休店論争 2
二階の空気は荒れている。
誰もが見たことのないほど、憎悪の感情を表情にむき出しにしているセレナ。
その彼女に立ちはだかるように睨んでいるキューリア。
その後ろには下に降りる階段があり、階下の位置から頭半分だけ二階の床の上から出してその様子を見ている店主。
そんなセレナから守ろうと店主の前にキューリアが立ちはだかる格好になっているが、その店主の存在には誰も気付いていない。
セレナに向かって文句を言い始めたキューリアは止まらない。
「確かに大事な人、大切な人を失ったらショックだし、我を失うってこともあるし、今のセレナみたいに怒りや憎しみに感情が囚われるってことはあるでしょうよ。それがこの仕事の原動力って同業者も少なくないし。けどね、あなた、結局自分のことばかりしか考えてないじゃない。それも私達に当てはまることはある。けどあなたの場合はそれだけでいいわけないでしょ?!」
言葉が出るたびに、キューリアの声が震え始める。
後ろにいる店主には彼女の様子は見えないが、セレナの表情が和らいだのはそれが原因であることは推測できた。
「セレナにはセレナのこれまでの生き方ってのはあっただろうし、これからもあなたの生き方はある。私達や他に親しい思いを持つ者達は、セレナにはこうしてほしい、こんな風になってほしいって思いはある。だって滅多に手にすることが出来ない、私達に見合った装備品を扱う店を開いてくれたくらいなんだもん」
確かに上級冒険者のために開いたセレナの店は、多くの冒険者達に重宝がられた。
『ホットライン』のメンバーにとっても同様。
セレナ自身も、従来の店への要望を抱え込んで始めた店ということもあり、これまで不満を言う者は店主一人しかいなかった。
「それでも、私達が長期の依頼で出張してその帰りに、セレナが巨塊討伐に参加して行方不明って聞いた時は天地がひっくり返った思いだったわよ。斡旋所に依頼達成の報告するよりも先に、大慌てでここに来てみたら、建物の外も中も変わってたし、中にいるのは見慣れない三人。そのうちの二人は見たこともない冒険者らしい格好だったから、行方不明にさせたのはこいつらじゃないかって、ホントに心配したんだから!」
キューリアが初めて『法具店アマミ』にやってきた時の話だった。
店主と、バイトに来ていた『風刃隊』のメンバーの双子姉妹を暴漢か不審者と思い込んでいたらしい。
階段から覗いている店主は、あり得るわけないだろう、と手のひらを平らにして指先を上に向けながら横に向け、顔の前で左右に激しく往復させる。
が、その仕草どころか店主自体誰からも気付かれていない。
「……だから私達に何も伝えなかったってことは、私達のことを大して大切に思ってないのかもって感じちゃって、寂しい思いもしたことも事実よ? けど今言った通り、あなたはあなたの生き方があるからそれは仕方がないって思う。けど、テンシュさんはどうなの? あの人がいなかったら帰って来れなかったって話もしてたじゃない。ウィリックさんのことは、セレナにとって大切な人ってのは分かるよ? でもテンシュさんだってセレナにとって大事な人じゃないの?」
「あ、当たり前でしょ! テンシュがいなかったら今頃私も……」
その想像をしたのか、セレナはややうろたえる。
しかしキューリアはその言葉を故意に曲解した。
「テンシュさんがいなかったらひょっとして、ウィリックさんと一緒に同時に命を終えることが出来たかもしれなかったって? テンシュさんがいたせいで生き別れになっちゃったって?」
「キューリア! それは言い過ぎだろ! セレナさんがこうしてここに戻って来れてうれしいし、それがテンシュさんのおかげなら、俺らだって有り難いと思うさ!……変な人だけどな。それとセレナさんも落ち着いて! 噂によれば、とてつもない大きさで、しかも地下深くにいるって言うんでしょ?! 個々で動いて討伐なんて、そんなレベルの話じゃない!」
