ログ19 『落ちた刃は知る』
歌が聞こえる。
詞があるわけでも、意味を感じさせるものでもないが、確かに調があり……妙に心地よい。
ふと目を開けると、ウリスの顔が視界に入った
どうやら俺を膝枕し、覗き込んでいたらしい。
「あ、起きた? 疾風の身体って凄いね。回復霊術掛けなくても酷い怪我が治るし、瘴気に犯されていても死なないし」
は? 回復霊術? 瘴気? って、言葉が通じる? あ、翻訳システムの解析が終了したか。
どれぐらい寝ていた? いや、とりあえずは現状確認だ。
「他のゴブリンゾンビは?」
「全部倒したよ。魔力の供給が無ければアンデットモドキは霊術攻撃で一発……あれ? 疾風がエルフ語を話してる!?」
「自動翻訳がこの服には付いているからな。まあ、全くデータのない言語だったからな、解析までに時間が掛かった」
「んん?」
「まあ、時間が経てば言葉が通じるようになる道具が服に付いている。って思ってくれ」
「んん~本当に凄いね。三元力を使ってないのに姿を消したり、形を変えたり、もしかして気装術を使わないで森の中を駆け回れたのもそれのおかげ?」
「……三元力とか気装術とかいうのがよくわからないが」
「え? そうなの? あんなに強い気装術を使っているのに。小魔王でも、一人で倒せるなんて勇者レベルだよ」
「あ~……」
なんかこのまま会話を続けていると現状確認が進まないな。
「とにかく、確かに強化服の力で森の中を駆け回っていたな」
「やっぱり! その服って予備ないの? 私欲しい」
いや、欲しいって。人類統制機構の下にいない人は自由だな。
「アースブレイドの戦士以外は基本的に着用を禁止されているから駄目だ」
「そうなんだ……残念」
軽く落ち込むウリスに苦笑しつつ、脳内ディスプレイを起動して気を失ってからの経過時間を確認する。
ほぼ一日か……雷火起きているか?
真上からやや傾いた太陽と、近くで片膝を付いて動きを止めているサムライドレス雷火があるのを確認しつつ、思考通信で問いかける。
(ええ。起きていますよ)
サポートナビとしてこの状況の見解は? 俺が寝ている間に色々と検証していただろ?
(いきなり聞きますか? 自分なりの検証は?)
そういう頭脳労働はあんまり俺には向かないのは知ってるだろ?
一人の時に色々と考えてみたが、どれも確証を持てなかったし、下手すれば戦闘の邪魔になった。
(まあ、疾風はこの手の話は興味なかったですからね)
この手?
(異世界転移ですよ)
はあ?
雷火がフィクションなことを口にすると同じタイミングで、
「でも、話に聞いていた転移者に会えただけでも十分に嬉しいかな?」
ウリスまでそんなことを言い出すのだった。
俺が目覚めたということで、ウリスの案内で彼女達が住んでいる場所に案内されることになった。
「今回のことでこの森の魔物はほとんどいなくなっちゃたけど、生き残りがいるかもしれないしね」
とはウリスの弁だ。
ちなみに起きた花畑にいたのは彼女だけだったが、森にはエルフの生体反応が多数あり、監視なのか護衛なのか俺達の動きに合わせて姿を見せずについてきている。
確認できる限り植物の揺れや匂いなどそこにいるという物理的な証拠はないが、ドローンや強化服の科学的探知や俺のサイ感覚からすると結構バレバレだったりするのだが……逆をいえばいると前提にして集中しないと気付きにくいほどの見事な隠形だといえるか?
とりあえず、彼らの注意のほとんどが外に向かっている様子なので、これ以上気にしてもしょうがないだろう。
場合によってはこちらが気付いていることに気付かれる可能性もある。
現状では脅威ではないとはいえ、ウリス以外はほとんど人となりを知らない以上はあまりこちらの実力を知られたくない。
(彼らの最大の脅威を取り除いた時点で手遅れだと思いますけど?)
まあ、そうだな……
花畑に残した雷火の突っ込みに俺は眉を顰めるしかない。
俺の戦力がどれだけエルフ達に脅威と捉えられるか……
(私がまだ動けないのは少し問題ですね)
修復率は?
(五パーセントです)
ずいぶん遅いな?
