き出した。
「あんたやるね」と笑う。
「まあね。ああいう男の扱いは慣れているんでね」とアミエはまた不敵な笑顔を向けた。
「あたしユカリってんだ。この辺のディスコではちょっとは名の知られた顔だよ」という。
「あたしはアミエ。でもあっちこっちのディスコでは『不落のアーミー』って言われているわ」
少し照れ臭そうにアミエがそう自己紹介すると、
「えっ、聞いたことある。『不落のアーミー』って、一人で踊って、男の誘いを全く受け付けないって言われるディスコクイーンだよね」とユカリは目を見開いて驚いた。
「あはは。あたしもちょっとは有名なんだね」とやはりワンレングスの前髪をかき上げて笑った。
そして「折角だからお知り合いの挨拶に、この一万円で、どっか安い店で一緒に一杯ひっかけて帰らないかい?」とアミエ。
「いいね。あたしいい店知っているよ」とユカリ。
ちょうどその時ユカリが電話で呼んでいた迎えの車が約束の場所に到着した。
「じゃあ、あんたに任せるよ」とアミエはユカリを迎えに来た乾物屋の社用車に乗り込んだ。
運転していた男性は年の頃、二人と同じくらいで、眼鏡をかけた秀才タイプだ。だが偉ぶったり、知ったかぶりをするタイプではなく、あくまでナチュラルな会話しかしない物腰の柔らかい男性だった。
走り出した第一京浜の街灯が車窓を飛んでいくのを見ながら、
「ちょっと三木元。あんたさあ、もういい歳なんだしおじさんに頼んでソアラとかフェアレディとかインテグラとかさあ、もっと格好いい自家用車を買ってもらいなよ。これで迎えに来られて乗り込む私の身にもなってよ。家と店の兼用ってないわあ」と風にばさつく髪の毛を抑えながらあきれ顔だ。
「贅沢言うなら保土ヶ谷まで歩いて帰るか?」と笑顔で女のわがままを優しく諭す。このポーカーフェイスにアミエは半分やられていた。このご時世女性に嫌われないように上辺だけの見え透いたお世辞を言う男性しか周りにいなかった。下心が丸見えとも言える。アミエにとって、等身大の会話ができる彼の受け答えに少し興味を持った。
この浮かれ気分の好景気に、『いい人=モてたい=お持ち帰り』とこんなやつばかりだ。この人は徳や相手への尊重をなにより重んじているのが言葉と態度でわかる。きっと彼女とは古い付き合いだろうと推測していた。
「とりあえず、誰?」
アミエはユカリに訊ねる。一応乗れと言われたので乗ったが、誰の車かもわからない。ただ車のドアには乾物屋の屋号があるので、これで悪いことはできないと思って安心度の目安として乗り込んだ。
「ああ、隣の乾物屋の長男。夜暇にしていることも多いんで、たまにあたしの送り迎えさせてやっているの。動かないと体に毒だから」
巷で言われるバブル女の典型的な口調、憎まれ口と高慢ちきな態度を地で行くユカリ。「おやじギャル」なんて言われ方もした。一方の同じような格好のアミエだが意外にも車に乗るときは「お邪魔します」なんて挨拶もした。運転してきた縺吾はアミエに軽く会釈をした。彼の方もいつものユカリの仲間ではないことをその態度で悟った。社交性もなく、無礼で気遣いの出来ない女ばかりがユカリの周りには多いからだ。
『ん。いつもの仲間じゃないな。外見はともかく、中身は出来た人間だ。そう、見た目格好はユカリとほぼ一緒だが中身はユカリより上品だ』と感じていたが、あえて声にはしなかった。
「角のおじちゃんちで夕食食べるから、あんたんちの車庫でいいわ」というユカリ。
「わかった」と言ってまた無言で走らせる縺吾。
「保土ヶ谷?」
「うん、あたしんち、そこの豆腐屋なんだよね」
