休店開業 が終了し、いつもの営業がまた始まります
ウィリックを失いたくなかったセレナ。
その切なる思いは、自分も誰かからかけられているかもしれない。
もちろん思い上がりかもしれないが、失ったら還ってくることはない命。
その命を失った時、今の自分のように、誰かが後悔の念に苛まれることがあるかもしれない。
しかし自分が生きている限り、誰もそんな思いに苦しむことはない。
そして、きっと、誰もがそれはあてはまる。
「お兄ちゃんへは叶わなかったけど……お兄ちゃんのやりたかったことを引き継ぐことが出来るかも……知れない……」
胸の中で甦る、幼かった頃の記憶。
子供たち同士の諍いを止める少年ウィリックの姿。
年月を重ね、体つきも変わり、いろんな経験を重ね、参加してようやく再会できた巨塊討伐計画。
自分のことを見ていたようで見ておらず、どこか遠くを見ていたようなあの子供の時の目の輝きは変わっていなかった。
そしてセレナの目にも同じ輝きを放ち始める。
しかし本人は、本人だけはそれを知らない。
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「おはよう、テンシュ。これから戻るの?」
「いや、今来たところだ。俺にとっては二日ぶり、かな」
朝の六時。店主は『法具店アマミ』にくるといつもすぐに作業部屋に入るのだが、セレナが下に降りていくと珍しくカウンターの椅子に座っていた。
セレナはそれに意味があることを分かっていた。
「……テンシュ」
「何だ?」
「……巨塊、討伐するわ」
セレナの短い一言。
この先どうするか大きく影響する彼女の先行きの決断。それでも店主は動じない。
なるようになる。ままならない現実は受け入れるしかない。
法具店を引き継ぎ、臨終の場面を数多く見てきた店主の経験。
店主はゆっくりと椅子から立ち上がる。
「そう」
「今までのように犠牲は出さないようにする。怪我人は出るかもしれない。けど誰も死なせたくない。だから準備は時間も物も、そして人材もたくさん必要になる。そして討伐した後もお店と兼業の冒険者を続ける。……テンシュには店番、頼むわね」
「……了解」
「それと!」
作業部屋に向かう店主を呼び止める。
その声の強さに思わず店主は振り返った。
「今日も討伐現場の調査に出かけるから留守番よろしくね。それと朝ご飯、用意してあるから食べて」
店主が久しぶりに見る彼女の笑顔がそこにあった。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
二人が朝ご飯を終える頃、店主が思い出したように口を開いた。
「レジとかどうすんだ。会計分かんねぇぞ」
「ミールちゃんとウィーナちゃんに連絡とってある。キューリアとヒューラーにも話してあるから大丈夫。何だけど……」
なぜか最後は歯切れが悪い。
不都合なことが起こっても、大したことがなければ問題にはならない。
しかしこの世界についてはせいぜい巨塊の話の一部しか知らない店主には、事の次第によっては店の存続については致命的なことになりかねない。
もっとも宝石の加工さえ出来れば文句はない。
とは言え、その作業の環境はより整っている方が都合はいい。
「おはようございまーす」
「おはよー。セレナはもう大丈夫ー?」
店から聞こえる朝の挨拶。
聞こえる声の一つは双子の片割れ。
しかしもう一つの方は、キューリアでもヒューラーでもないが、店主には聞き覚えがあった。
「余計なのがいる」
下に降りてそこにいた人物を見た、店主の最初の一言がこれ。
ウィーナとミールが顔をこわばらせ、肩を竦めて居心地悪そうに出入り口に立っている。
それもそのはず。
二人はキューリアとヒューラー、アローとニードルに挟まれていた。
「片側の二人は分かるが、もう片側は何だ? 買い物客にしてはまだ時間は早すぎる」
「四人で警備員するから心配いらないよ、テンシュさん」
「そうそう。リーダーの無礼のお詫びの意味でもあるし」
双子の表情とは対照的なその四人はニコニコ顔。
アローとニードルは、キューリアとヒューラーから話を聞かされ、セレナとせっかく知り合いになれたということとアローの言う通り、店主へのお詫びということでボランティアの警備として来訪したのだった。
「そんなに人数が必要なほどでかい店でも繁盛してる店でもないんだが?」
「広さはともかく、繁盛ってところ、私に痛いから言わないでくれる? テンシュ」
「お客さんが入らないのって……わ、私達のせいなんでしょうか……」
「き、きっと違うよ、お姉ちゃん! お客さん入ってきた時もあったじゃないっ!」
この二人にはバイトよりも頑張らなければならないことがあるではないか、と取り乱し始める双子に冷たい視線を差す店主。
「装備品二種類ずつ作ってもらって、それでもまだ仕事斡旋してもらえてない方が変だと思うがな」
上位冒険者チームにすっかり顔を覚えられたのだから、貧乏新人冒険者チームにしてはかなり恵まれた環境であるはずの彼女達。
いくら何度か模擬戦で鍛えてもらい戦力は上がってきているはずだが、斡旋所で仕事を貰えるとは限らない。
定期的に収入を得られるバイトの方が、健全な生活を確保するには具合がいい。
もっとも冒険者であれば、安定した収入をえる仕事を常に求めるのは問題だし、彼女達も本音は斡旋所から仕事をたくさん受けられるくらいに成長することを希望するのだろうが。
「でも、まだ調査が続くとは思わなかったです。いつになったら終わるんでしょう……」
「行方不明者の所在が全員判明するか、巨塊を討伐出来たら終わりだと思うけど、いずれまだまだ先の話になりそうね」
バイトの需要は終わりそうにない。
『風刃隊』が食いっぱぐれることはなさそうだが心中は複雑。
「あ、迎えが来た。じゃ、行ってくるわね」
「行ってらっしゃーい」
店主だけがセレナを見送らず、作業部屋に入っていく。
そして、またいつもの『法具店アマミ』の毎日が再開された。




