休店論争 が静まって、そのまままた開業するそうです
「お、テンシュさん、ただいま。飯買ってきたが……」
「上に持ってけ! 俺の分は後だ!」
割と長い時間とはいえ、自分がいない間に何があったのか。
エンビーは首をかしげるが、店主の言われるがままに買ってきた食料を上に持っていく。
いくら大男でも相当な量。大きな袋を抱えた両腕にも、同じくらいの袋の取っ手をくぐらせていて、その掌にもいくつもの袋の端が握られてている。
決して軽くはないが彼にとっては重いというほどではない。だからといって歩きやすいとは言えないわけで、その袋をあちこちにぶつけないように慎重に歩く。
店主を追いかけて降りてきたセレナはそんな彼と鉢合わせ。結局セレナは『ホットライン』にも声をかけ、エンビーの荷物運びに手伝いをすることになった。
しかしスウォードはそれどころではない。
作業部屋の入り口まできたところで、『法具店アマミ』の入り口のベルが鳴った。
「はぁ、はぁ……スウォード、どうしたの? 行ったことのないお店に来いだなんて」
入ってきたのはスリムな体型で、それにあった冒険者の装備を完璧に整えていた女性。
背中からはトンボのような羽が生えていていて、一見昆虫の亜人と思われるが耳の先がとがっていて、エルフの亜種であることが分かる。
「すまん、アロー。ちょっと……な」
スウォードの彼女、アローだった。
彼女はスウォードの偏見による、ここまでの成り行きを聞いた。
「……何馬鹿なやり取りしてたのよ。プレゼントが欲しかったら買ってあげるわよ。大体お店の人に楯突いて、それでそのお店ばかりじゃなく関連のお店から出入り禁止食らった冒険者なんて数知れないのに」
「だって相当な変人だぜ?」
「でもいろんな物作ることが出来る人なんでしょう? 大体『ホットライン』のみんなが依頼するくらいだもの。腕は確かってことでしょうに。まったく……。そのテンシュさんって、あの人? ……あなたの話聞いただけなら聞いてくれるかどうか分かんないけど、まず謝りましょう。話はそれからよ」
アローはスウォードの手を引っ張って、有無を言わさず作業部屋に入っていった。
「あのー……」
まずは謝罪。
アローの頭の中はそれだけしかない。
おずおずと作業部屋のドアを開け入っていく。
中では店主が、予め運び込んでいた素材を吟味していた。
「テンシュ……さん、その……」
スウォードが声をかけるとすぐに二人に向いた。
「こいつがプレゼントの贈り主か?」
「は、はい。アロー、と言います。話を伺いまして……」
アローが話を始めるが、店主はそれを聞くつもりはなく。
「お前の利き腕で握手」
「はい?」
「握手しろっつってんだ」
「は、はい……」
利き腕の右を出し、言われた通り店主と握手するアロー。
謝罪を受け入れてもらえる証と受け止めたアローはその手に自然と力が入っていく。しかし店主は全く別のことを考えていた。
「もういい。おい、修繕する装備をよこせ。とっとと終わらせるわ。それとセレナを呼んで来い。ただにしてやるんだ。それくらい頼まれろ」
何かを言う隙を与えない店主に二人は呆然とする。
アローは、自分の謝罪を聞き入れてくれてなかったことに。
スウォードは、セレナを呼んでくることくらい自分で出来るだろうに、と。
しかし腕輪を受け取った店主は、何を言われようとも聞く耳持たずすぐに仕事にかかった。
二人は仕方なくその場は引き下がり、作業部屋を出て二階に向かう。
二階では食事の準備が整えられていた。
スウォードとアローは作業部屋での話をした後セレナを呼んでいることを伝える。
「え……っと、アローさん、ですね。初めまして。多分長丁場になりそうだから私の分食べてってくれる? 初対面の相手にそんなこと言うのも変だけど、ブレイク達と仲がいいのよね? じゃ食べてていいからね、みんな」
二階に取り残された『ホットライン』全員。そしてスウォードとアロー。
何となく居心地が悪い。
「……朝飯食いたかったテンシュさんが食わないまままた仕事、か」
「お客さんだけここに揃うってのもどうかと思うんですがね」
エンビーとライヤーがぼやく。
がそうなってしまった以上放置するわけにもいかない。
「それに、私達の依頼がまた先延ばしになっちゃったわよね」
「……リーダー……? 何か言うことは?」
リメリアからの痛い視線を浴びたブレイドは「ごめん」というのが精一杯だった。
