幕間 二:異世界にない物を贈った物をセレナは
この日も夜明け前まで『法具店アマミ』で休み、そして後にする店主は、この店にいる者にとってはその一時間後にやってきた。
出ていくときも来る時も、出入り口とカウンター横の作業部屋の間を最短距離で移動する。
セレナの出迎え見送りがあったりするが、店主はそれを求めているわけではないしない方が気が楽そうである。
店主からも来たことや出ることをわざわざセレナに報せることもしない。
だが今回は、昨夜の出来事が気になったのか、店主は作業部屋に向かわず二階に上がっていった。
「あ、おかえり。っていうかおはよう?」
「こんな時間に来るんだ。早いね。って自分のとこにいる時間ってかなり短いんじゃない? 向こうそんなに留守して平気なの?」
すでにヒューラーとキューリアがいて、セレナの「おはよう」よりも早く反応した。
その服装は最後に見た物と同じ。
床の上に散らばったビーズは見当たらない。
そしてセレナがいるベッドの上にあった物は、昨日買ってやった物とは似ても似つかないぬいぐるみ。
まるで人の形をしているようだが、手足の指先や、その外側に何かを付けたらしく爪の再現などの細かいところまで作り込まれている。
「……なんだそれ? つーか、治したんじゃないのか?」
店主の頭の中に浮かんだ単語は『魔改造』。
元々は狐のような動物。それがどこをどう直したらそんな姿になるのか。
「うん。魔法でね。せっかくだから」
初めて見た物を復元、そしてアレンジにどれだけ時間を要したか。
おそらくは徹夜に近い時間をかけたのではないかと店主は思ったが、それを聞いたところで何かの役に立つわけでもなし。踵を返し、作業部屋に向かった。
「ち、ちょっと、テンシュ!」
「一々叫ぶな。耳障りすぎる」
普通に声をかけても止まってくれないでしょ、とセレナは少し膨れた。
が、すぐに神妙な顔になる。
「あんなふうにして、ごめんなさい。それと、あれ、ぬいぐるみっていうの? みんな初めて見たって驚いてた。……ありが……」
セレナは感謝の言葉を伝えようとしたが、店主は彼女に背を向けて一階に降りる。
「ちょっ……」
「アレがそれで少しでもお前の慰めになれりゃそれでいいさ。つか、こっちに縋んじゃねぇよ」
店主には仕事が山ほどある。店の品物の改修作業は全体の半分くらいは進んだ。
しかしセレナの力も借りたいが、彼女もなかなか忙しい。
しかも好きでやっているこの作業。そのことには文句をつけることはない。
ただ、『法具店アマミ』に来ている目的からぶれることはない店主には、余計なことを持ち込まれるのが非常に迷惑。
セレナはキューリアとヒューラーに朝ご飯の用意を頼み、店主の背中を押して一緒に一階に降りようとした。
「何だよ、ぬいぐるみもまず元に戻ったことだしもういいだろ? ほかに何かあんのかよ」
「うん、昨日私に、自分が他の人から大事にされてるってこと言ってくれたよね」
一階での会話は普通の声を出しても二階にいる者には聞こえないはず。
それでもセレナはやや声を抑えて店主に話しかけた。
「言ったが、それがどうした。身をもって知ったろ?」
店主はそれに応じることなく、かといって過剰な嫌がらせをするわけでもなく、普通の声で言葉を返す。
「キューリア、私のことよっぽど心配してたのね。店主が下に行ったあと、彼女泣いちゃって泣いちゃって大変だった」
セレナは苦笑いをしている。
が、それに込められていたのはキューリアへの思いばかりではなかった。
「でも私、やっぱりお兄ちゃんのこと……ウィリックのことが心配。あんな風に私のこと心配してくれるのはうれしいし有難いけど……」
「まさかあのぬいぐるみは」
「うん、ウィリックのつもり。だから私、店主には変に絡むことはないと思うから……」
店主の狙いはまさにそこにあった。
そしてそれが図らずも、さらに店主が願う方向にセレナ自らが進んでくれた。
しかし店主の思いからは微妙にずれていた。
だからといってそれを彼女に伝える義理はない。
「ま、いいけどよ。それより今日は調査の仕事は……」
「うん。今日からまた協力しに行くから。どのみちもう少しウィーナちゃんとミールちゃんにはバイトしてもらいたいかな」
「おはようございまーす」
「あ、セレナさんとテンシュさんだ。おはようございまーす」
タイミングよく入ってきたその双子。
朝ご飯の時間にぴったりにやってくるのは、セレナからの厚意によってのこと。
しかし店主の顔は、セレナが双子を迎え入れる姿を見てやや重い表情になる。
「どいつもこいつも片思いだらけじゃねぇか。つり合いがとれる関係って難しいもんだな……。宝石相手にしてる方がよほど気楽でいいわ」
朝ご飯の用意が出来るまでのわずかな時間も惜しむように、店主はそのまま作業室に向かう。
そして今日もまた、『法具店アマミ』のいつもの日々が始まる。