「お豆腐屋?」
「なのに、ディスコ?」と言ってアミエはくすっと笑う。
「悪いのかよ」と角口のユカリ。
「ごめんごめん。そうじゃないのよ。うちも甘味屋だからさ、同じ穴の狢と思ったんだ」と言って場を和ませる。この会話で自然と二人の間には信頼関係が育まれていった。
保土ヶ谷に着くと彼女はユカリのいうまま車を降りる。おそらく縺吾の家であろう木造の商店家屋にユカリは慣れたように靴を脱いで上がった。
「私も上がっていいの?」と訊ねるアミエ。
「嫌なら上がらなくてもいいよ」と突き放す縺吾。
アミエは「ベーッ、いじわる」と可愛い抵抗をして靴を脱ぐ。
上がり端の三畳敷の玄関、その頭上にはとても大きな年季の入った三社造りの神棚が飾ってあった。ここは江戸期からの大店だったのだろう。この神棚にその名残が窺える。
アミエは「これって?」と指さすと、縺吾は、
「真ん中は伊勢の神宮大麻札、右は氏神の保土ヶ谷のお伊勢さん、左は伊勢山皇大神宮さんだ」と答える。
「うわあ、いいね、ご利益ありそうだ。お伊勢さんのスリーカード」と笑うアミエ。そして軽く柏手を打ってから「お邪魔します」と言ってユカリに続き家にあがった。
『うん。育ちいいな、この娘』と勝手に納得した縺吾。産土さんや崇敬神社をちゃんと知っている時点で家庭の教育が行き届いている旧家の出の筈だ。これは偏差値とは無関係の人間力の話である。
急な箪笥を兼ねた階段を上がるとそこは二階の縺吾の部屋。
「自分の家だと思ってくつろいでいいからね」というユカリに、
「お前が言うな、あほ」と怪訝そうに両目をつぶる縺吾。
すると階段の端に積んであったこの商店の段ボール箱を見て、「私の実家、あんたんちの小豆使っているわ。ここの床に置いてある段ボール、私の家にもあるよ」とアミエ。
縺吾は「なんてお店」と尋ねる。
「湘南地域の藤沢鵠沼の近くにある『くずきり庵』。店名にそぐわずお汁粉が評判の店なんだ」というと、いままで仏頂面だった縺吾が笑った。知っているようだ。
「末吉さんの店か?」
「そう、それ私の父親。知り合いなの?」とアミエ。
「うん。お得意さんだ。うちが小豆を卸しているんだ。時々父の代わりに配達に行くよ」
「そっか、あの小豆」となにか言いたげなアミエ。
「へえ、そういえば娘が二人いて出来の良いのが長女で、フラフラしている次女がいるって言っていたわ」
「そう、ふらふらしている方がここにいるあたしよ」とけらけら笑い出す。
「本当しょうがねえ、娘だねえ」と彼もつられて笑う。だが自分を律して跡継ぎ貰いの姉を立てる彼女の出来た世間話に、縺吾は彼女の頭の回転の速さを見抜いていた。
アミエは彼の部屋をきょろきょろして、「ねえ、東野日子が好きなの?」という。いわれてみれば、ユカリも久しぶりに彼の部屋に上がったが、部屋中、ポスターやLPジャケットが壁一面にある。一躍有名になったアイドル女優だ。歌もヒットしている。
「あんた、こういうのが好みなんだ。あたしはミニスカで歌詞に本音をぶつけるような森永知里子だと思った。大人しめの清楚系が好きなんだ。だからあんた彼女できないんだよ。大学と店の手伝いで青春は終わるんだね。おかわいそうに」とハンカチで涙を拭く演技をするユカリ。
「大きなお世話だ。ほっておけ」と恥ずかしそうに縺吾はそっぽを向くと、「角のおじさんとこ行くんだろう。こんなところで油売っていていいのかよ。閉まっちゃうぜ」という。
「ああ、そうだ。おなかすいた。行こう、アミエちゃん」