店主はスウォードから受け取った、やや幅が広い腕輪の外部の装飾を全て取り外し、腕輪本体の素材の力を吟味する。
続いて取り外した宝石なども、場合によっては色が全く同じで違う種類の石と交換をする。
「外れやすいとか言ってたな。腕の寸法が合わないはずだから狭めればいい。単純に考えればな」
「でもうっ血とかしちゃうよね。寸法採ってくればよかったかな」
セレナに話しかけたわけではなく、自分に言い聞かせるためのただの店主の独り言。
だからセレナの言葉は耳に入らない。
「そこで腕輪本体に小さな輪っかをいくつか作る。力のある金属を加工して鎖を何本か繋げて、その先は他の防具につけるなりすればそれで問題ないだろう。鎖が切れれば落ちるかもしれんが、滅多に切れることのないような力がある奴は……っと……」
時々作業部屋を出て倉庫にも足を運ぶ。
店主の感情の中にはもはや事前のセレナの件もスウォードとのいざこざのことも消えているようで、その時の目つきが全然違う。
一方セレナは、呼ばれたはいいがなぜここにいるのか、何をするべきなのかが分からない。
接着などの役割を持つが、その工程はまだ先である。
何か指示を出されるまでセレナはそこで待ち続けることにした。
店主のいつもと変わらない、真剣に仕事に打ち込む姿は既に見慣れている。
しかし今は何となく居心地が悪く感じたセレナは落ち着かない。
何度か話しかけようとしたが、何をどう言葉にしていいか分からない。
言葉に出来たところで、今の店主がそれに答えてくれるとは限らない。
物を叩く音、切る音、削る音。
言葉のない部屋の中でそれらが長い時間響き渡った。
いくらか浅い眠りの時間もあったが、ほとんど飲まず食わずでよくそこまで作業に打ち込めるものだと、流石のセレナも降参するほど。
そのセレナにも、仕事が回されてきた。
「腕輪の内側の綿な、このまま位置を固定。柔らかさはなるべく長期間維持させるようにしてるから。少しでも位置をずらすなよ? でなきゃ台無しになっちまう」
その意味を聞こうとしたが店主は無視。
いいから言われた通りにしろ、と一点張り。
店主の作業時間に比べれば、一瞬と言っていいくらい短い時間でセレナの仕事は終了。
「テンシュ……さん、セレナも……あ、いた。お昼はどうするの? もう午後一時だけど」
「あの二人を呼んで来い」
様子を見に来たキューリアが声をかけるとそれに構わず店主は彼女にも命令口調。
詫びを入れたいキューリアは、その誠意が少しでも見て取ってもらえたらと即座に店主の指示通りに動いた。
あの二人。
スウォードとアローのことだったが、退屈していたのか全員が降りてくる。
彼らを見た店主は渋い顔をするが、それも一瞬だけ。
完成した腕輪をアローに、まるで子供に大切な物を渡すように彼の手を取ってしっかりと握らせた。
「あの……これ……?」
「あの、じゃねぇよ。落とすなっつんだよ。お前からこいつに贈り物したやつなんだろ? だったらまたお前から渡してやりゃいいじゃねぇか。他の防具にその鎖の先を繋げりゃ落とすことはないし、中にクッションを入れといたから問題ないと思うがな。実践でも活用できるようにしておいた。その装備つけて模擬戦でもしてきたらどうだ。その効果次第では実戦に使うか単なるアクセサリーにするか決めりゃいい。後は好きにしろ。あと金輪際お前は俺に仕事を依頼するな。分かったな? ほら、全員解散解散!」
解散宣言してそれで大丈夫なんだろうか、と一同は顔を見合わせる。
そもそもセレナのことを心配でついてきて、挙句セレナが暴走してそれを止めようとした集団。
もちろんそのセレナが問題を起こさなければ宣言の必要もないのだが。
しかし全員のそんな不安を知ってか知らずか、店主は彼らの背中を押すように作業部屋から追い出し、店から追い立てた。
「ふぅ……。流石に今回はちと疲れたかな。飯……はねぇんだろうな。しゃーねぇ。寝るか」
「あ、あの、テンシュ。ご飯なら私……って……。もう寝てる? 早っ!」
相当疲労が溜まっていたのだろうか。店主は再び作業机の椅子に座り胸の前で両手を組んで目を閉じると、間もなく寝息を立て始めていた。
キューリア同様、店主に謝らなきゃと思っていたセレナがやれることと言えば、せいぜい店主の体に毛布を掛けることくらい。
そして静かに部屋を出て、店主は静かな空間で、ようやく熟睡の時間を得ることが出来た。




