ログ17 『地球の刃は死ぬことと見つけたり』
一瞬、気を失っていた。
意識が戻ると同時に脳内ディスプレイで時間を確認したが、その数秒で周りの環境は激変している。
土がむき出しの岩山の麓にいたはずなのに、周囲は木々へと変わっていたからな。
倒れている木が一直線の道を作っていることから、たった一撃で森の方まで吹き飛ばされたのだろう。
攻撃される直前に可能な限りサイパワーで身体を強化していたからこそ死ななかったってところか。もっともノーダメージとまではいかなかった。
「痛っ……折れているな」
倒れている大木に左手を置きながら立ち上がろうとして、右腕が垂れることに気付いた。
「固定しろ」
スーツに強引に右腕を固定させるが、手の感覚がない。神経まで断裂しているか。それ以外も右半身が酷いな。
脳内ディスプレイで自分の損傷具合を確認しながら、折れてもなお握っていた刀を左手に持ち替える。
全身を切り刻んだんだがな……そもそも真っ二つにしたよな?
視線を出来たばかりの道に向けると、ゆっくりとこちらに近付く肉塊があった。
内臓やら色々なものを出しながら上半身を引きずってこちらに向かってくるゴブリン王の下半身だ。
どう見ても生命活動を維持できるようには見えないが、骨で強引に身体を繋ぎ動いている様子は死んでいないことを表している。
いや、違うな。これは元々死んでいるんだ。
サイ現象で強引に生きている動きをさせられているからこそ、骨を武器や防具にできた。
つまり、生体活動そのものをその体自体はしていない。
だが、ドローンによる探知ではそれそのもの反応はある。
血飛沫まで演出しやがって……クソ! 迂闊過ぎだ! もう少し早くその違いに気付いていれば……
センサーの精度を上げると、その発せられる反応は腹部のみから出ていた。
「げ、げっげげげ」
俺へ後五歩の距離まで来たゴブリン王は、腹部から不気味な笑い声を発する。
「なんだ。種明かしでもしてくれるのか?」
苦笑交じりの言葉が通じたのかどうか知らないが、下半身断面からゴブリンの赤子が現れた。
血肉で地の緑がほとんど見えないそいつは、残念でしたとでも言わんばかりに俺を指差し笑う。
反射的に撃ちたくなるが、ピーステイクまでサイパワーで上手く守れなかったらしく背にない。
なにより今の状況では残っている拳銃でも投げナイフでもあっさり防がれるだろうな。
それにしても……あれが本体か? だとすると、傀儡系か? 同族死体の?
アースブレイドの中には無機物を己自身かのように操るサイ能力者がいた。
ぬいぐるみを対象とした者がいれば、サムライドレスの予備機すら使うことができる者など様々で、中には死んだブレインリーパーを味方にできる奴もいたな。
つまり、その類のサイ現象を使えるってことか。しかも、かなり強力な。
脳内ディスプレイでアシストドローンの視界を確認すると、死んだはずのゴブリン達が動き回りウリスやエルフ達に襲い掛かる様子が映し出されていた。
それは巡回兵だけでなく、岩山の中から続々と現れており……俺の作戦は全て無駄にさせられたようだった。
いや、それどころか……ああ、そういうことだったのか。
岩山から現れるゴブリンの中に事前に確認できなかった大型ゴブリンの姿が何体もいた。
俺に迫っているゴブリン王が赤子で、死体を鎧のように纏っている。
そこから導き出せるのは、仲間の骸からそういうのを作れるということだ。
今まで目撃した大型ゴブリンは全てその類で、もしかしたらゴブリン王、いや、幼王か? と同じようにその死体の中に本体がいたのかもしれない。
差し詰め生体、いや、死体パワードスーツか。
俺が倒せていたのはたまたま本体を殺していたと考えれば、色々と納得いく。
が、現状でそれは脅威だ。
腹に対する攻撃は一切していなかったから、真のゴブリン王である赤子は無傷。
死体の鎧は俺の見ている前で急速に修復され、本体がその中に埋没していく。
俺の状態を理解した上で見せ付けているのだろう。
「ハッ! 悪趣味だな!」
見た目的に赤子なのに、肉の中に消えゆく時の顔は実に邪悪そのものな笑みを浮かべている。
奴は嗜虐的に楽しんでるのだろう。
もう俺に自分に対抗する手段がなく、絶望するしかないと。
残念だったな! あいにくとこの程度で折れるほどやわな戦場を歩んでない!
そもそも地球の刃たるアースブレイドの一振りにとって、絶望は親しい隣人だ。
地上は核汚染と生体兵器に支配され、僅かに残った巨大シェルターの中で少ない物質の生活しつつ、百年も終わりの見えない星間戦争を続けてきた。
しかも、相手の方は物量・技術なにもかもが勝っているという状況でだ。
唯一こちらにあった勝機は、奴らがこちらを舐めていたといこと。
そう、その精神差こそが俺に、いや、アースブレイドに勝利をもたらす。
実績を伴った思いと共に俺はニヤリと笑う。
もっとも、状況は奴が余裕を持ち、舐め腐れるほど最悪だ。
俺はサイパワーを使ったとしても先程と同じ戦いができるほどの余力はない。
エルフ達も続々と現れるゴブリンゾンビに対応するのが手一杯な様子だ。
通常個体の動く死体であれば矢の一刺しで動かなくなっているのを確認できるが、大型ゴブリンはいくら突き刺しても動きを止めず、杖持ちも復活しているのでサイ現象で多くの攻撃が無効化されている。
唯一の救いは、射撃をする上でエルフ達の位置は有利な場所であることだろうか?