(どうにも疾風が倒れる原因となった黒いサイオーラには修繕を阻害する作用もあるようで、ナノマシンの動きが鈍くなっていました)
今は?
(疾風の目覚めと同時に元に戻っていますね)
となると、彼女が取り除いてくれたってことか……
(自動記録でも確認しましたが、そういうサイ能力を持っているようですね)
こうしてみると未知の力を使える子には見えないんだがな。
俺の前を歩くウリスは身体を揺らしながら鼻歌を歌っている。
(直面していた危機を脱したとはいえ、呑気ですよね)
一日経っているとはいってもな。
(しかし、私まで除去してくれたということは、脅威とは捉えていないのでは?)
そうかもしれないが……いまいちどう思っているのかよくわからんな。雷火のことも特に聞かれなかったし。喋ってはいないんだろ?
(はい。翻訳システムが完成したのは疾風が起きる直前でしたから)
なんだと思われたんだろうな?
(彼女の前で疾風を出したので、変わった鎧だと思われたのではないでしょうか?)
なるほど……まあ、科学系に結構驚いていたから、とりあえずそう思われていた方がいいか。
(どう反応されるかまだわかりませんしね)
ああ。だとしたら、もう少し情報が欲しいところか……言語解析のために収集した彼らの会話は解析したか?
(ええ。どうやらエルフ達は疾風がゴブリン幼王と呼んでいた個体を小魔王と称し、あれによって全滅の危機に瀕していたようです)
全滅? ここが俺達の地球でないのならどこにだって逃げられるのにか?
正直、ウリスを見た限りだと逃げに徹すればゴブリン達から逃れることは容易いはずだ。
(確認できたのは、全滅を覚悟してなんらかのサイ現象を起こそうとしていたこと。それの準備のために向かった者達がウリス・ウルグ以外殺されていること。そのことを知って一族総出で特攻を掛けようとしたこと。が主ですね)
なるほど、だからあんなに駆け付けていたのか。俺についてはなにか言ってないか?
(転移者以外には、勇者あるいは落ち人と呼ばれているようですね)
ゆうしゃあ? 空想物語やゲームじゃあるまいし。
(私としては興奮しているところですかね? この状況はまさしく人類の考えた空想が現実になっていますからね! 流石はって感じです!)
高揚した声を上げる雷火に俺は苦笑するしかない。
どうにもサポートナビ達は、その生まれた瞬間から組み込まれている人を支えるという本能ゆえか、時として異様といえるぐらいに人類が好きだったりする。
個体によってはある種のマニアになる傾向があり、雷火の場合は二次元作品が好きなんだとか。
おかげで俺にその素晴らしさを伝えようと他のサポートナビと組んで色々と視聴させられたり、プレイさせられたが……正直、そんなことをやっているより戦う術を高めたかったものだ。まあ、それを思うと、
(またそうやって心に不健康なことを!)
と怒られるんだがな。
まあ、なんにせよ。全てが空想通りってわけでもないだろう。これは現実なのだから。
(そうですね。でも、とりあえず、ステータスオープン! って叫んでみてください!)
…………なに言ってんだ?
(ですから、ステータスオープンです!)
今この場で社会的地位を開示してなんの意味があるんだ?
(そうじゃないのです! そうじゃないのですよ疾風! とにかく、騙されたと思ってやってみたください!)
なんだか妙に熱が入っている雷火に俺はため息一つ吐き。
「ウリス。ちょっと待ってくれ」
「ん~? なあに?」
「直ぐ済む。ステータスオープン!」
…………で、なにが起きるんだ?
(なるほど。ステータスがない異世界なのですね)
お前だけ納得するな!
「転移者の人ってそれをよく言うらしいけど、それってなんなの?」
「……俺も知らん」
くっ! マジで騙されてるじゃないか!
「あ~まあ、とりあえずもう大丈夫だ」
「ん~? わかった」
再び歩き出したウリスの後に続きながら、今のことを忘れようと思考を別のことに切り替える。
しかし、ここが異世界ね……時間移動の可能性は考えたが、流石にそこまでとは考えなかった。
(珍しいですね疾風がそんなことを考えるなんて)
こいつさらっと人の恥を……まあ、とにかく、流石に一人だと色々と考えてしまうってことだろ? 頭脳担当がいなかったわけだし。
(ん~疾風の成長的には私がいない方がいいんでしょうか? いえ、絶対嫌ですけど)
否定が早いな。
(やですよ。疾風のお世話できないなんて)
……子離れって言葉知ってるか?
