休店開業 の再開 4
熟睡中に無理やり起こされて、気持ちいい目覚めを迎える者はおそらく少ない。
人とは違う感覚の持ち主と思われている店主も例外ではない。
「……シュ! ……てくださいっ! テン…… テンシュさん!」
店主の体を揺すって声をかけているのは、顔を赤くしながら引き留めているアローを振り払うように、無理やり店主を起こそうとしているスウォード。
目覚めた瞬間の店主は、店から追い出したのにまだ店にいるのかと、寝ぼけた頭でそんなことを思っていたが、次第に頭が冴えて事態を把握すると、机の端においてあるハリセンをおもむろに掴み、スウォードの頭目掛けて一撃。
スパアアアアァァァァン!
作業部屋、そして店内に乾いた音が響き渡った。
「な、何すんですか。テンシュさん!」
「うるせぇ! いきなり何起こしやがる! テメェ、この店出入り……」
「す、すみません! うちのリーダーがすみません! どうかそればかりはご容赦を!」
アローが必死に頭を下げる。
よく見るとその後ろにも、初めて見る顔が何人かいて、アローと一緒に頭を下げている。
作業部屋の外には『ホットライン』が全員揃って、店主が部屋から出てくるのを待っていた。
スウォードの態度は、初めて店主と対面した時とはかなり違い、丁寧なものに変わっている。
その二人、そして見知らぬ者達を不機嫌な顔で押しのけて、店主は『ホットライン』に近づいた。
「おい、お前ら」
「は、はい。なんでしょう?」
真っ先に返事をしたブレイドの言い方は堅苦しい。
ややこしい事態を招いた負い目を感じているせいか。
しかし店主はそんな人の胸の内を察しなければならない立場でもないし、その必要もない。
自分への態度がどう変わろうが受けた依頼には、仕事を邪魔されない限りは誠心誠意真剣に取り組むし、依頼に託した依頼人の思いを掬い取る、アフターケアのようなこともする。
だからテンシュはそんなスウォードやブレイドの態度も言い方も全く気にせず
「お前……あの男押さえつけとけ! 仕事の一区切りついたとこなんだし少しくらい休ませろよ! つーか、セレナはどうした!」
「ごめん、私が通したの。どうしてもお礼言いたいって……」
『ホットライン』の後ろから、彼らを押し分けて店主の前に出てきたセレナは素直に謝った。
しかし店主から叱責を受けるのを分かっていた上で合わせた彼女は、その理由を彼らから聞いてのこと。
「下らねぇ理由だったら全員こいつで横っ面ひっぱたくからな!」
店主は全員を威嚇するように、ハリセンで空いてる手を叩いてパシパシと音を立てる。
勿論百戦錬磨の冒険者達に叩いてもダメージを受けることはほとんどないが、彼らがやや気圧されるのは職人としての誇りから生まれた迫力のせいだろう。
「テンシュ、腕輪の中にクッション入れるってのが不思議だったんだけど。クッション付きの兜やヘルム、鎧はよく見かけるけど、いくら折り返しがあるとは言ってもクッションはほぼむき出しよね。何か意味があったの? 接着の術使うときから不思議だったんだけど」
「意味があるどころじゃないですよ、セレナさん! まさかこんな効果があるなんて……」
「ちょっと、言わないでよっ、スウォード!」
作業部屋から出てきたスウォード。そして赤面がまだ続くアロー。
その次に出てきた、スウォードとは種族が違う鳥の亜人の女性が声をかけた。
「ちょっとスウォード、それにアロー。あたしらの紹介ちゃんとしてないんじゃない?」
その女性の言う通り、セレナにはきちんと面通しはしたものの、何分この店に来るのは初めての者ばかり。
「『クロムハード』っていうチームのリーダーがこいつ。彼女はその恋人で、あたしらと同じメンバーの一員。あたしはニードル。こいつはスリング。あ、彼女はスライムじゃないぜ? イカかな? その獣妖種。あたしの後ろの樹木の亜人がアックス。亀っぽいのがクラブ。……ってなんであたしが紹介するんだよっ! スウォード! あんたがもっとしっかりしないからそんなことになるんだろうが!」
ダチョウの足を太くした、足の長い鳥人というイメージを見る者に与える彼女がひとまず仕切る。
