法具店アマミ 嵐の前 2
「キューリアさん、やっぱどうも苦手なんだよねぇ。お姉ちゃんに替わってもらえばよかったかなぁ……」
午後八時。
空には月と満天の星。
『ホットライン』ばかりではない冒険者チームの拠点区域は、チーム同士の交流を盛んにすることと情報の共有をしやすくするためということで、酒場も何軒か集まっている。
それは過疎地域であったとしても、魔物や魔獣が存在すればそこには冒険者達もやってくるのは道理。
どんな田舎であっても、自ずとそんな街並みが作られていく。
冒険者とは言え、修練所を卒業したばかりの新人は同業者からは子供扱いされることはしばしばある。
店主の目線からすれば、どんな場所へも一人で行けて当たり前。
しかし同業のベテランからすれば、こんな夜道の、しかも酒場で賑わってる場所へ女の子たった一人で出歩くのは危ないぞ、という具合。
人を襲う魔族や魔獣が現れる場所ではないが、酔っぱらった冒険者同士の揉め事はどの町や村でも珍しくはない。
が、新人冒険者がその場に居合わせると、巻き込まれてとんでもない被害に遭うこともある。
一回も依頼を受けずに重傷を受け、そのまま引退という話も珍しくはない。
とはいっても怯える程危険な場所でもない。
しかしどの種族から見てもすぐに女の子と分かるミールは一人とぼとぼと歩く。一目で女の子と判断できないのは店主くらいなもの。
それでも彼女にはベストと言っていい、店主に作ってもらったローブと、回復に特化はしているが杖を装備している。
敵への攻撃力は些細な物ではあるが彼女にしては頼りになるほどの防御力がそれらに備わっており、しかもそれを用いての模擬戦も経験している。それが彼女には心強い。
ただ、怖さと驚きの感情は別物である。
何もないはずの所から自分に向かってアクションを起こす者がいれば、いくら警戒していたとしてもまずは驚きの感情が突然現れる。
勿論熟練の冒険者ならそんなことが起きても平然としていられるが、何といっても現場を踏んだ数が極端に少ないミールには、飛び上がらんばかりの驚きが待っていた。
「あれ? ミールちゃん? ミールちゃんじゃない。どうしたの? こんな時間に」
それなりの繁華街は、暗闇が途切れることはない。
しかしそんな明るさの合間に存在する暗闇からいきなり声をかけられたのである。
「ひ」
それでも上げかけた悲鳴を堪えその声の元を探すと、なるほどこの暗闇に紛れることも容易い、黒のイメージを全身に持つキューリアが、よく目を凝らすとそこにいた。
「び、びっくりしたあ……。キューリアさんでしたか」
「あなたも買い出し? まさかお酒飲みに来たんじゃないよね?」
予想外に早い帰還で時間が余ったキューリアは、チームのために消耗品などの買い物から帰る途中らしかった。はちきれんばかりに膨らんだ袋を両手それぞれに持っている。
その袋は白っぽく暗闇の中でも目立ちそうなものだが、発光や反射がなければすべての色が彼女の黒に吸い込まれそうな、そんなキューリアのいつも通りの出で立ち。
「の、飲むつもりはないですが、飲みに行けるほどお金もないし、そんな余裕があったら生活費にまわしてます……」
キューリアにすれば軽い冗談のつもりだったが、ミールへかなりのダメージを与えてしまった。
ミールには、一日の最後の仕事として店主からの一言を『ホットライン』へ伝えるだけのお出かけ。
ところがその途中で出会ったメンバーが、よりにもよって苦手意識を持つキューリア。
ただそれだけのことなのに疲労感が半端ない。
「そ……そっか……。ヘンなこと言っちゃってごめんね……。でもこんなとこまで何の用? 今日はお仕事終わったんでしょ? で、ここまでお出かけってことは、ミールちゃんも買い出し?」
「い、いえ。『ホットライン』の皆さんから依頼されてた道具の作製が終わったので、そのことを伝えに行けと……」
キューリアの顔が明るくなる。
「ホント?! みんなの分完成させたの? じゃあ一緒に行こっか。私も戻るとこだから」
両手に持っていた荷物を片手にまとめ、空いた手でミールの片手を掴んで引っ張る。
「みんな喜ぶよ~。ミールちゃんから早くみんなに伝えないと」
この言伝をキューリアに預けて『ホットライン』に伝えてもらえればこのお使いも終了。
そんな経緯なら、苦手なキューリアから離れられると考えてたが、問屋は卸さなかった。
「あ、あのっ! キューリアさんから皆さんに……」
「ダメよぉ。あなたのお仕事でしょ? ならあなたが責任もって果たさないと、ねっ。それに一人で行くのもつまんないしっ。ほらほら、ボーっとしないっ。すぐそこなの知ってるでしょ? 一緒に行きましょっ」
喜びながらミールを無理やり引っ張るキューリア。
店主から地図を渡されるまでもなく、模擬戦で何度か『風刃隊』のメンバーと来たことがある『ホットライン』の拠点。
道案内されるまでもない。
仕事についてなら、確かにキューリアの言う通り。人任せにして、雇い主の言われた通りにならなかったら、その人の失敗ではあるが自分のミスになる。確実に仕事をやり遂げるなら自分から動いて役目を果たすのが当然である。
すぐそこなら一人で行くのがつまらないなんて思うヒマもないよねぇ?
そんな質問をすることも出来ず、ミールは泣きそうな顔のまま力づくで引っ張られていく。
「じゃあちょっと待っててね。ブレイク呼んでくるから」
拠点の建物の入り口に一人取り残されるミール。
冒険者チームの拠点の中には、無関係な者を滅多に入れることはない。
入れるとしたらせいぜい客間まで。襲撃された時に、建物の内部を知られているとすぐにその急所を突かれてしまうためだ。
覗き窓はある。しかし外から中の様子は見ることは出来ない。
ここには何度も足を運んだことはあるが、中に入ったことは一度もない。
拠点の中に招き入れるようなことはどのチームもしない。
チーム同士の争いが起きたとき、内部を知られていた場合と知られていない場合では防御に差が出る。
戦争などが起きた場合、最悪チームが壊滅してしまうこともある。
ミールは外で待つしかない。
なかなか外に出てこない『ホットライン』のメンバー。
キューリアは拠点の中に入りようやく気を緩めたミールだったが、伝わったかどうかの確認が出来ない限りこの仕事は終わりにはならない。
早く用件を済ませて帰りたい。
そんな思いが強くなるミール。
中の様子を覗いたところで、誰かがやって来る時間が早まるわけではない。
が、待つのももどかしい。
「何やってんだろ。まだ来ないかなぁ……」
待ちきれず、何度目か覗き窓に目を近づけたその時。
「出来たって?!」
ガンッ!
まさかのタイミングだった。
鼻っ柱を強く打ち、その衝撃で後ろに尻餅をつく。
道具完成の報告を受けたブレイドが興奮して急いでドアを開ける。
勢いよく開いたドアの角にミールの鼻があった。
「あ……」
「あ……。な、なぁにやってんのよ、ブレイク! ご、ごめんね、ミールちゃん。痛く……ないわけないよね。お薬つけたげる。中に入って。ほら、ブレイド! お薬用意してっ!」
「あ……あぁ……。ご、ごめんな、ミー」
「いいから薬っ! 早く出せっ!」
キューリアに怒鳴られたブレイドは、小さくなりながら薬を取りに戻る。
早く帰りたかったミールは、帰る時間がさらに遅れることになる。




