店主とエルフは互いの世界を知る 7 異世界からの依頼
「言うに事欠いてそっちの手伝いをしろって?」
『天美法具店』での店主の仕事は、宝石や小物の製作や加工ばかりではない。
店全体の経営が中心になっている。
異世界は抜きにしても、いや、異世界を抜きにしたら、もう一店舗の、しかも『天美法具店』と一緒にまとめることのできない経営をしてくれという。
「体が二つあっても足りねぇよ。そっちの世界のことは何にも知らねぇし、大体そっちの仕事に穴は空けられてもこっちは空けられねぇ。そっちに行ってる間、こっちじゃ俺が行方不明で捜索されるようじゃその頼みは拒否するしかねぇな」
セレナは店主の言葉を聞くよりも、自分がなぜそんなことを口にしたか自問自答することで精いっぱい。
しかし間を置かずその答えは出る。
確かに実行したのは自分だが、店主の協力がなければ出来なかったこと。
目に見えない力の有無はセレナでも判定できる。しかしその力の配分や事細かい種類の識別は店主に及ばない。
手伝ってもらいたいその理由は出来た。
しかし店主の言うことはもっとも。
自分が帰ってきた時はどうだったかと思い返す。
「私の確かに帰ってきたら行方不明扱いにされ……あれ?」
行方不明者リストに名前が載っていた。
しかしそれを確認したのは、店に戻って来てから一週間以上経ってから。
この世界に来る前と帰って来てからの時間の差はどれくらいだったか。
あの爆発事故が起きた時間は?
太陽の動きで時間は分かるが、時間の確認は作戦実行に必要な時だけしかしなかった。
しかも、今から何分後という指示のみ。現在時刻は記憶にはない。
だがその証明はすぐに出来る。
セレナは店の壁に掛けられた時計を確認した。
「私の世界の時計とほとんど同じ……いえ、時間の数え方は全く同じみたい。今からちょっと確認してくるわ」
「え? お、おい」
セレナはそう言うと店主の反応を待たずに手順を踏んで『天美法具店』の扉を潜った。
意味不明な行動をとるセレナに思考がついて行けない店主。
しばらく扉を力なく見ていたが、項垂れながら施錠の確認をしようとしたところ、再びセレナが姿を見せた。
「問題ありません! こちらとそちらの生活が両立できるかもしれません!」
「おま……え?」
店主の心の中に生まれた複雑な感情は、セレナの一言ですとんと消える。
彼女の店に戻った時間は、『天美法具店』に向かう時間とほぼ同じ。
つまり『天美法具店』にいる間のセレナの世界の時間は止まったまま。
「ですから、私と同じようなトラブルを抱えてる人達を助けられると思うんです! あの岩はもちろんこちらで何とかします!」
店主の目は、近づいて詰め寄るセレナではなく彼女が着ている衣服に向けられた。
前回は見えなかった鎧の下の布。それもまた、今まで感じたことのない力が含まれている。
目に見えない力を存分に発揮して作業できたのはいつぶりだろうか。
店主の好奇心は抑えきれないが、岩の撤去の件とは別だ。
「……持っていく、と言う口ばかりの約束は簡単に反故にされかねない。かといって首輪の鈴になる道具もない。そっちの世界の人を助けるとか何とかってのは俺の義務じゃない。が、お前の監視は必要だ。時間経過に問題はないっつーんなら直に俺がお前の監視を兼ねてそっちの手伝いをする、というならな」
断られる覚悟を決めていたセレナは驚いて顔を上げる。
見る見るうちにその瞳が潤んでいく。
「ただし、俺を自分の好きなように使い回せると思うなよ? 手伝いって言う以上俺の仕事をそこでもすることになるし、当然報酬ももらう」
「そ、それはもちろん!」
国でさえ動いてくれているかどうか分からない行方不明者探索をしてもらえる。
そんな思いに胸をなでおろすセレナだが、店主はさらに険しい顔をセレナに向けた。
「その報酬についても問題がある。確かに喉から手が出るほど欲しい宝石はあるかもしれん。だが……」