「アミエちゃんっていうんだ。いい名前だね」と笑って二人を送り出した縺吾だった。平静を装うのに必死だったが『いい名前だね』なんて気になる男性に褒められてアミエの内心はもうメロメロだった。
その翌日のこと。
ハーフアップの髪にぺったんこで大きめの蝶々リボンをその後頭部の先端につけた女性が乾物屋の店先にやってきた。シンプルな無地のひざ丈スカートに大きめのカーディガンセーター。真珠色の上品なローファーもまるでその姿をフェミニンでキュートな世界観を醸すのに役立っている。その袖口は手の甲まで隠したダブダブのスタイルだ。まさに彼が部屋に貼っている八十年代後半のアイドルがポスターから抜け出てきたような少女。そんな美女が、乾物屋の店先に立っていた。
「あら何を差し上げましょうか?」と店先で見慣れない顔の客に愛想を振りまく縺吾の母親。戦前生まれの和服美人だった。
「あの……」ともじもじするようなしぐさで、「縺吾さんにお会いしたくて」と言う。
さあ驚いたのはおかみさん。自分の息子に対して少々失礼かもしれないが、あの縺吾を尋ねて同世代の女の子が訪ねてきたのだから、前代未聞の大事である。そもそもぶっきらぼうで女の子と口も利かない息子に、絵にかいたような可愛らしい女性が訪ねてきたのだ。
「いまね、大学の方にいってまして、あの、あの、よかったら奥で上がってお茶でも飲んで待っていてください。大したものは出せないけどお茶菓子もありますから」と背中を押して店の奥へと案内する母親。
昨日、通った階段箪笥のある廊下を突き当たると炬燵の間に出た。もうとっくに炬燵布団はしまってあるが、掘りごたつとその上のちゃぶ台はそのままで、家族はそこを食卓として使い、腰かけているようだ。
店先に戻ったおかみさんは、客の要望で量り売りの小豆を袋に詰めていると、いつものように息子、そう縺吾がブックバンドに専門書を束て帰ってきた。
「ちょっと、もっちゃん。大変だ。あんたいつの間に彼女なんか……」と言いかけたところで、お得意さんが声をかける。
「今日は煎り豆も欲しいんだけどねえ」とおかみさんに話しかける。母親はお得意さんの注文をやり始めてしまい、彼は気にすることもなくそのまま店の奥へと進んだ。
『何言ってんだ、かあちゃん?』
彼は母親の戯言を真にうけず、いつものように階段を上ろうとしたとき、茶の間の炬燵に見かけない女性が座っていることに気付く。
「ん?」
そのしぐさに気付いたアミエは「あ、ども」と小さくお辞儀をする。いつもの現実空間に、超非現実な若い女性がひとりぽつんと座っていた。
見かけない女性、でもそのファッションは驚くほど自分好みなのだ。そして彼女は明らかにこっちむかって可愛い笑顔で話しかけている。間違いなく自分に用事があるようだ。
「えっと、誰でしたっけ?」と縺吾。
「えっ? 昨日の今日でそんな態度なの? 私、そんなに印象薄いかな?」とアミエ。
困ったしぐさがまた可愛い。前髪をいじりながら、右肩に首を傾けて、「ぐすん、涙ぽろぽろ」とオノマトペを口で言う。この時代のかわいこちゃんの魅力の一つだ。そして首が傾いた角度にリボンも傾く。
『めちゃくちゃタイプなんだけどお』と心の奥で雄叫びを上げる縺吾。彼は生まれてこのかた感じたことのないムネキュン状態にさらされている。割と単純バカだった。彼は女の子のいるようなお店に行ってはダメな人だ。鴨葱のターゲットにされる。
「ごめん、わからないや。僕と知り合いだっけ?」と降参した縺吾。
「だから末吉の次女よ」って言って、顔をしかめてベーと舌を出すアミエ。彼はその表情でわかったようだ。
「え、アミエちゃんなの?」