(私は疾風の親ではありませんよ? 相棒です)
いや、そうなんだが……あ~ちなみに、ここが本当に異世界だと証明できるか?
(色々とありますよ。疾風も既に確認していることでもいくつか)
そうなのか?
(ええ。一番わかりやすいのは、量子通信がまったく使えなくなっていることでしょうか?)
システムが壊れているわけじゃないのか?
(なんの損傷もありませんね。そもそも、こうして思考通信も出来ていますし、各種武装のリンクも正常に確認できるじゃないですか。システムが壊れていたらそれすらできませんよ)
なのに本部にも繋がらないということは……どういうことだ?
(量子通信は、量子の――)
難しい説明は抜きで簡潔に。
(量子通信が繋がらなくなるのは、別次元にでも飛んで元の次元と隔絶されない限り起こりえないのです)
つまり、ここは俺達のいた次元とは違う次元と。
(もう少し正確に言えば、別次元の地球ですね)
はあ!? 地球なのかここは!?
(ええ。アシストドローンが観測した星の位置を確認しましたが、地球歴一〇〇年目。時間的には私達の時と同じでした)
どこかで分岐したパラレルワールドにスライドしたってことか?
(はい。その証拠としてこんなに自然豊かな森は私達の地球にはどこにもありません。いくら奴らに占領され、核汚染で人が住めなくなっているとは言っても、現状を把握していないなんてことはありえません。さらに加えれば、ここで繁殖している動植物はどれもデータベースにない遺伝子構造をしています)
見た目的には再生された森と変わらないように見えるけどな。
(一致しないというだけで、遺伝的差異は僅かですからね)
もしかして、エルフもか?
(流石に個人情報に抵触しますので許可なくそんなことはしませんよ。ただ、確認できる範囲の生体情報から人間とほぼ同じであるのは間違いありません)
ああ、強化服もそう判断していたな……そういえば、ゴブリンはどうだ?
(確認はできていません)
ん? 遺体ならそこら中に転がってるだろ?
(いえ。エルフ達が全て消滅させてしまって)
そういえば幼王の死体もなかったな……考えてみれば、死後に発生する黒いサイオーラのことを考えれば、そのまま残していると危険ぽいよな?
(瘴気とウリスさんは言っていましたね)
殺した後に時々に原因不明の意識の薄れを感じていたのはそれが原因だったんだろうな。喰らった覚えもないのに黒いサイオーラもまとわりついていたのも確認できているし。
(幼王の死亡時にもですね)
あれが一番ヤバかったな。ウリスが除去してくれていなかったら目を覚ましていたかどうか……そういえば、彼女は俺のことを転移者と呼んでいたが、他のエルフは勇者とか落ち人とか言ってたんだよな?
(ですね)
勇者はまあ、なんとなくわからんでもないが……落ち人ね? 確かに落ちてきたんだろうが……ウリスの言い方から考えて、俺みたいな奴が他にもいたってことか?
(可能性は高いでしょう。その証拠に言語は全くの未知ですが、ところどころにこちらの言葉が使われています)
例えば?
(そうですね。ゴブリンはゴブリンと呼ばれています。エルフもエルフですね)
そりゃまた……なるほど。だとすると、こちらに来た者の中には俺と同じか近い次元から落ちた奴がいる可能性が高いか。
(言語に取り込まれるぐらいであるのなら、その割合は高いとも考えられますね)
そこら辺は直接聞いてみるのがいいかもな。
雷火とそんな会話を思考通信でし終わったタイミングで、俺の前にそれが現れた。
「これはまた……」
思わずそんな声が漏れるほど、現れた壁は変わっていたからだ。
なんせ見上げるほどの高さと、横を見ても途切れる場所を裸眼では確認できないほど広い。
だというのに、それが全て生きた木でできていた。
地球ではまず見ることができないどころか、考えもしないような光景に唖然としている俺にウリスは振り返って笑顔を向ける。
「ようこそ。封印の森の里へ」




