幕間 二:異世界にない物を贈る 6
2階に上がった店主の目に入ってきたのは、白いビーズが全体に広がって散らばっている床。
キューリアがベッドのそばで立っていて、ヒューラーに後ろから抱きかかえられている。
セレナは店主の目には入っていないが店主の想像通り、ベッドの上で足を伸ばして座っている。
店主はビーズに足を取られないようにすり足でベッドに近づいた。
白い狐の大きなぬいぐるみはお腹の辺りで切り裂かれ、中身の白く細かいビーズはそこからあふれ出していて、その一部はぬいぐるみ独特の張りを失っていた。
「……ひっでぇな、おい。何やらかした」
大枚をはたいてセレナに買ってやった店主は意外と落ち着いている。
セレナはそんな無残なぬいぐるみを抱きしめ呆然としていたが、店主の声に反応して視線を彼に向けた。
「え、えっと、こ……これ……」
店主の隣にいるキューリアが恐る恐る声を上げる。
セレナはぬいぐるみを知らなかったことを店主は思い出した。
何百年かこの世界で生まれ育ち、過ごしてきた彼女でもそのような物を見たことがない。
その後輩である、店主の目の前にいる二人、そしてそばにいる双子も当然見たことはないのだろう。
セレナよりも大きい、しかも初めて見る物体を見てどう思っただろうか。
「買ったその日にこの有様ってのは、金出した者としちゃ気分はあまり良くねぇな。お前らだけで……」
「買った?! テンシュさんが?! これを?! っていうか、これ、なんなんです?!」
「あ……あの……テンシュさん……ごめんなさい……」
店主の話を聞いてヒューラーが驚き、キューリアが謝ってきた。
「テ、テンシュ……せっかく買ってもらったのに……」
店主が責めるようなことを言わず、突き放すようなことしか言わなかったためか、三人はいくらか落ち着きを取り戻して成り行きを説明した。
セレナはベッドで仰向けになってぬいぐるみを抱きしめていた。
そこに二人がやって来てベッドのカーテンを開けると、見たことのない大きな物の下で呻き声を上げているセレナを見つけた。
得体のしれない物に襲われていると思い込んだキューリアは、慌てて素手てぬいぐるみを引き裂いた結果、床は御覧の有様。
周りが見えなかったセレナは何が起こったか分からない状況。一瞬にしてそのぬいぐるみの抱き心地の良さが消えてしまったのだ。
一通り話を聞いた店主は深呼吸に見えるほど大きく息を吸い込んでため息をついた。
「セレナ、お前さぁ……。大事な人を捜しまわってるらしいが、そのお前も誰かにとって大事な人かもしれないってこと、前にも話したよな? あんときゃピンときてなかったっぽいけど、これで分かったろ?」
店主はセレナの反応を待たず、キューリアとヒューラーの方を向く。
「お前らなぁ……。ま、いいけどよ。……ま、結果として助けられたから良かったじゃねぇか。それと双子」
「は、はいっ!」
「な、何でしょう!」
「……ここの片付けもバイトの仕事の一つにしてやる。手伝ってやれ」
直立不動の双子をよそに、キューリアはセレナの胸に飛びついて顔をうずめている。
ヒューラーは困惑しているセレナを見てキューリアを引き離そうとしていたが、そのセレナはそんなキューリアを見て宥めるように彼女の頭を撫でる。
ヒューラーは二人の様子を見て、疲れたようなため息をついた。
店主はそんな五人をほったらかしにするように再び一階に降りていく。
「休みさえできりゃ、晩飯抜きぐれぇは気にならねえけどな」
この後の五人は二階で何をしていたか、店主は知ろうともせず、いつものように夜明け前までの時間を作業場で過ごした。




