客じゃない客 8
『法具店アマミ』の店内に照明が灯る。
外の明るさに反応するようだ。
双子は自分達のために作られた装備品を手にし、ヒューラーとキューリアも店を後にし、それぞれの拠点に帰っていった。
既に営業時間は過ぎている。
入り口はカーテンが閉められ、外からは中の様子を見ることはできない。
鍵は開いているが、閉店の札がかけられている。明るくても入ってくる客はいない。
入ってくる者がいるとするなら、それは。
「……ってことで、お店の方針を変えて、こんな風になったの。テンシュさんはね、彼の住む世界で作った物もここで売り始めたんだよ。……ただいま、テンシュ」
ドアが開くと同時になる呼び鈴。
入ってきたのは二人。入ってきたのは男性を横で支えながらセレナだった。
店の中では作業部屋で、店主がいつもと変わらない真剣な顔で何やら道具を作っている。
「ほら、あのガラス張りの部屋にいる人。彼のおかげで私はここに戻って来れたの。お兄ちゃんにもそんな人がいてたら……」
セレナが柔らかな表情で同じ種族の男性に話しかける。
その目には溢れんばかりの涙が浮かぶ。
そんな彼女の言葉に、やつれた顔の彼は、力なくゆっくりと首を横に振る。
それを見て、セレナは悲しく俯き、涙の雫が一つ、二つと床に落ちる。
セレナからすれば見る影もないその男の姿。
そんな彼が、自分の表情一つをきっかけにして元に戻るかもしれない。
そんな思いで彼の方を向き直り、気持ちを切り替えるように明るい口調で話し続ける。
「私はね、その世界の人を連れてきちゃってね。……名前教えてくれないんだけど、呼ぶならテンシュでいいって。おかしいよね」
そう言いながら、ゆっくりと作業部屋に近づく。
作業中の店主に、ガラス越しに声をかけた。
「ただいま。戻ったよ」
返事は来ないものと思っていた。
しかしセレナの予想に反し、静かに「お帰り」という声が、机に向かったままの店主から返ってきた。
自分は行方不明になったものの、そうなる前と変わらない姿をしている。
そんな自覚はあるし、誰からも自分の容姿や体格が変わったという話を聞かない。
自分が支えている男は、自分と同じく行方不明になり、他の行方不明者よりもすっかり変わり果てた姿。相当衰弱し、自分の記憶にあるものとは全く別の姿を自分に見せている。
生死さえ分からなかった、どこに行ったかも分からなかった、それらを知りたかった相手がようやく見つかった。
なのにどうしてこうなったのか。
作業の机から目を離し、ゆっくりとセレナと男に近づく店主。
彼女は、やはり普段と変わらない店主の姿を見て、一つ二つとさらに涙をこぼす。
作業部屋から出てきた店主に向かって、セレナに支えられながら男はか細い声を発した。
「……ウィリック=アーワードです」
「……どうも。私のことは、テンシュでいいですよ」
セレナの話から聞いたイメージとはだいぶかけ離れている。
無駄な肉がないどころか、必要な筋肉もなさそうな痩躯。頬は痩せこけて土気色。
生気がなさそうな目。
店主は、セレナにかける言葉を探すことを諦めた。
何を言っても他人事。ましてや別世界の住人である。
人とはどんなに落ち込んでいても、可能性がゼロではない限り今よりもわずかであっても明るい展望がどうしてもちらついてしまうものである。
行方不明の時は、見つかればいいと思う。
見つかったという情報が入った時は、生きていればいいと思う。
生きていれば、無傷でいてほしいと思う。
無傷でいれば、元気でいてほしいと思う。
自分の世界でもこっちの世界でも同じことか、と嘆息する。
見つかっただけでもいいじゃないかと思う。
意思疎通できるだけでも十分じゃないかと思う。
だがおそらくそのことを口にしたら、セレナとて同じ反応を示すだろう。
見つかってよかったじゃないか。怪我がなさそうでよかったじゃないか。
見つからなくて苦しんでいる人はまだたくさんいるはず。
治らない怪我を負う人からすれば、幸運に恵まれたことだろう。
今朝の彼女はそう思っていたはず。
そのときですら、店主はかける言葉が見つけられなかった。
職業柄、そのような現場に立ち会ったことは数え切れないなんてものじゃない。
沈黙は金。
それでも八つ当たりの対象にされたことも何度もあった。
たとえ寿命が人間と比べて桁外れに長くても、必ずしも達観しているとは限らない。
このまま自分の世界に帰ったとしても、間違いなく夢見が悪い。
とは言っても向こうではまだ開店前の時刻だが。
「……セレナ」
「……何?」
店主はもう一度ウィリックの方を見る。
「その男、目離しできないだろ」
セレナは言葉に詰まる。そして新たに涙が一粒こぼれる。
「ここで休んだ後に俺の世界に戻れれば、俺の体に負担はかけずに済む。それが出来ればいつまでもここにいられるし、俺の世界に戻った直後にここに来ることが出来るならお前は文句はないだろ?」
「う、うん……。テンシュ、さ」
「俺のことより、そいつの世話してやれよ。久しぶりに会えたんだろ? こっちはあの六人の依頼完成させるつもりだからよ」
「……あ、ありがと……。……お、お茶は淹れとくね。水分は摂らないと、ね?」
「そうだな、頼む。……何かあったら呼び鈴鳴らせ。なるべく付き添ってろよ」
「うん……ありがとう」
二人は二階に上がる。
その二人を見送った後、店主はぼんやりと思う。
あとどれくらい二人きりで過ごせるか。
おそらくは朝までは……。
そこまで考えて、首を激しく左右に回す。
「俺も釣られて深刻になってどうすんだよ」
再び作業場に向かう店主。しかし集中力がかなり落ちる予感がした。
上からセレナのすすり泣きが時々聞こえてきた。
「長い夜になりそう……ん?」
突然店のドアが開いた。
まだ鍵は書けていなかったことを思い出す。
「誰かいるの?」
「まだ起きてるのかしら? 明かりついてるもんね」
と言いながら、入って来る気配は二つ。
「来訪者が『誰かいるの?』はないだろう」
小声呆れる店主の声に反応した来訪者。
一人は見覚えがある顔。もう一人は四本腕の女性。
「あ、まだいたんだ。テンシュさんがいなくなったら大変かなって思ってさ」
「大丈夫なの? そっちの世界に戻ったら、体きつくない?」
彼女らの問いに、店主は額に指をあてて悩まし気に愚痴る。
「あんな様子でほっとけるわけゃねぇだろうが。おまけに仕事に集中出来ねぇし、最悪も最悪だ。で、お前らは?」
「私達? キューリアよ。忘れたの?」
「私はテンシュさんとはまだ二度しか会ってないかな? リメリアよ」
いい加減名前と顔を覚えてほしい、とキューリアは頬を膨らませる。
「あぁ、わかったよ。で、お前らは?」
「いい加減にしてっ!」
「キューリア、セレナに聞こえるよ?」
苛立ったキューリアは声を少し荒げ、リメリアは彼女を抑えた。
しかしそんな二人を見ても、店主は表情を一つも変えない。
「……何しに来たんだって聞いてるんだが?」
二人は店主の言葉を聞いて固まる。
言葉不足の話し方は、時折誤解を生むものだ。
その原因はやはり。
「日頃の言動って大事よね……」
リメリアのこの一言も大切な要素だろう。




