犬尾族の娘はドッグフードの夢を見るか?
「え~っと、リックさん?」
「「はい?」」
ペディの呼びかけに同時に答える俺と陸。
「え? あなたはパパさんですよね?」
そうだった。
俺はパパという名前で行くことにしたんだった。
リックというのは、俺の前世の名前だ。
そう、俺は前世での自分の名前のリックを息子に付けたのだ。
それが陸。
久しぶりにリックと呼ばれて返事をしてしまったというわけだ。
「ああ、そうですそうです。こいつに何か用です?」
「ええ。先程は私、何も出来ませんでしたが次は戦いますので」
がんばりますという意思表示か、右拳を少しだけ上げるペディ。
「とんでもない! お姉さんを危険な目にはあわせられませんよっ」
手をバーンと掲げて、カッコつける陸。
しかし90センチの身長と、幼児の声である。
可愛さは満点だが、頼もしさは皆無だった。
「いいえ、戦います。こう見えても精霊を操れるんですよ」
ほう、精霊魔法ですか。たいしたものですね。
直接的なダメージを与えるのは向いていないが、さまざまな現象を起こせる。
いきなり襲われたら何も出来ないかもしれないが、アジトに襲撃を仕掛けるなら別だ。
精霊を使った戦略を立てられるぞ。
「とりあえず乗り物とか用意出来ます? こいつ歩いたら遅いし、もう抱っこするの疲れちゃって」
俺たちは陸の歩みにあわせて、のろのろ移動している最中であった。
この世界に来る際にはいろいろなアイテムを持参してきたが、流石にベビーカーは持ってきていない。
今はバックパックも背負っているから、おんぶも出来ない。
「お、お子様を運ぶ手段ですか」
そんなことに精霊を利用することは考えたことがないのだろう。
ペディは困惑している。
俺は思いつきを口にしてみた。
「風の精霊を頭に乗せて、浮いた状態で前進させるとか?」
「す、すごい発想……」
目を丸くして驚くペディ。
「タケコプターだね、パパ」
理解の早い息子。
ペディは目を閉じて、祈るように手を握る。
風が生まれ、陸の身体がふわりと浮いた。
「おぉ~、浮いた~」
「動けるか?」
頭を下げれば前進、直立不動で静止。
セグウェイを操るように練習を行い、すぐに習得したようだ。
「オッケー、これは便利だね」
俺の目線でふよふよと浮いている2歳児。
ドクタースランプのガッちゃんみたいだな。
うる星やつらのテンちゃんの方が近いか。
何にせよ、これで俺が抱っことおんぶと肩車をするだけの係から脱却できる。
「よし、アジトを壊滅させてやる」
「おい、待て、急ぐと危ないぞ」
俺たちはペディの案内でアジトの方へと急いだ。
だが、急ぎ始めて程なく。
ペディのお腹から、くぅ~とかわいらしい音が聞こえた。
「ううう、これはその」
お腹を押さえて顔を赤くするペディ。
無理もない、村を襲われたときから何も口にしていないのだろう。
「腹が減っては戦は出来ぬ、だな。休憩にしよう」
「すみません……でもその、私食料なんて」
しゅ~んと萎縮するペディ。
食料など持っているわけもない。
こちらの世界においては保存食というものは希少だ。
基本的には煮たり焼いたり、食べる直前に熱を入れる食事が普通だ。
しかし、こんな事もあろうかと、保存食大国日本からいろいろと持ってきている。
缶詰、レトルトパウチ、インスタント麺、フリーズドライ等など。
俺はバッグの中からいくつか取り出した。
陸が食えるものを探さないとな。
もうすぐ3歳になろうかという子供は普通に何でも食える頃だが。
陸は乳離れが遅くて、まだ食べられないものが多いのだ。
「こ、これ美味しいそうですね」
ペディが何か気に入ったようだ。
「あぁ、いいですよ、お好きに食べて下さい」
俺はごそごそと探し続けていた。
あったあった。
チョコ味のコーンフレークだ。
本当は牛乳をかけないと意味があまりないのだが。
ミルクをかけるのを嫌がるんだよな陸は。
母乳は飲むくせにどうなってんだろうね。
カバンから顔を上げた俺はペディのとんでもないシーンを見てしまった。
彼女の食べているものは、ドッグフードだったのである。
「こんな美味しいもの食べたの初めてですぅ~」
両手でカリカリを握りしめ、がしがしと噛んでいる。
よほど美味しいのか、両目からは涙を流し、犬の尾はブンブンと振られていた。
「なんか色んな味がして不思議です、なんですかこれ~」
鶏のささみとチーズと野菜や玄米などをバランスよく配合しているらしいからね。
俺は食べたこと無いけど、美味しいのかもしれないね。
「お姉さん、美味しそうですね」
あまりに美味しそうに食べるペディを見て触発されたらしい。
「あ、どうぞどうぞ」
「本当だ! うまい! パパ、確かに日本の食べ物美味しいね!」
言えね~。
それはペットの犬用で人間の食べるものじゃねえなんて言えねえ~。
こっちに持ってきたのも、動物の懐柔やモンスターの足止めとかに使えると思ったからで。
自分たちの食料にするつもりはさらさらなかった。
「この写真の動物の味なんでしょうか?」
「これって柴犬だよね? 食べるものだっけ?」
柴犬を見て美味しそうと思ってしまった犬尾族。
柴犬は知っているが、ろくに日本の食い物を知らない2歳児。
どちらにも説明する気力はおこらず、俺はブロック状の携帯バランス食を齧った。