ウリスは岩山の頂上、他は森の中。
遮るものがない場所にいるゴブリン達は防ぐ手段があるとはいえ、一方的な攻撃に晒されるしかない。
だが、そうであったとしても、奴らは既に死んでいるのだ。
ダメージを気にせず奴らは前進するし、損傷させたとしても僅かな間を置いて修復される。
一矢を受けて倒れた個体すら、時間が経てば立ち上がり再び前へ進み出す理不尽さ。
わかっている。サイ現象は往々にしてそういうもの。
解決する手段はそれを使っている存在を排除すること。
既に元の姿の大型ゴブリンの姿に戻っている真のゴブリン王を殺すことだ。
アシストドローンの視界では見えないが、俺の目には映っている。
黒いサイオーラがまるで暴風かのように湧き出し後ろへ流れている様子を。
あれがゴブリンゾンビに供給され続ける限りエルフ達はいずれ力尽きるだろう。
勿論、ゴブリン幼王は一体であるからその内に限界を迎えると希望的な予測をできなくもない。
が、ブレインリーパーのみならずアースブレイドの中にもいるのだが、無尽蔵じゃないか? って思うぐらいサイパワーを持っている奴はいる。
だから、相手に運命を任せるような考え方は駄目だ。
それは当然、エルフ達にも当てはまる。
彼らの手助けを望んではいけない。
そもそも、ゴブリンゾンビを一方的に攻撃できていたとしても、前進を許している時点で拮抗状態ですらないのだ。
誰かをこちらに向けさせた途端、向こうの戦線が瓦解するなんてことになりかねない。
つまり、俺がこいつを殺せればハッピーエンドってことだ。
「さあ、喜べ! 死人が再び命を懸ける時が来たぞ! とうに折れ、砕け、消滅するはずだった一振りが刃を煌めかせる時が!」
ぼろぼろの自分を鼓舞するための言葉を叫びながら、笑みを獰猛に深める。
別に死ぬべき時に死ねなかったことが生き恥だと思っているわけではない。
一度命を懸けて為そうとしたことを、もう一度行えるのは実に戦士冥利に尽きる。ただそれだけだ。
なにより、例え人類統治機構の庇護下にいない人類であろうと、多少形が違がかろうと、敵がブレインリーパーでなくとも、同じ地球でのできごとであればアースブレイドはその刃を振るわないことを躊躇うわけがない。
「この一振り、ただ地球のために! この刃、ただ人を守らんがために!」
アースブレイドでよく使われる鼓舞の言葉と共に全力で、
「ガア!?」
振り返って走り出した。
「…………ガアアアアアアア!」
一瞬唖然したかのようなゴブリン幼王だったが、俺の姿が木々の中に消えたことで咆哮する。
「そうだ! 怒れ!」
アシストドローンは既にこちらの上空に移動させているので、奴が激怒している様子がよく見える。
「さあ、追いかけっこといこうぜ!」
猛然と駆け出したゴブリン幼王は、同時にその姿を変化させた。
全身から骨を突き出させ鎧と化し、更に近くに遺体があったのかゴブリンゾンビ達が周りに集まり次々と張り付いていく。
骨の鎧に纏わりついた緑色の小人が次々と融解。瞬く間にその姿を三メートルの巨体へと変えた。
「ちっ、ただでさえ通りにくい体がより強固にすんなよな」
脳内ディスプレイで現在地を確認しながら俺は舌打ちをした。
生体反応は相変わらず腹からあるので、俺の持つ手段ではそこへ届かせる攻撃は限られてしまう。
こっちの戦い方を迂闊に見せると即座に対応策を打ってくるのはブレインリーパーと変わらないな。
だからといってやることは変わらないが。
木々の間を高速で抜け続けた俺の前に花畑が現れる。
白い花が咲き誇る場所を戦いの場にしなくてはいけないのは、地球環境再生計画関係者に後でなに言われるかわかったものではないがここしかないのだからしかたない。
俺の視線の先には四メートル近い巨石があった。
それを背にし、使える限りのサイを発揮するために強く強く息を吸う。
激痛が傷付いている右半身から襲ってくるが、知ったことか。ただ一撃、それが届く力が得られればそれでいい。
左手の刀を突きの形に構える。
深く深く腰を下ろし、ただただ己を必殺の一撃と化さんがために。
俺が止まったことにゴブリン幼王は笑い、
「ガアアアアアアア!」
その体の強固さを活かさんと飛び込んできた。
はっ好都合だ!
「キィイイイイイイイアアアアアア!」
裂ぱくと共に上空へ飛び込み穿――
「止まって疾風!」
唐突に通信が入り、急停止すると同時に宙にいたゴブリン幼王が吹き飛んだ。