しかしいきなり店主は振り返って、再び作業部屋に入ろうとした。
「何でこいつらの話聞かなきゃなんねぇのか分からん。もう少し寝る」
「いや、ちょっと待って、テンシュ! みんなお礼言いたいんだっ……」
「うるせぇな、セレナ。俺はこの男の依頼は今後聞かねえって伝えたはずだ。だからその分きっちり仕事するっつってんだろ。んな仕事してもらって文句言う奴なんかいるはずがねぇんだよ。礼を言うか言わねぇかは使った者次第だろうが、礼なんか言われたってこっちはその方針変えるつもりはねぇよ!」
腕に覚えがあれば、その技術や作り上げた物にある程度の出来栄えの確信を持つ者も中にいるが、ここまで言い切れる職人は果たしているかどうか。
もっとも風呂敷を広げていないとも言い切れない。
店主の場合は、彼の世界での生活が第一だからだ。
それを犠牲にしてまでここでの接客を重要視する必要はない。
スウォードが主張していたことは間違いではないが、そういう意味では誰にでも当てはまる話ではないし、店主の対応もあながち間違いではない。
「しかし言わずには、伝えずにはいられないっっ! 依頼を受け付けないと言われたが、礼を言うなとは言われてないからだ! テンシュさん! まさかこんな配慮をしてくれるとは思いませんでしたッッ! あり」
「うるせぇっ! とっととムグッッ!!」
店主の隙をついて、こっそり店主の背中に周ったセレナが、後ろから口を抑え込む。
いきなりのことで慌ててもがくが、スウォード達からの謝礼が終わるまでは解放する気がないと知るや、ようやく店主は静かになる。
「腕輪を付けた時、誰かに掴まれたような気がしたんだ。気味が悪いと思ったけど、どこかでその感覚を得た記憶があって、手を添えてくるアローと全く変わりなかった。いつも一緒にいるような気がして心強くなって……。まさかそんな効果もつけてくれたとは思いもしなかった」
「装備一つ変わっただけであたし達の戦術も効率良くなったしね。あたしからも礼を言わせてもらうよ。ありがとう、テンシュさん」
スウォードの後にニードルも礼を口にする。
スウォードの横で、やや落ちたとはいえまだ顔に赤みがあるアローも小さい声で礼を言った。
「ぷはっ! いい加減放しやがれ! ただの贈り物なら別のもんだって良かったろうよ! そいつと腕輪に関連持たせなきゃ意味がなかろうよ! 俺がやったのは腕輪自体の改良とそんくらいだ! 俺しか出来ねぇ仕事をしムグッ」
「テンシュもうるさい。少しは大人しくして」
セレナから解放されたと思ったら、今度はキューリアから拘束された。
説明を受けても受けなくても、現実は変わらないことは多い。
しかしその説明を受けることで、知った後に取る行動には自身や確信が現れ、効率が上がることもある。
「今までいろんな店で改良、修繕を受けてきたが、腕輪一つで連携がこんなに効率よくなるとは思わなかった。どんな改良の仕方をされたのかお伺いしたいのだが」
クラブと紹介された亀の亜人のような男が野太い声で尋ねた。
それを聞いて、一言「面倒くさい」と吐き捨てて黙る。
彼らの魔力の定義と自分が見える力の相違点も説明する必要がある。それでどれだけ時間を取られるか分からないしこっちの説明を先回りされて誤解を生みだすことも考えられる。
その修正のことまで考えると頭が痛い。何せこっちは、見えるものは見えるものだし見えるものは見えてしまう。それが目に写る現実なのだから。
しかしこの力が通用する世界とは言え、自分の見えるものがこの世界では正しいこととは限らない。
「私達も冒険者の修練所で訓練と勉強を重ねて、数多くの経験も重ねてきました。中には怠ける者もいますが、大部分は常に己の研鑽を重ねています。私達もそう。リーダーの戦術魔術ともに、今までにない進化が見られました。ひょっとして今までの常識が覆される理論をお持ちではないかと……」
関節のない人型の種族の女、スリングの言葉は店主の杞憂を打ち消すような中身。
説明を縋って求めるような、フロアにいる全員からの視線を受け、店主は根負けした。