エンビーがキューリアを諫める。
もちろんキューリアもそれを自覚している。
しかし言わずにはいられなかった。
「……ウィリックさんの話は何度か聞いたよ。テンシュさんにあの人の捜索の手伝いもしてもらえるかもしれないって言ってたわよね。テンシュさんが協力してくれたかどうかは知らないし事実は同かは知らないけど、セレナは手伝ってもらったつもりなんじゃないの? いや、手伝ってもらわなくてもいいわ。セレナを支えてたんだから」
最後の一言の意味は、店主自身も含めて意味が分かりかねた。
そんなことをしたことがあったかと腕組みをして首をかしげる。
もちろん真剣に考え込むつもりはない。ただの周囲へのリアクションである。
が、誰からも気付かれていないまま。
「あなたが彼と一緒に戻って来てから、下にずっと居続けてくれてたのよ? まるであなたたち二人に何かがあってもすぐ動けるように見守ってくれてるみたいなもんじゃない」
二階でセレナがウィリックと二人きりのときは、店主は確かにそういうつもりで下で待機していた。
しかし、その思いが彼女に知られていたとは思わず、一瞬慌てた店主は取り繕おうとするが、未だに誰からも見つけられない店主。
キューリアはその間にも思いを声に出し続けた。
「テンシュってば、仕事中に気を散らすことをされるとすぐ機嫌悪くなって仕事止めたり、すごくどうでもいいとか面倒くさいって言ってこっちの話をまともに聞いてくれなかったり、こっちが聞き飽きるようなくだらないこと言って煙に巻こうとするし、言わなくていいことも言うし」
好き放題、言われ放題の店主は、文句の一つも言いに行こうとも思うが、いつまたあの剣幕のやり取りが来るかと思うとなかなか出ていけない。言葉が区切られて静かさが訪れた一瞬。
ぐぅぅ。
店主の腹の虫が鳴る。しかしそれすら誰も気付かない。
普段なら一旦自分の世界に戻る時間帯。
戻ることならいつでもできるが、再度『法具店アマミ』に戻るには今の時間帯を把握し、この時間に向こうから来ることが出来る環境も整える必要がある。
すでに『天美法具店』は開店時間。
そこに誰もいない時間帯はない。一旦戻るより、休憩をどちらかに入れられる時間帯も含めると、この日の休憩明けまで滞在する方がいいと判断した。
それはいいが、そのためほぼ丸一日何も食べ物を口にしていない。
お腹が鳴るのも仕方のないことである。
「それでも、何か特別な力もってて、しかもセレナが戻って来れたのはテンシュのおかげだって言うでしょ? 怪しい男、変な人って思ったけど、でもそれってセレナの恩人ってことじゃない。その恩人に私はあんな態度とって……。いくらテンシュが気にしてないって言っても、私の自己嫌悪はしばらく止まらなかったわよ……」
キューリアはそう言いながら顔を両手で隠す。リメリアはそんな彼女をなだめるが、彼女の話は終わらない。
「口先ではあんなに気まぐれで投げやりな、適当なことばかり口にしてるのに、しっかり仕事はしてるみたいだし。それにあの人、依頼受けたらすぐに物作ることあったけど、私達の場合そうじゃなかったじゃない。私達がどう行動するかってことを見てから作り始めてたよね?」
店主は顔を何度も横に振りながら手のひらを横に向けて左右に動かす。キューリアの最初の「口先では」は余計だというようにジェスチャーをする。
もちろん誰からも気付いてもらえないし、気付いてもらう期待もないようだ。
「テンシュさんからもセレナからも、こっちで日を跨ぐのをなるべく避けてるって話聞いた。だけど……ウィリックとあんたがここで二人っきりでいた時に、リメイクと一緒にテンシュさんと下にいたのよ。私たちみんなが揃ってここに来るまで、日付が変わった後もテンシュは下にいてくれたんだよ」
セレナは何も言い返せない。
店主にかなり遅れて、作業部屋から二階へと進むブレイドとスウォードが店主の様子を見て不思議に思う。