レジから十円玉と一万円札を取り出した。
「お前の世界では、例えば銅が一番価値のある金属としよう。俺が頼んだ仕事を達成した褒美がその価値ある銅。お前は喜んで受け取るだろう。だが俺はそれが非常に有難い。なぜなら……」
セレナの前に一万円札を見せる。
「お前にとっては銅よりも簡単に安価で手に入れられる紙切れだ。だがこの世界、この国ではその銅の千倍の価値があるんだ。そこで俺はこう思う。『たったそれっぽっちの物で喜んでくれるとは有り難い』ってな」
店主の話は屁理屈かもしれない。へそ曲がりかもしれない。
しかしこの店の責任者として動かなければならなかった、店の前に置かれた巨大な宝石の処遇。
非難めいた意見も受けながら、事情も素性も知らないセレナへの義理も立ててその宝石をそのまま維持し続けてきた。
その報いが、その相手から見下されることや相手の都合に振り回されることであるならば、これほど腹の立つことはない。
「……はい……。なら今すぐにあれを壊してでも撤去……」
「それも禁止だ」
セレナから見た異世界でこじらせてしまった問題の元凶を取り除くのはセレナの役目。
これは自分でも納得がいく道理ではあるのだが、なんと撤去してほしい店主から、持ち去るためのセレナの案を即座に却下された。
「それは……無理難題をふっかけてるのはそっちじゃないですか」
「お前には分からんか。魔法使えるくせに」
逆に店主がセレナを軽蔑するようなまなざしを投げつけた。
「今のままならあの岩は安定している。だが割ったり細かくすることで、その分量を超える力を持つ欠片が生まれる可能性がある。そんな石からから順に暴発するかもしれねぇんだ。あんたが最初にやってきた理由がそれだったんだろ? そんな爆発をこの世界でさせるわけにはいかない。こんな話、俺のほかに誰も信じやしない。そんなこの世界じゃあり得ない事故の責任を背負わされたくねぇんだよ」
この世界については流石に口出しは出来ないし、謂れのない責任を押し付けられるのはこちらも同じ。
セレナは店主の話に納得するしかない。
「扉を作る時に指示出したろ? こいつがそんなことを起こす確率を減らすために、その部分を扉に使ってくれっていうことでもあったんだよ。従業員達は、アレはひょっとして血生臭いルートを通ってきたんじゃないかと勘違いして近づくことはなかった。触っただけで爆発するような力はないが、余計なことをしないに越したことはない分俺は綱渡りを終えた気分だったよ」
有り余りそうな力を抽出して何かに利用する。
それで危険は回避されるということだ。
つまりそれは危険を取り除く方法でもある。これはセレナにとってうれしい報せではあった。
しかし、仮にこの大岩を持ち帰ることが出来たとして、その後どう処分するのかという問題は残る。
そればかりではない。
洞窟に放置されたままの元魔物の体の一部だった宝石の中にも同じような危険な物質が残っている可能性がある。
やはりどうしても店主の協力が必要になってくる。だが店主は首を縦に振ってくれない。
しかし打開案は店主の方から挙げられた。
「あんたの店の手伝いをしてもらいたいっつってたな。俺からの条件をのんでくれりゃ、報酬の件もそっちに任せる。この岩の件も引き受けても構わない」
「あ、有り難うございます! で、その条件って……」
「そっちでの仕事の手伝いは、俺の好きなようにさせてもらう。それだけだ」
どんな難しい条件を突きつけられるのだろうかと身構えていたセレナは、店主の単純な一言で気が抜けかけた。
だがセレナは首を強い勢いで立てに何度も振る。
彼の能力に基づいた仕事は、自分の、そしてみんなの心強い味方になるはず。
セレナはその条件を喜んで受け入れた。
しかしその条件はセレナの気苦労の連続の原因となることを、この時の彼女はまだ知らない。