休店開業 8
「これまでの人生の環境がそうさせたのか、お前自身の性格上なのかは分からんけどさ」
「……?」
声を出さずに泣いているセレナは、そのまま店主の話に耳を傾けているのか、彼の声に肩で反応する。
「今まで生きてて、これだけは譲れないとか、絶対に曲げない信念とか、そんなのはなかったのか?」
どのように生きるか。
それを決めるきっかけは他人に依存してもいいだろう。
しかし行くべき道を定めたならば、いつまでもそのきっかけに依存し続けるのは難しい。
いつかはそれから卒業し、自分の意志、自分の足で進んでいかなければならない。
「今までそんなことを考えたこともなかったんだろうが、考えたくもなかったことでもあったんだろうよ。だがこれからはそうはいかないだろ。俺の面倒見るよりも大事なことだから俺のことは気にしねぇで、じっくり考えて自分で答えを出してみるんだな」
ヒントなら俺が今までお前に語ったことの中にある。
店主はそう言い残し、いつものように作業部屋の椅子で寝るために部屋に向かっていった。
セレナはその後ろ姿を見ることしか出来ず、入室した後椅子に座って寝入る店主も目に入る。
しかし自分と店主の間にある壁が仕切られているガラス製のものばかりではなく、とても分厚い何かが存在するよう感じる。
項垂れながらセレナは二階に上がり、大きなぬいぐるみが横たわる自分のベッドに横たえた。
涙を流した目の瞼は重い。
大切な存在を失い、心も荒れに荒れた。
そして最後に食らった店主の言葉の重み。
それが心に突き刺さり、負けてもおかしくない睡魔の力を打ち払う。
テンシュに言われて初めて気付く。
冒険者になる志も、その職に就いてからも、巨塊討伐も、すべてウィリック=アーワードに依るものだったことに。
「……いつも、お兄ちゃんの後を追いかけてばかりだったもんね……。お兄ちゃんを見失ってからはテンシュに頼りっぱなし……。私が決断して何かしたこと……あったのかな……」
それなりに自信があって作った道具の数々をダメ出しされ、その品すべての改良を店主に委ねた。
何から何まで誰かに頼らずして何もできない自分であることを改めて認識するセレナ。
うつぶせで顔をうずめる布団目掛けてため息をつく。
「単独冒険者十傑、ね……。調子に乗ったことは全然なかったけど……。っていうか、実感もなかったんだけど、いつの間にか……。お兄ちゃんと同じ枠に入るなんて夢にも思わなかった……」
しかし正直うれしい気持ちはあった。
共通点が増えることで話題も増え、会うことがあるなら話しかけやすくなるに違いない。
そう信じていた時もあった。
しかしこの枠は組織などと違い、斡旋所組合によって冒険者達のランキングの中で不動の上位の者達の相性のようなものである。
だからその枠内に入ったからといって、その者同士頻繁に出会う機会が増えるわけではない。
逆にウィリックが遠ざかってしまうような感覚を受けたこともあった。
追いつこうとする気はなかったが、その気になっても追いつけるとは思えないほどの難易度の高い依頼数と達成率。そして人気度。
そのうち自分の身の回りにも、見知らぬ冒険者達が慕うようになっていく。
そんな冒険者達がウィリックと自分との間に入り込んでいき、その隙間がどんどん広がっていくような気がした。
近づきたい相手が遠ざかる。
押しのけたい相手がどんどん増え、しかも好意を持っているので押しのけてもまた寄ってくる。
ある時期からその人数が急激に増えた。
それもそのはず。
「自業自得よね。……お店自分で開いて経営まで始めて、そっち方面の勉強もするようになって……」
自己嫌悪に似た愚痴を吐く。
が、その愚痴が途中で止まる。
「……お兄ちゃん、とは関係なかった……。……そう、そうだよ! このお店始めた時は……私が他の店に不満を持ってからだったもの!」
布団から跳ね起きて、膝を折ってぺたんと座る。
自分のそばに寄ってきた者達は、自分に好意を持っている者ばかりではなくなった。
自分の店を頼りにする人数が次第に増えていった。
自分が作った武器や防具、道具の説明や使い方。そんな指導も始めて続けていった。
先輩冒険者のことを、自分を通して慕う者が増えていった。
しかしそれ以来、自分を見て笑顔になる者が増えていった。
そして何度も自分の元に訪れる者も増えていく。
「私、誰かにとってのウィリックに……なってたのか……。私……あの人と同じになれてたんだ……」
そのまま両手で顔を抑える。
手からあふれる涙が布団に零れ落ちた。