彼は彼女の顔をしげしげと見つめる。一晩で色っぽい服から彼好みの清潔感のある服装に切り替えるところも、かなりファッションの技を持っていそうだ。きっと壁に貼ってあったポスターやレコードジャケットを参考にして、今日の午前中にそれっぽい服を集めてきたのだろう。その足で午後にここに来たという感じだ。
「そうよ」
「だって昨日はもっとイケイケの服装で……」というと、
「そういうのは昨日でやめたの」と平然と答える。
「なんで?」
「あなたが好きだから……」と真っ赤な顔で返す。
『鈍感ねえ、あなた色に染まってやるって言ってんのよ』と心中では普段のアミエではありえない行動をしっかり肯定している自分がいた。
「ありがとう、嬉しいよ。こっちの方がいいね」と彼。
「それほどあのスタイルもディスコクイーンも私の性分じゃないのよ。成り行きでああなったけど、本当はあなたのような男性と知り合ってお嫁さんになりたかったの」
そのセリフを聞くと縺吾は目をパチクリとさせて、
「うち、見ての通りそんなにお金持ちじゃないよ。このバブル景気とは縁のない業種だ。昨日の六本木の武勇伝を聞いてたから、お手当を十分に出せそうな男性を見つけるんじゃなかったの?」と返す彼。
ブンブンと首を横に振るアミエ。
これには顔を隠すようにおでこを抑えて、「愛するダーリンと子宝に恵まれて楽しく暮らすのが私の希望。お金やお手当じゃないわよ。言わせてもらえば、昨日のあの男はそこが理解できていないので別れたのよ。いよいよ別れ話となったその時になっても、まだお手当の話をしていたから、お金を突っ返してやったのよ」と少し強い口調で話した。
こんなかわいい格好して、世知辛い内容を述べるギャップに縺吾はますます彼女を魅力的と思ってしまった。今でいう「ギャップ萌え」とでもいうのだろうか? 所詮は若旦那気質の縺吾だ。遊び慣れをしていないほうの健気な跡取り息子である。こういう純粋培養には美人でしっかり者のお嫁さんが付いてる方がよい。浮気など美人局や不倫願望に唆されることもなく、まっすぐ家に帰って来るからだ。
そこにひとしきりつけた母親が奥に戻ってきた。
「もっちゃん。この方は?」
満面の笑みを浮かべたアミエは、「申し遅れました、お母さま。私、藤沢鵠沼の『くずきり庵』の次女でアミエと申します。縺吾さんとお付き合いさせていただいてます。二人でやがては生きていければと考えています」
「ええ?」と縺吾。突然の押しかけ女房宣言である。
「まあまあ、末吉さんところの。もっちゃんも隅に置けないわね、配達行って何やっているんだか」と嬉しそうな母親。
縺吾は好みのタイプに変身したアミエを拒否などできるはずもなく、おとこの性で彼女の好意を受け入れた。あとは彼の卒業を待って結婚まっしぐらの身となった。
この一件以来、ディスコクイーンの「不落のアーミー」は六本木には現れなくなった。そのかわり、なぜかこの保土ヶ谷の乾物屋には「かまってちゃん」の若い奥さんが、押しかけ女房として住みついたという。
そして、やがて生まれて来るこの店の長女は母仕込みの本場のお汁粉を作れるようになる。なにかの催事の際には乾物屋の炊き出しがあると、そのお汁粉の炊き出しを求めて店の前に長蛇の列ができる。またそのイベントのおかげで弟は「お汁粉」というニックネームで旧友に親しまれている。
いまやあのディスコクイーンだった面影はどこにもない可愛い奥さん。五十歳を過ぎて二人仲良く手をつないで保土ヶ谷のお伊勢さんにお参りをしている。いまでも夫が無理難題を出すと時折「ベーッ」と可愛く舌を出すこともあるようだ。
了