階上から聞こえる話を聞いて、事態を把握できないスウォードにブレイドが説明をする。
「向こうに帰っていい? とかもう帰るとか、いつもそんな適当なことばかり言ってるテンシュが、ここは俺の店だからって、私が聞いてても辛そうな声出してそう言ってた。帰っていいじゃん、そんな声出すくらいなら。誰も文句言わないよ」
店主は小さくガッツポーズをしている。
「けどそれでも私らが揃うのを待っててくれたんだよ? テンシュの事だからセレナに全く気がないでしょうよ。この店にいる理由は、この世界のお金じゃない報酬を手にするためだけじゃないんじゃない? その報酬は普通に仕事するだけでもらえるんだもん。それでも自分が嫌うことをやるってことを自分で決断したんだよ? あんたとウィリックの二人の傍で、しかも二人の邪魔にならないようにあんたたちから見えない場所で。あんたたちが心細くならないように見守るために残ったとしか解釈しようがないじゃない! セレナはウィリックに付き添ってたから、その間テンシュさんはずっと下にいたことは知らなかったでしょうけど、お店に戻って来た時にはカウンターにいたんでしょ? そりゃセレナが憧れてる人ってのは、あたしらに限らずウィリックと一緒に活動したことがある人達はみんな知ってる。だから死なれてすごくショック受けてるのはわかるし、私らもセレナの事かわいそうだと思うよ。けど、一人で立立ち上がれるくらいには立ち直ってさ、それでウィリックを見送った後にやろうとするのがあの人の敵討ち? あたしらにはありがとってお礼を言ってくれたけどさ、あんた散々世話になったテンシュの事、頭ん中から消えてんじゃない! 自分がここに戻ってくるためにテンシュさんを連れて来た。それはいいでしょうよ。出来ないことを手伝ってもらったんだから。自分にない力を持ってるからお店新しく始めて、それを手伝ってもらった。それもいいでしょうよ。ウィリックも行方不明なんてこと知らなかったんだから。けどウィリックさんの遺体を運ぶための道具とか用意してくれてさ。こっちの天流教のこともろくに知らなかったし風習も知らない。私からの依頼ってこともあったけどさ、それでもこっちのことを少しでも理解して、少しでもセレナをウィリックさんと一緒にいられる時間を作ってあげてさ、棺のことだってセレナだって有り難かったんじゃない? 私だって感動したよ。初めて見たよ、あんなの。そうやって面倒見てくれてさ、なのにテンシュさんへの感謝の言葉って、一つも出てこなかったよ? それに彼の力って貴重なんでしょ? その貴重なことが頭の中から消えてるのってどうなのよ。その貴重なものは自分のそばにいて当たり前、逆らわなくて当然とか思ってんじゃないの? 私もあの人に失礼なことして、謝らせてもらえないままなんだけど、でもあなたの場合は、ずっと世話になってんじゃない! それとも素で忘れるくらいなら、テンシュさんの事解放してあげなよ。でもテンシュがまだこの世界の石をまだ欲しがってるってんなら、私が雇うよ? テンシュの世界との往復の件は他にも伝手あるし、その人達に頼るわ」
キューリアの主張の独り舞台に全員が静まり返る。
そこに、階段の下からしゃしゃり出る店主。
「んだよ。俺、モテモテ? でも種族違うし住む世界が違うって何度言やわかるんだこいつら。つか、羽根率高ぇなオイ」
羽根を持つ者は別段珍しくはないのだが、店主にとっては新鮮な体験だったようだ。
しかし、別に今それを言う必要もないだろう、と一部の者達は呆れている
言い終わって肩で息をするキューリアが、自分の後ろに店主がいることをようやく気付いた。 彼女は、ずっと話していた店主のことを本人に聞かれたと思ったのか、顔色が急に赤くなる。
そんなキューリアの気持ちを知らずにそんなことを口にするこの人は、やはり店主であった。




